「時代遅れ」を感じた小売業が実践すべき「出島戦略」とは?
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2024年4月22日 20時59分
あるアパレルが、全社を揚げて日本から中国までの物流を一気通貫するサプライチェーンマネジメント(SCM)を構築しようとしていた。しかし、プロジェクトは日々混乱を極め、結局は途中で頓挫した。
担当者に話を聞くと、「中国の工場が非協力的で、我々が要求する『小ロット』と『生産納期』が守れない」のが理由だという。しかし、工場側の担当者に聞いてみると、問題があるのはアパレルの方で、「杜撰な仕様書、曖昧な指示と無駄な仕様変更、さらに、発注ミスした在庫を隠蔽するため圧力をかけ、値段を調整させたり余った原料を強制的に返品させたりと、現場で無茶ばかりやっている。もう、これ以上おつきあいは勘弁したい」ということだった。当然、トップは何も知らないし、「中国とのビジネスは難しい」という報告だけ受け、頭を抱えるわけだ。
「もっと仕入先を大事にしろ」
最近では、トップからこんな指令が現場にいくようになった。しかし、実態はさらにお粗末で、「最近やたらとペコペコしはじめたが、実際のビジネスの交渉では、なんら付加価値の高いやりとりはない」という状況になっている。
今回は、アパレルの事業再生のボトルネックととなる「見えない現場」についてその具体的事例と解決策を提示するとともに、小売各社が躍起になっているプライベートブランド(PB)戦略で成功するための本質を提供したい。
事業構造を変えられない、新しいアイディアがでない理由は組織にある!
「アパレル業界の事業構造は5年おきに変化しているのに、われわれの仕事は20年前から一切変わっていない」「だから、新規ブランドを投入し、心機一転、ビジュアルマーチャンダイジング(VMD)を組んでも、昔のブランドと同じ見え方になってしまう。これでは、新ブランドを導入した意味がない」 あるアパレル経営者の言葉だ。
“マンションメーカー”の頃には元気だったアパレルが事業を拡大。組織が肥大化し、管理が複雑になるにつれ業績が悪化するというのが典型的なパターンである。肥大化した企業では、数多くの部署や人間の間で綱引きが行われ、新しいものが生まれない。結局、「過去の成功体験」にしがみつき、合議制の名の下に、「こうすべきだ」という議論よりも「こうしてはいけない」という消去法的議論が主流となる。
結果、ブランドそのものの見直しが必要なのに、戦略や肝心の商品は、既存コンセプトの焼き直しという単なる改善策しか出てこない。
衰退しているアパレルほど、「ここがダメだ」など、消去法の議論が続き、最後は多数決か、現場を見ていない人間の鶴の一声で方向性が決まってしまう。
これに対し、成長著しいアパレルの現場に行くと正反対のことが起きている。議論は常に「べき論」が主流だ。「これがいい」「いや、こうすべきだ」など、活発に新しい案が飛び出してくる。誰も過去のことは言わない。トップは、ロジックだけチェックし、最も筋がよいものを選ぶだけだ。
「過去をいくら分析しても、売れる商品の顔は見えない。未来を読まなければならない」とは、誰もが心に感じているのだが、どうしてもそれができない。
実はその解決策は意外なところにある。
小さな組織のつくり方
勢いのあるアパレルを見ていると、意志決定を「小さな組織」に集中し、それぞれのブランド責任者が、少数で最終的な意思決定を行ってゆく。彼等は、末端のデザイナーにも発注権限を与え、どんどん素材を先行で押さえている。まさに製販が一体となった物作りを企画段階から行っている。
これに対し旧体質の組織では、商談中にマーチャンダイザーとデザイナーが素材一つで喧嘩をするという光景をよく目にする。 意志決定の権限がどこにあるのか曖昧だし、責任の所在も不明確だ。 本社に目を向けても、全員が「忙しい、忙しい」と言っているが、よく調べてみると社内調整ばかりしている。
