「価格」と「品質」と「数量」の壁を乗り越える ユニクロの再生ポリエステル
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年8月20日 20時55分
企業のサステナビリティ活動の中でも、自社で扱う商品そのものをサステナブルなものに変えていく、ということは最も大きな課題だ。ファーストリテイリンググループの1年間の販売数量は、実に13億点(2021年度現在)に上る。そのうち、半分以上はTシャツやポロシャツといったカットソーである。ユニクロの商品本部グローバルMD(マーチャンダイジング)部部長を務め、主力商品であるカットソーを長年担当してきた小森田真也氏に、商品づくりにおけるサステナビリティへの取り組みとその難しさについて取材した。
「壁」を越えるために、色々な人と仕事する
ユニクロ商品本部 グローバルMD部部長 小森田真也氏(以下、小森田氏)は、学生のときに1999年のユニクロのフリースブームを見て、2001年に新卒入社した。店長を経験した後、自らの希望で2005年に本社に異動、2年間のニューヨーク赴任時代も含め、18年間、MD(マーチャンダイザー)一筋である。
マーチャンダイザーと言えば、「いつ、何を、どのくらい売る」という商売の根幹を組み立てる役割だが、小森田氏はそれにとどまらず、現在は社内外の様々な人・組織とプロジェクトを組んで新しい事業を構築していく、いわば旗振り役を務めている。
たとえば、2020年には、フリースの発売25周年を記念し、ニューヨークを拠点に活躍するファッションブランドEngineered Garmentsとのコラボレーションを発売した。また、グラフィックTシャツのブランド「UT」では常に国内外の多くのアーティストとコラボレーションしており、昨年2022年には、そのコラボ相手の一人である河村康輔氏を「UT」のクリエイティブディレクターに迎えた。
今年2023年には、やはり「UT」でコラボレーションしているアーティスト花井祐介氏と一緒に、街のごみを拾うイベント「スポGOMI」も行った。ユニクロのグローバルブランドアンバサダーである一流アスリートたちに提供するユニフォームの開発も、小森田氏の率いるチームで行っている。
「商品をもっと魅力的なものにしていこうとすると、どうしても色々な壁やボーダーにぶつかります。そこを超えていくためには、自分の部署や自分の会社の中でものを作っているだけではダメなんです。やはり社内でも社外でも、たくさんの方の力を借りながらでないと、そのボーダーを越えていくことはできないので、自然と色々な人と仕事するスタイルになっていきました」(小森田氏)
サステナブルな素材開発の壁は、「価格」と「品質」と「数量」
小森田氏は、MD部では様々な商品カテゴリーを担当してきたが、総じてみるとカットソーを担当する期間が長かった。
「カットソーは人々の生活の中で、最も日常的に着る機会が多い素材です。だからこそ、いいものを作ればお客様の生活を良くすることができる。ヒートテックやエアリズムがそうだったように、生活の不便を服で解決できる、社会の課題を服で解決できる、と思っていますので」(小森田氏)
サステナビリティへの挑戦ということでは、カットソーはファスナーやフックなどの部品をほとんど使用しないため、リサイクル素材を取り入れやすい、という面もある。まず第一歩として、カットソー商品に使用しているポリエステルに再生ポリエステルを取り入れることから始めた。それが、スポーツアンバサダーも使用しているスポーツウェア向けのファブリック、ドライEXだ。
ドライEXとは、汗を素早く吸収して拡散させる生地構造で肌面に汗が残りにくく、サラサラ感が続く機能性素材で、さらに人体工学に基づいて、汗をかきやすい部分にメッシュ素材を配置することにより通気性を向上させた素材である。
新しい素材開発を進めていく上で、ユニクロにとってもっとも難しいのは、「価格」と「品質」と「数量」の壁を乗り越えなければならない、ということだ。この3つの要素すべてにおいて、ユニクロの水準をクリアさせなければならない。
ファーストリテイリンググループの生産数量は、実に年間13億点(2021年度現在)に上る。低価格かつ高品質な素材を探す、あるいは開発するだけでも大変なことだが、それをクリアしたとしても、これだけの数量を確保するのは至難の業だ。
再生ポリエステルを使用した、「ドライEX」を開発
