ユニクロの新ライン、「ユニクロ:C」が天下統一ブランドとなる理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年9月4日 20時55分
ユニクロトップ交代の意味
8月28日、株式会社ユニクロの社長に塚越大介取締役が9月1日付で就任すると発表した。これを見て、アパレル業界に詳しくない人は、いよいよ柳井氏交代かと早とちりしがちだが、実は、ファーストリテイリングの子会社に、株式会社ユニクロという会社があり、そこの社長に塚越氏が就任したという意味だ。同社は2年前の決算発表からグローバルエリア別に意思決定権限を分散化させるなど、大企業病予防をしつつカリスマ経営者である柳井氏に変わるトップを育ててきた。かくいう私自身も、丁度一年前の同社の分析で、縦(ブランド別)、横(エリア別)に権限予算を持たせ意思決定のスピードを速めてゆくだろう、そして、これは徐々に柳井氏への権限集中化を分散化させるアントレプレナーシップ維持の一巻であることを予測していた。https://diamond-rm.net/management/244267/
私は、心から柳井氏を尊敬する信者の一人であり、柳井氏語録で重要と思うものはノートにつけてあるほどだ。そのノートを見返すと、過去「早すぎるトップ交代」で苦い経験をもっているため、今回のサクセションプラン(経営トップなどを交代するときに使う経営用語)は慎重に数年がかりで進めたのだろう。日本と海外の売上利益を逆転させ、時価総額では業界で一時世界一位になるなど柳井氏の功績は言わずもがなだ。それだけでなく、同社はアパレル業界やリテール業界のあちこちに経営人材を輩出する人材輩出企業としても日本のリテール、アパレル業界に果たした功績は常人の域を超えているように思う。そして、時を同じくしてユニクロの新ラインとして世に出たのが「ユニクロ:C」だ。今回はこのユニクロ:Cの持つ重要な意味合いについて、ファーストリテイリングの考え方、進化の歴史を通して解説を試みたい。
私もまだじっくり売場を見たわけではないので、自身が綴ったユニクロの軌跡を追いながらこの新ブランドの意味を考えてみた。くどいようだが、本稿は私自身の個人的、かつ、初期的な感想であり、何かのファクトに基づくものではないことをお断りしておきたい。
+J との違いはブランドを誰が持つか
日本は、人口が不可逆的に減少し2056年には1億人を割り、この流れは国の運営の構造的なものでありデジタル化と移民政策で乗り切る以外に道はない。本稿は政治に関して自身の立場を明言するものではないため、その原因や影響などについては各人の想像に任せるが、日本は、例えばこれからアパレル産業で30年間働く新入社員が狙うマーケットではないことだけは明らかだ。これは、「過去十分に与えられた食料」が、いまから15年後には、「一枚のピザを皆でわける時代」になるからである。また、日本企業は構造的になかなか新陳代謝をしないため、新しい産業、人が前線にでてきて活躍することも想像しがたい。
数年前からユニクロは、とくに夏のTシャツに付加価値をつけるべく、様々なプリントを施した商品、また、世界的有名デザイナーとのコラボレーションを強めブランド力を内在化しようとしてきた。このシリーズでも再三とりあげた「+J」は、ドイツの有名デザイナー ジル・サンダー氏とのコラボレーションで、私はとても好きだったのだが、おもしろい現れ方をし、また、興味深い幕引きを演じた。あくまでも、予想ではあるが先週にご紹介したように、本来付加価値というものはタンジブル(目に見える、物理的なモノ)から、インタンジブル(目に見えない版権など)に移行していくのであろう。たとえば伊藤忠商事などが、いまだに繊維産業から多くの利益を得ているのは、「ブラマ」(ブランドマーケティングの業界用語)を日本でもっとも早く導入したからだった。
ユニクロ:Cは、「イギリスのデザイナー、クレア・ワイト・ケラーによる、エフォートレスで洗練されたスタイルが完成。LifeWearの上質な普段着を、タイムレスなデザインとモダンなシルエットで鮮やかに昇華」(同社HPより抜粋)したものだ。
