成功企業のシステムをそのまま導入してもうまくいかない本質的な理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2019年12月26日 20時58分
企業が戦略を立てるうえで一番大事なことは、その企業がどのような課題を抱えているかを正確に把握することにある。ところが、多くの日本企業は、「勝ち組企業の成功事例をそのまま導入すれば、自分たちの課題も全て解決できる」と思い込んでいる節がある。この本質は、誤ったものの見方による戦略の誤謬にある。
「平均貯蓄額」のマジックと消費への悪影響
人生100年時代といわれ、「我々庶民は老後いくらぐらいのお金が必要か」、「自分は大丈夫なのか」、そのような見出しの論説を見ない日はない。私は、こうしたテーマを見聞きするたびに感じる違和感がある。
それは、「国民の平均貯蓄額」についてだ。様々な統計・分析があるが、それらの殆どが総じて「貯蓄過剰」に見えるのは私だけだろうか。いつから日本人はこんなに豊かになったのだろうか。
「このままゆけば、自分は老後破綻が待っている。もう贅沢はやめて家計を絞れるだけ絞り無駄遣いは辞めよう」。
私も含め、そう感じている人は多いはずだ。ところが、よその多くの世帯は、自分たちをはるかに上回る貯蓄を持っているのだと、統計データは示しているのである。
実は、ファッション商品のような嗜好品が売れなくなる背景には、このような「明るい未来が見えない」こととは無関係では無い。そもそも人は服など一度買えば数年は繰り返し着ることができるのだから、毎シーズン新製品を買う必要など無いのである。
さて、話をこの違和感の本質へと戻そう。実はこのカラクリは単純だ。要は全体を構成する「ごく一部の資産家や大金持ち」が「平均値」を押し上げ、「日本人シニアの平均貯蓄額は数千万だ」といっているに過ぎないのだ。実際、日本で年収1,000万円以上の人は人口の4%程度で、世帯別でいって10%程度に過ぎない。いくら、世の中がデフレといっても、子育てをしながら家を買い、自家用車を保有し、老後に5000万も6000万も貯蓄できないことなど計算すればすぐに分かる。服が売れないのも、出生率が下がっているのも、消費者がこうした情報に囲まれているからだ。
成功企業のパッケージ型システムをそのまま導入する愚
こうした誤ったものの見方による戦略の誤謬は、アパレルビジネスや小売りビジネスにも等しく起きている。
ある大手アパレルが導入した基幹システムのデモに参加した時のことである。私は「この仕組みを理解し、他アパレルへ展開して欲しい」という依頼を受けた。その大手アパレルとは、高成長を遂げ、日経平均を押し上げるほどのパワーを持った企業。多くのアパレル企業がベンチマークし「勝利の方程式」を盗みたいと思っていたため、「これはビジネスになる」と私も考えた。
パッケージ型のシステムというのは業務プロセスそのものだ。だから、勝ち組が採用しているシステムを導入することで、「自社業務を勝ち組企業と同じようにすれば、彼らのように成功できるのではないか」という気持ちが働く。
しかし、そのシステムの説明を聞いて、私は逆にアパレル業界が持つ課題の本質を見た気がした。どういうことか順を追って説明したい。
そのシステムは、以下のような業務フローを前提に作られていた。
まず、在庫を大量に囲いこみ、市場に散らばる店頭の販売パワーを商材と季節などと掛け合わせて分析。DC (ディストリビューションセンター)からTC (トランスファーセンター / 商品を仕訳する場)を経由し、店頭へ最適配分してゆく流れで構成されていた。そのシステムの目玉は店舗パワーに応じた商品の適正配分にある。
この説明になんら違和感を持たない人も多いかもしれないが、「このまま導入するとまずいことになる」と直感的に感じた。なぜなら、日本の大多数のアパレルは、このビジネスフローのように在庫を抱え、店頭の販売力にあわせて商品配分すれば、売り切ることができる、というものではないからだ。
このシステムを使っているアパレルは、そもそも商品完成度が圧倒的に高く、消費者は優先的にこのアパレルの商品を買うほど競争力が高いからだ。だから、生産から調達、そして、店頭へという直線的な販売を正確に制御すれば業績が上がるのだ。
しかし、本連載で何度も指摘してきたように、大多数のアパレルの競争力は低く、商品に差別性はない。
このように、競争力と差別性に乏しいアパレルでは、商品供給は上記のシステムの業務フローとは真逆の動きをする。多くのアパレルでは、売れない商品は徹底して売れないのだ。いくら価格を下げても消費者の財布は緩まない。昔の教科書は、価格は商品を売り切るための調整変数だとされていたが、今は、定価で買うことが希で、多くの消費者は何らかの理由でディスカウントされた商品以外に衣料品を買わないようになっている。
それなのに、上場企業であれば、システム投資をすると言えばなぜか株価が上がるし、非上場企業でもシステム投資案件であれば投資委員会を通りやすい。そのとき「あの企業が使っている」という言葉以上の殺し文句はない。
残念ながら、これが、私が現場で見聞きしてきたリアルな実態である。本来、このようなビジネスを実現したい、だから、システム投資が必要であるというステップで検討すべきデジタル戦略なのだが、目的と手段が逆になっているのだ。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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