9年でわずか25店舗 ブルーボトルコーヒーがあえてスローペース出店を貫く理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2024年2月14日 20時59分
2023年12月20日、ブルーボトルコーヒーの新店舗「代官山カフェ」が東京・代官山にオープンした。同年内では唯一の新規出店で、しかも前回出店(神戸阪急カフェ/2022年8月)から1年3か月ぶりであった。
2015年に東京・清澄白河に第1号店を構えてから9年間で25店舗と、コーヒーチェーンでは異例ともいえるスローペースを貫くブルーボトル。およそ「成長」とは無縁のように思えるが、どのような判断軸をもとに出店や店舗運営の意思決定を行っているのか? ブルーボトルコーヒージャパン合同会社ジェネラル・マネージャーの伊藤諒氏に聞いた。
2022年、2023年内の新規出店は各1店舗のみ
東急東横線「代官山」駅前の複合施設「フォレストゲート代官山」。名前のとおり、森をイメージした緑豊かな小径を抜けた先に、ブルーボトルコーヒー(以下「ブルーボトル」)が昨年末にオープンしたばかりの「代官山カフェ」はある。
起伏に富んだ代官山の地形をイメージしたという。小高い丘のようなバリスタステーションが印象的な店内。トーストやブランチプレートには、2024年 4 月に同じくフォレストゲート代官山内にオープン予定のブーランジュリーブランド「Et Nunc(エトヌンク)」のパンを採用。また、コーヒーだけでなく、「KBT-Kombucha Brewery Tokyo」のクラフトコンブチャを提供する。こういった空間デザインやメニューのセレクトに、ブルーボトルらしい店舗ごとの個性がうかがえる。
2024年2月9日には、九州エリア初出店となる「福岡天神カフェ」がオープンした。福岡と東京を拠点に空間デザインを行う「CASE-REAL(ケース・リアル)」の二俣公一氏が内装のデザインを担当。テーブルウェアは同じ九州・鹿児島に工房を構える「ONE KILN(ワンキルン)」のオリジナルプレートやカップを揃えた。
「サードウェーブコーヒー」ブームの火付け役としても知られ、日本でも高い知名度と人気を誇るブルーボトル。日本初上陸は2015年2月で、青山や銀座などの一等地ではなく江東区・清澄白河を1号店の場所に選んだことも、当時は大きな話題を呼んだ。
2024年でちょうど10年目を迎えるが、これまでは基本的に東京を中心とした関東エリアと、京都・神戸を中心とした関西エリアに絞って展開してきた。出店ペースも一部の例外を除いて、基本的には年間でほぼ1~3店舗で推移している。2022年、2023年の2年間はともに1店舗ずつだ。
ビジネスの判断基準より「感性」を重視
ブルーボトルの、出店における判断基準もまた独特だ。
「店前交通量などの一般的なマーケット分析は行うが、それよりはブルーボトルというブランドを突き詰めて考えながら、最終的に出店するか否かを決定している」
「ブランドを突き詰めて考える」とはどういうことか。出店候補地の検討の際には、伊藤氏自ら周辺を徒歩や自転車で散策し、街の風景や人々の表情などを観察しながら、「この場所でブルーボトルの世界観がどこまで表現できるだろうか」「ここに住む人たちがブルーボトルを訪れ、コーヒーを飲んだらどんな気持ちになるだろうか」と想像を膨らませ、イメージが思い描けたときに出店の判断をするという。
ブルーボトルの創業者・ジェームス・フリーマン氏は、日本の喫茶店文化にインスピレーションを受け、海外出店第1号として日本への出店を決めたという。その喫茶店独自のコミュニティ機能やクラフトマンシップへの敬意が、伊藤氏の判断軸の根底にはある。
「ブルーボトルのカフェを訪れた方にとって人生が少し豊かになったり、1日のリズムがよくなったり、そんな街のコミュニティになるような場所に出店したい。そのため、ビジネス的なものさしよりは『感性』を第一に意思決定している」
伊藤氏の言う「感性」は、店舗の設計やメニューのラインナップにも表れる。冒頭の代官山カフェ、福岡天神カフェもそれぞれ異なるデザイナーを起用し、エリアに応じた個性を出している。決して画一的な店舗設計は行わず、街の文化や風景などの特性に合わせて一つひとつ異なるコンセプトで設計するクラフトマンシップがうかがえる。
「パートナーである建築家に対しても、あらかじめ用意されたガイドラインに沿って設計を依頼することはない。このカフェを通じて創造したい体験を伝え、建築家と対話しながらセッションのように設計していく。結果、当初の計画から大きく変わることも往々にしてある」
こうしたセッションを象徴する一例として、築100年を超える京町屋をリノベートした「京都カフェ」(2018年)の設計が挙げられる。