一方、経営者はしびれをきらし、外部から有能なデザイナーを呼んだり、実績のあるマーチャンダイザーをヘッドハントする事例をよく聞くが、うまくいっているという話をきいたことがない。これは、有能な人材を「古いシステム」の中に入れてしまうからだ。素材を買うのに、ハンコが8つも必要な組織の中で、これまで自由にやってきたデザイナーが自分の実力を発揮させられるわけがない。
デザインはあなた、発注はあなた、と組織ごとに仕事の分業をする「機能別組織」は一昔前までは機能していた。靴下とか下着などのように、同じものを大量に高品質で作るには都合がよいからだ。だから、ファッションの変化が少なく、小売と卸売が完全に分離していた展示会発注型モデルでは、分業のほうが理にかなっていたのだ。
しかし、店頭起点のQR(クイックレスポンス)を回すためには、分業は時間を浪費するだけだ。なぜなら、日々発生する変化の中では「伝言ゲーム」は非効率以外の何ものでもないからである。すなわち、変化の激しい時代では、組織は小さければ小さいほどよい。
さらに、権利には必ず責任をセットにして組み込まねばならない。つまり、ブランド責任者には、必ず「期限付き」で権限委譲するわけだ。二年たって成果がでなければ、責任者の交代も検討する。こうした実力主義の徹底で組織が新陳代謝してゆく。責任を曖昧にしたまま小さい組織を目指し、権限だけ与えて組織がカオス状態に陥ってしまった例を数多く見てきた。
体質改善には組織内に「出島」が必要
本気で体質改善を行いたいのであれば、治外法権区域である「出島」をつくるしかない。「どちらがよいか」など、会議で抽象論を語っていても、古い人達に押しつぶされてしまうのが関の山である。まずは、組織の中に「小さな成功体験」を実際に作ることだ。
先述の通り、アパレル業界は5年ごとにビジネスモデルが変わってゆく。過去と同じことをやり続けては競争に負けてしまう。不振アパレルの多くは、過去の遺産を食いつぶし延命しているに過ぎない。だから、体質改善のためには、自己否定できる体質をいかに自社の中に作ることができるかが組織改革のポイントとなる。
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スーパーブランドは売り減らし型、日本型SPAは売り増し型
「いつかは世界に通用するブランドを作りたい」 アパレル事業にたずさわる者であれば常に感じてることだろう。しかし、日本のアパレルを見ていると、おおよそ情報発信型のブランドなどないし、これからも生まれてこないだろうと感じる。
以前、優秀だと周りから思われていたデザイナーに、金に糸目をつけず、フルコレクションを作らせた経営者がいた。市場の追随ばかりやっていては、いつまでたっても価格競争から抜けられない。デザイナーは世界から高級な素材を集め、完成度の高いコレクションを作り上げた。しかし、できあがったコレクションは、デザイナーのやりたい通りに作ったため、結果的にパリコレでしのぎを削る世界のスーパーブランドと同一価格帯となってしまった。
当然ながら、そのブランドを市場に出すためには莫大なマーケティング費用が必要となる。デザイナーは、「やりたいことは全てやった、あとは営業で売り方を考えてくれ」と高をくくっていた。都内のショールームに飾られた高級コレクションは、それまでにかかった総経費の1/10の値段で海外の工場に転売され、デザイナーと一緒に去っていった。
欧米のスーパーブランドは、売り減らし型といって、本国で商品企画を行い、世界規模のマーケティングを通し、世界の店舗に投入された商品を売り減らしてゆく。これに対して日本のSPA型アパレルでは、売り増し型といって、店頭情報を起点にし、売れ筋の商品を単サイクルで投入し、細かく、売り増してゆく。前者ではマーケティング、ブランディングが成功の鍵になるのに対し、後者ではオペレーション効率と情報精度が成功の鍵となる。
この二つのビジネスは、同じ飲食店でも、高級料亭を経営するのとラーメン屋を経営するのと同じぐらい異なっている。また、ラーメン屋が自分の店の一角で高級料亭を開店できないのと同じぐらい、売り増し型に慣れたアパレルが、売り減らし型に手を出してもうまくゆかない。
