マニュアルのない災害支援 ユニクロヨーロッパでの避難民支援とコロナ対応
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年7月24日 20時55分
日本以上にサステナビリティ活動が盛んなヨーロッパのユニクロでは、災害支援においてどのような活動をしているのだろうか。トルコ地震のような自然災害の被災者支援、また、ウクライナやシリアからの難民支援、そして2020年以降は新型コロナウィルス感染症には、どのように対処してきたのか。ヨーロッパでのサステナビリティ活動のキーパーソン、UNIQLO EUROPE LIMITEDのサステナビリティ責任者であり、現在ファーストリテイリング環境マネジメントチームも兼務しているマリア・サモト・レドゥ氏(以下、レドゥ氏)に取材した。
服が格差や不平等をもたらす現実
レドゥ氏は、2012年にロンドンでユニクロに入社した。コペンハーゲンに生まれ育ち、子供の頃から環境問題、社会的平等について学ぶ機会が多かった。コペンハーゲン大学に進み、交換留学で1年間、日本の早稲田大学で学んだ経験もある。その後、ロンドンのSOAAS(School of Asian African)大学で修士号を取得、外務省から奨学金を得て、第三国でドキュメンタリーフィルムを制作していたという、異例の経歴の持ち主だ。
撮影で訪れた中央アフリカで、ある村に滞在していたとき、学校に着ていく 制服がないために学校に通えないという子供たちがいることを知った。自分は当たり前に服を着ることのできる環境にいたので、それまで考えたこともなかったが、服というものが不平等や格差をもたらすという現実に直面し、ショックを受けたという。
「服で世界を良くする」という考え方に共感
ロンドンの大学に戻ってきた頃、リクルーティングセッションのために、ユニクロ ヨーロッパの人事責任者とエリアマネージャーが大学にやって来た。彼らの話を聞いて、「服で世界を良くする」というユニクロの考え方に共感し、このような企業の中で働けば、個人で何か活動するよりも早く大きな影響力を世の中に発揮するチャンスがあると考えて、入社した。
「実は私は、子供の頃に母方の親戚の住む日本の熊本県で、ユニクロの店舗を見て知っていました。その店舗は九州の典型的なロードサイドストアでした。その後、ロンドンの大学で学んでいるときに、ちょうどロンドンやパリにユニクロのグローバル旗艦店ができ、その変化と進化に驚いて注目していたのです」(レドゥ氏)
ユニクロに入社してからは、まず店舗スタッフとして店舗運営を学んだ。1年後、ユニクロが初めてドイツに新店をオープンすることになり、レドゥ氏はその店長としてベルリンに移った。
「入社当初から、いつか新店の立ち上げに携わりたいと考えていたんです。2012年には、EUではユニクロはUKとフランスにしかなく、ドイツは3つ目の市場参入でした」
その後5年間、ドイツで店長やエリアマネージャーを努めた。
シリア難民への支援を通して
レドゥ氏がドイツに移って3年目の2015年、シリアでの内戦が深刻化し、翌年1年間で100万人のシリア難民がドイツに避難してくる事態となった。ベルリンにも200以上の緊急難民キャンプができ、レドゥ氏が店長を勤めていたユニクロの店舗の近くにも難民キャンプができた。何もしないわけにはいかなかった。当時、店舗運営を通じて地域コミュニティとつながりがあり、近隣のチャリティー団体とも交流があったので、まずは難民キャンプに住む人たちに、ユニクロの服を寄付することから始めた。
しかし、避難民が長い間ドイツにとどまることになるのは目に見えていた。次第に、長期的な支援をしないといけないと考えるようになり、店舗スタッフに難民を積極的に採用するようになった。
「当時採用したシリアからの難民の一人、アブドゥールさんは、その後ベルリンの旗艦店でSV(スーパーバイザー)として活躍しています。一緒に日本に出張してコンベンションに出席し、全世界のファーストリテイリンググループ社員の前でスピーチする機会もありました。いわれなく国を追われ、何の補償も、住むところさえなかった人が、自分の力でキャリアを形成し、生活の質を上げ、人生を楽しむことができている。自分がその手助けをできたことは、何よりも嬉しいですし、彼らのことを誇らしく思います」
ヨーロッパでのサステナビリティ活動
2016年、レドゥ氏はサステナビリティの領域でもっと自分の力を発揮したいと考え、それまでユニクロヨーロッパにはなかったサステナビリティ専門の部署を立ち上げた。はじめは店舗運営を兼任しながら、たった一人のチームだった。以来、7年が経ち、現在サステナビリティ担当者はヨーロッパ全体で10名に増えた。
ヨーロッパでのサステナビリティ活動の中で、災害支援活動の大きな柱は、まず、直近ではトルコ地震があったように自然災害の被災者支援、また、ウクライナやシリアに代表される内戦や紛争による難民支援、そして2020年からの3年間は新型コロナウィルス感染症への対応である。