候補となる家屋が、道路に面して前後に2棟並んでおり、当初は人通りの多い手前の家屋への出店を計画していた。しかし、現地を訪れ、建築家と相談する中で、「あえて後方の家屋にカフェを設けたほうが、ブルーボトルの世界観をより表現できるのでは」というアイデアが生まれ、「京都の寺院をイメージして入口までのステップに砂利を敷き詰める」「店内と店外の境界をあえて曖昧にする」といった発想が広がり、結果として当初の計画とはまったく異なるデザインになったという。
「ビジネス的に考えれば、通りに面した手前のテナントに出店するほうが合理的。しかし、『どうすればブルーボトルの世界観を表現できるか』をセッションした結果、最終的には非合理的な意思決定に行き着くこともある」
「感動ドリブン」の店舗運営がLTVを高める
「感性」を重視するブルーボトルの判断基準は、店舗運営においても貫かれている。
「人がカフェを訪れる、お金を払うといったアクションを起こすときには、何かしら心が動いた体験が必ず起点になっている。だから『売上や利益につながるか』より『心が動くかどうか』を重視する」
バリスタとの会話、窓から差し込む光の入り方、スツールの高さまで。すべては「お客さまにどのような感動を提供するか」を基準に意思決定されている。これもまた、ビジネスのセオリーを無視しているようにも見えるが、「『ビジネスより感動』。この順番を絶対に譲ってはいけない」と、伊藤氏の言葉には迷いがない。
「『お金』を起点にビジネスモデルを作り、横展開していく手法は、誰もが『これが好き』と思える共通の価値基準があった時代には機能していた。でも、今日では『これが好き』の価値基準がマスから個人へと移ってきている。そういう時代には、個人一人ひとりに『これが好き」と思ってもらえるような『感動』を起点にビジネスモデルを考えたほうが、結果としてビジネス面でも合理的だと考えている」
事実、日本に初出店してから9年の間に、コロナ禍という危機を経験しながらも、閉鎖した店舗はわずか2店舗だ。それは、店舗ごとに地域の顧客とのコミュニティを、時間をかけて築いてきた証だろう。
「ビジネスドリブン」より「感動ドリブン」のほうが、短期的なキャッシュフローにはつながらない。が、キャッシュポイントの時間軸は長くなり、LTV(顧客生涯価値)の高い店舗運営ができるということなのだろう。
出店や店舗運営にも貫かれる「Seed to Cup」
伊藤氏自身、前職の三井物産時代に米国に留学した際、「サンフランシスコで訪れたブルーボトルのコーヒーに感動して」ブルーボトルの日本事業立ち上げに参画した経歴を持つ。以来、日本をはじめとするアジア圏での店舗開発を担当し、2020年からはジェネラル・マネージャーとして日本エリアを統括する。
一貫してブルーボトルの店舗開発に携わってきた伊藤氏は、「ブルーボトルのグローバル戦略において、日本をイノベーションの発信源に位置づけている」と語る。
「私たちの言葉で『ブランドビーコン(beacon:発信機)』と呼んでいるが、新しい取り組みや実験的なアクションを日本で積極的に行い、そこで成果のあったものをグローバルに発信・展開している」
一例として、トラックでポップアップ的に出店する「コーヒートラック」は、最初に日本で行い、後に香港や韓国でも展開している。什器やメニューを店舗ごとに変える試みや、ファッションブランドの「HUMAN MADE」とコラボしたショップも、日本からアジア、さらにはアメリカに“逆輸入”する話もあるという。
日本の「喫茶店文化」にインスパイアされたブルーボトルのブランドが、この日本で育まれ、国境を越えて広がっているのは興味深い現象だ。そして、そこでも一貫しているのは「感動ドリブン」の姿勢だ。
「バリスタやスタッフが、来店したお客さまに感動を提供し続けることで、『またこのカフェに来よう』と思っていただくことが、ブルーボトルのビジネスの基盤になっている。ブランドアセットが『消費』されていくビジネスモデルではなく、ブランドアセットをコミュニティの中でお客さまとともに『共創』していくことで、ビジネスとしてのリターンも得られるモデルをこれからも追求していきたい」
ブルーボトルで提供するコーヒーは、豆の原産地から抽出に至るまでの各工程にこだわり、時間と手間暇をかける「Seed to Cup」を特徴とする。「感動」を起点に、出店の意思決定にも時間をかけ、店舗運営も顧客とのコミュニケーションを深めながら地道にコミュニティを築いていく姿勢もまた、1杯のコーヒーに対して丹念に手間と時間をかける「Seed to Cup」を体現しているといえるのではないだろうか。
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