私は、これまでのデザイナーとのコラボレーションと今回のユニクロ:Cは、全く異なる位置付けにあると見ている。簡単に言えば「海外の有名デザイナーを活用するも、自分の名前(ユニクロ)で成長を狙っている」ということだ。
これについて別に驚くことはない。例えばモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH)は外部の有名人材をデザイナーに起用しているが、誰もなんら不思議には思わない。むしろ、日本人の桑田悟史氏が「LVMHプライズ2023」のファイナリストに残ったことが記事になるように(その後グランプリを受賞)、とても名誉なことで、これは企業ブランドと個人ブランドの強弱の関係によって変化する。
次に、アパレル産業を取り巻く社会の変化である。今、世界的に人口は増え続け食糧問題まで浮上してくるほどだ。その中で、経済の基本的なベースとなる約束事である「キャピタリズム」(資本主義)が、どこまでゆけば新自由主義と呼ばれる弱肉強食の世界になるのか、どこでどのように手加減すれば人類と共存できるのか、誰も決定的な答えを出せない。
もちろん、一部の例外を除き裸で生活している人はいないわけだから、「人が増えればアパレル需要も、、、」といいたいところだが、現在の人口が爆発的に増加している東南アジア、インドなどが日本企画の服を着るとは思えず、一着、500円、1000円という超低価格の服を量産するプラットフォーマーがデジタル技術をひっさげ中国、韓国からどんどん出てきている。Shein(シーイン)など未確認情報はあるものの、例えばこのようなデジタルモンスターが上場すれば、すべて明らかになることではあるが、ユニクロとて安泰とはいえないし、ホームグランドでの圧倒的勝利は死守したいところだろう。
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ユニクロ:Cは全方位戦略の一貫
私が30代のころだった。それこそ、ユニクロが大躍進を遂げ日本でモンスター企業への道を歩んでいたとき、当時のクライアントだった商社の役員が「先日、柳井(正)さんと偶然お寿司屋さんで会った。彼(柳井氏)は、全財産をなげうってでも欲しいのがブランドだと言っていた」という記憶が頭から離れない。確かに、その後、UAEのファンドと米国高級百貨店バーニーズの取得を巡って争ったことも記憶に新しい。
また、柳井氏の発言を必死に追いかけていたコンサル新人時代、私は、「ユニクロはハーベスト戦略で圧勝した後値段を一気に上げる」と主張した上司と徹底討議をしたこともある。彼は、実務経験がない人間で教科書通りにしかものごとを判断しない。だから、セオリーは圧倒的なフリーキャッシュを持つ大企業はあえてダンピングに近い価格を提示して競合相手を叩き潰し、競合がいなくなった後に価格を一気にあげて「負け損を回収する」というのだ。
柳井氏の発言を隅から隅まで読めば、彼がそんな些末な戦略などするはずはないことはあきらかで、私は、柳井氏は日本など見ておらず、世界の常識や人のニーズという本質的なところに極めて解像度の高い将来像をもっていた、と考えディベートをした(一昨年の値上げは円安やエネルギー安によるもので、古くなった教科書に書いているハーベスト戦略ではない)。柳井氏の根底にあるのは、インタンジブルなもの、世界観、哲学など、ユニクロをユニクロたらしめているヴィジョンのようなものだと分かる。私がこの問題に本気で取り組み、書いたのが初版「ブランドで競争する技術」(ダイヤモンド社刊)である。柳井氏は最初から世界をみていたのだ。
その後、ファーストリテイリングはキッズ、ホームウエア、ランジェリー、など繊維という繊維製品に商品、業態を広げていった。私は、ファーストリテイリングが転換期を迎えたのは、関西のおばちゃんがレジで値切るCM (覚えているだろうか)と決別し、「ユニばれ」(もはや死語だが)から世界に誇るヒートテックの開発など世界ブランドになったころからだと思う。芸能人も、一般人も同列に並べてディスプレイを飾り、バブル崩壊後のデフレ環境にうまく乗ったというのもあるかもしれないが、「世界化」と「脱下着屋」を果たしたころからだったように思う。
ユニクロがカシミヤに手を出した理由を考える