日本のアパレル経営者が陥りがちなメンタル面での罠が、己のビジネスモデルをはき違えてしまうということだ。 実際は、自らの事業は売り増し型なのに、売り減らし型を目指そうとし、夢と現実の境界線が見えなくなる。そこから、戦略上のギャップが生じ、不明確なブランドポジショニングが生まれるのだ。
勢いあるアパレルは、このあたりの割り切りがうまい。たとえば、デザイナーといえば、「想像力と物作り」よりも「バイヤー的感覚」、すなわち、消費者の視点で商品を「選ぶ」人が活躍している。物作りの知識がないことが、かえって発想の制約条件を廃し、純粋に「お客にとって何がよいか」という視点で企画を組み立てることが強みになっている。
利益のためのPB戦略は失敗する自明と成功のためにユニクロが行った新提案とは
「『顧客起点』という言葉はもう古くなっています。新しいコンセプトはありませんか」という質問を、ある経営者から受けた。しかし、この質問こそ、そのアパレルがダメになった体質を現わしている
小売事業でPB化が盛んだ。その実態は「売れている商品を自分で作れば粗利率が向上するだろう」というレベルだ。本来であれば、顧客にとって既存のブランドが提供できないが、自らリスクをとってでもやりたいことがあるからPBを作るべきなのだ。結果的に、ナショナルブランドの「模倣商品」がタケノコのように生まれる。当然、内部収益性を高めるためのPBなど消費者にとってなんの価値もない。これが小売事業のPBがうまくいかない理由だ。
ユニクロが1990年代後半から快進撃を遂げたのは、商社を中抜きし、中国の工場と直接取引を始めたからだという総括が一般的だがそれは本質ではない。ユニクロ以前のアパレルは、「安かろう、悪かろう」「高かろう、良かろう」という二軸でマーケティングを行ってきた。
ここに、「安かろう、良かろう」という新たな価値軸を市場に供給することで、「服なんてこんなもんだ(安くても良いものは当たり前なんだ!)」という意識を消費者に提案しプレーンな衣料品をファッションスタンダードに組み込んだのだ。つまり、自ら新しいファッションの世界観を作り上げ、それを支える物流システムをグローバル手作り上げたわけだ。ユニクロの成功は、「売れているものをちょっと安くしよう」という、模倣戦略から生まれたものではない。
いまどき展示会発注などやっていても、自らのリスクで素材を押さえ、商品をどんどん補充するアパレルに勝てるはずなどない。「最近では当社も先行発注型に変えています」などという話も聞くが、変えたのは発注形態だけで、素材一つ押さえられない体質、結果的に追加発注さえできない状況は昔のままというケースがほとんどだ。リスクをとるのはよいが、リスクを「コントロール」することができていないのである。
なんの施策もないまま、展示会発注をやめてもリスクは増えるだけで、商品は何も変わらない。この事例も、リスクとリターンの見合いだけで「儲かりそうだ」というだけでものごとを進めてゆき、「顧客にとって何を提供するのか」という本質的な議論がないまま見切り発車されるという点では同じである。
マービン・バウアーの著書「経営の本質」に、経営の目標は利益を上げることではなく、製品やサービスを提供することで、利益を上げる「資格を得ること」だ、と書かれている。企業は事業活動を通し、社会に対して価値を提供し、その「結果」として利益がついてくるという事業の本質について述べられている。自らのブランドは、顧客にとって何を提供しているのか、また、それは他社と比べて何が違うのかという議論を徹底して行うべきだろう。そこから、自社しか提供し得ないブランドの顔を持つべきなのだ。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/
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