新型コロナウィルス感染症への緊急対応
新型コロナウィルス感染症は、当初中国で発生したが、次に感染が広まったのはイタリアだった。2020年2月末にはイタリア北部がロックダウンし、ほかの国もそれに追随した。ちょうどレドゥ氏もイタリアに拠点を置いて働いていた時期で、何か月もの間、まったく外出ができなくなった。
感染症の蔓延するスピードは恐ろしく速く、すぐに病院もいっぱいとなり、老人がどんどん亡くなっていった。その中で、お客様からユニクロへ支援を求める声が増えていった。医療従事者へ着替えを送ってほしい、ユニクロでマスクを作れないのか、と。
そこで、日本の本部と連携し、マスクを作って医療従事者に寄付することを決めた。しかも、ロックダウンの状況下である。リモートだけでミーティングを重ねることも初めてなら、ユニクロとしてマスクを作ることも初めてだった。ユニクロの服を作っている中国の生産パートナー工場の協力でマスクを生産してもらい、まずはイタリアの医療従事者たちに寄付した。
マスクが生産できるまでは、すでに物流に在庫のあったエアリズムインナー(吸湿速乾機能のあるインナー)を寄付した。当時、ヨーロッパ全体で物流網が混乱している中で、服を届けることができたのは、普段から物流会社とのパートナーシップができていたからだ。彼らも何か社会のために貢献したいと考えていたため、ユニクロからの物資の寄付に関わる費用は、すべて無償で引き受けてくれたのだという。
「緊急支援においては、UNHCRなどの国際的に大きな組織とのパートナーシップももちろん重要ですが、それ以上にローカルのチャリティー団体との関係、そして物流会社との良好な関係が重要なのです。それが日頃からできているからこそ、迅速に対応することが可能となります。ユニクロはすでにヨーロッパでも、災害時などの緊急支援に迅速な対応をしている企業として知られており、お客様からもそれを期待され、要望が集まりやすいのです」(レドゥ氏)
こうして、EUから始まったマスクの寄付はその後世界中に広がり、ユニクロは2021年8月31日までにマスク1774万枚、エアリズムマスク456万枚、アイソレーションガウン(医療用の軽量で撥水性のある不織布製ガウン)143万着、エアリズムインナー50万着、それ以外のインナーウェア134万着のほか、金銭的支援も315万米ドルを35の国や地域に寄付した。
ユニクロだからできること
「私たちの強みは、やはり服を通じて社会に貢献するという高い使命感と、そして良い商品、機能的な商品をもっていることだと思います。ユニクロの作るLifeWear、あらゆる人の生活のために必要な服は、困難な状況にある人にとっては、より必要不可欠な服になります。そして、店舗でお客様を目の前にしていると、常にスピード感をもって動くことがマインドセットされています。お客様と地域の人のことを考え、その期待に応えようとするマインドで、そのまま、人道支援や災害支援ができていると思います」(レドゥ氏)
難民に服を寄付することも、自立した生活を送る手助けができるのも、自分が店舗運営をしていたからこそ可能となった。世の中の困難を少しでも解決するために自分の力を発揮するチャンスを求めて、ユニクロに入社したのは間違いではなかった、とレドゥ氏は感じている。
今後、さらに力を入れていきたいことはと聞くと、災害支援をもっと強化したいと考えているという。
「残念ながら、いま気候変動、社会問題の起こる頻度が高くなっています。その影響を最小限に抑えるためには、事前の計画と長期的な取り組みが必要だと思います。長期的な取り組みとしては、根本原因に対する対策も必要なので、たとえば気候変動に対して投資する、再生エネルギーを使う、持続可能な農業や森林を保護する、災害の後の地域の復活を早くする支援・・・などなど、やるべきことは山積みです。ユニクロはすでにグローバルでコラボレーションする体制もできているので、もっと社会の役に立てると思っています」(レドゥ氏)
2月22日はレドゥ氏の誕生日だ。しかし2022年の2月22日は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった日となった。その日は木曜日だったが、レドゥ氏はすぐさま寄付するための商品を倉庫に用意し、翌週の月曜には5万点の服をトラックに積んで、ハブであるポーランドまで輸送し、ヨーロッパ各地に避難している人々に届けたという。
このスピード感は、まさに東日本大震災のときの緊急支援の状況と重なる。日常業務ではない、緊急時の判断とアクションにこそ、企業のDNAが現れるのだと思う。
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