再生ポリエステルは、回収された使用済みペットボトルをリサイクルして作られる。元々廃棄されているものを使うのでコストがかからないと思われがちだが、実際は、ペットボトルを洗浄したり、チップに加工する工程が入ることによって、バージンポリエステルよりも高コストになってしまう。そしてバージンポリエステルと比べ、繊細で糸が切れやすく、色がなかなか染まりにくいなどの難点もある。
開発の当初、こだわったのは、日本製ペットボトルから作られたチップを使うことと、異物を除去する技術だ。日本製のペットボトルのよさは、着色されておらず、非常に再生産しやすいということ。さらに、新開発した異物除去技術により純度を高め、白の白色度の高いチップができる。特にドライEXは特品糸を使用しており、その糸を作るためには原料の品質自体を高める必要があった。
「そういった問題もあり、はじめはパートナー企業様とかなり慎重に開発しました。そこでだいぶナレッジを積み、供給量も少しずつ増えてきましたが、それでもまだ少量しか作れず、初年度のドライEXはたった1型のポロシャツしかできませんでした」(小森田氏)
たった1型といっても、サイズやカラーのバリエーションが豊富で、グローバルに展開しているユニクロでは、その数量は数十万点以上に上る。
「実は、社内では、1型だけやっても意味がないという声もありました。でも、はじめは1型からでも、やらないよりはやる方がいいと信じて、押し切ってスタートしました。その後、異物除去技術も進化して、必ずしも日本製ペットボトルでなくても純度の高いチップの生成が可能となりましたし、生産数量も大幅に増えました。今ではドライEXという商品の100%が再生ポリエステル使用となっています。あのとき、たった1型でもやってよかったのだと思っています」(小森田氏)
「金メダルが獲れたのは、ユニクロのウェアのおかげ」
「実は、ドライEXの開発のスタートは、車椅子テニスの国枝慎吾選手やプロテニスプレーヤーの錦織圭選手など、グローバルブランドアンバサダーにプレイ中に着用していただくウェアの開発からでした。提供用ウェアなら、もちろん彼ら一流選手のパフォーマンスを落とすわけにはいきませんから、開発する中で品質を上げていけますし、まずは少量から始められるので」(小森田氏)
その分、プレッシャーは大きい。ユニクロのウェアを着て、トップ選手である彼らのパフォーマンスが落ちた、などということになったら大変なことだ。しかし、このユニフォーム開発に挑戦したことより、素材の性能と品質は飛躍的に向上することになる。
「たとえば国枝選手はメッシュ素材を好み、かつ、こだわりも強いので『2回前の大会のこのメッシュの方が穴の開き方がよかった』などと言われることもありました。そういうフィードバックをいただきながら、より選手の求めるものを先回りして素材を改良し、選手が最高のパフォーマンスを出せるよう開発を進めてきました」(小森田氏)
サステナビリティ先進国であるスウェーデンのオリンピック・パラリンピック代表チームへのウェア提供では、先方の求める基準をクリアするのにこれまでにない苦労もあったが、選手から思いがけない言葉をもらった。
「北京大会の男子モーグル種目で金メダルを獲られたモーグルのウォルター・ウォルバーグ選手から、『この金メダルを獲れたのは、半分はユニクロのウェアのおかげだ』というお言葉をいただきまして、それは本当に嬉しかったです。モーグル競技は、かなりハードな動きをするんですが、とにかく着ている感覚がないぐらいいいウェアだった、と。それまでは、どこかで『カジュアルブランドが作るスポーツウェアって本当にいいの?』と思われているんじゃないか、という不安がありましたが、このお言葉で不安も払拭されました。僕たちの開発したウェアが、選手のパフォーマンスを上げたと言ってもらえたわけですから」(小森田氏)
ユニクロのウェアは選手たちからも高く評価され、2019年から始まったパートナーシップ契約は2度延長されて、2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ大会まで継続することが決まっている。
こうして、トップアスリートのために開発された高機能かつサステナブルな素材を使用したアイテムが、パートナー企業との弛まない努力の上で生産数量を増やし、ユニクロの通常アイテムとして世界中で販売されていく。
アパレル業界では、ユニクロのヒートテックやエアリズムのような「機能性素材」を取り入れているところが増えているが、小森田氏の「社会の課題を服で解決できると信じている」という言葉に、ユニクロがトップランナーとして走り続ける所以を感じる。
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