私は、商社マン時代から「ユニクロはカシミヤをやるべきだ」と思っていた。理由は至ってシンプルで、当時のユニクロの破壊的価格は、上記のような些末な「戦略」ではなく、徹底して無駄を省いたバリューチェーン(価値の連鎖)にあることを分かっていたからだ。ダイレクトにカシミアの原毛を買い、ユニクロのサプライチェーン(ものの流れ)を流せばよかったのである。だが当時、私はそれを語れるだけの言葉を持っていなかった。
だから、商社のOEMでアパレル企業からは、冬はカシミア混かカシミアばかりを頼まれた。理由を聞くと、「ユニクロは確かに強い。しかし、あれじゃ、カシミヤは売れない。河合さん、君は吉牛(吉野家)で会席料理を食べるか?」だった。つまり、ユニクロにはカシミヤを売りこなすことはできないだろうから、差別化策という意味でも各社はこぞってカシミヤを強化していたというわけだ。
しかし、柳井氏は「なんの根拠もない古くさい教科書」など気にしているとは思えない。だから、もし本当に「カシミヤ」がユニクロキラーなら、そして、柳井氏のビジョンが氏の哲学であれば、カシミヤをユニクロ流にすればよいと考えたのだ。そしてそれは程なくして実現され、ユニクロの冬を代表するアイテムの1つに成長している。
見えてきたユニクロ:C
ここまで語ってきたところでいよいよ「ユニクロ:C」がなぜ世界統一ブランドたり得るのか、について話をしたい。
ユニクロが戦っているのは海外市場と日本市場。うち日本市場は7兆円〜10兆円の市場規模で、10〜15%の市場シェア率を占有していることになる。そして、私が知る限り「業界人が判を押したように言う」台詞は、「あれ(ユニクロ)はベーシック。うちはファッションだ。ベーシックだけでは人を満足させられない」というものだ。当時のカシミヤと同じなのである。レディースからはじめたのは、LGBTQなどにも対応できるからだろう。また、ゆったりしたワイドパンツなどをみれば、いままでのコモディティ商品だけでは同社を世界一へは導けず、ブランドポートフォリオを全方位にしたというわけだ。
そして、世界のアパレル市場は、
- ウルトラハイブランド:いわゆるGucci、PRADA、LVHMなど
- 高価格帯ブランド:ユニクロ、ZARA、H&M
- 二次流通品+低価格:中古品、傷物 + g.u. しまむら
- Sheinなど中華デジタルブランド
の4階層になり、なんとユニクロが「高価格ブランド」になるというのが私の読みで、日本の「(今の)中価格帯ブランド」は、これらの4つの隙間をうめるニッチにSNSでリーチするということになる。
ユニクロはいまや世界中の人が知っている、「世界ブランド」へと成長した。そうした中でユニクロは、多くの日本企業が「中価格帯」と呼んでいる領域(世界のアパレル市場でいうところの高価格帯)に、ユニクロ価格で市場にだせばよいことになり、私は「ユニクロ:C」にそれを見るわけだ。
すでにユニクロは、「吉牛と会席料理」問題の解決法は「+J」などで学んでいる。
いよいよ、ユニクロ、そしてユニクロ:C、さらには次なる展開などをもって同社の天下統一を実現する、ということだろうというのが私の見方である。
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
株式会社FRI & Company ltd..代表(2023年8月1日に社名を河合拓コンサルティング株式会社より変更)Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。最近ではAI企業、金管楽器メーカー、中国企業などのスタートアップ企業のIPO支援などアパレル産業以外にクライアントは広がっている。座右の銘は生涯現役。現在は自費で大学院で経営学の、独学で英語の学び直しを行っている。
著作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送サテライトTV」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議にたびたび出席し産業政策を提出。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/
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