行列の時間を買うテーブルチェック ファストパスは飲食業界を変えるか
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2024年6月13日 6時27分
いつも長蛇の列を成している超人気店。どれほどおいしいのか、食べてみたいけれど、1時間も2時間も待ってはいられない。そんな悩みを解決する「裏技」が登場した。飲食店の予約プラットフォームを提供するレストランテック企業・テーブルチェック(東京都/谷口優社長)が展開する優先案内サービス「TableCheck FastPass(テーブルチェック ファストパス)」だ。試験運用を経て2024年2月、正式にリリースされ、わずか1か月半で累計1.8万人が利用した。人気店は並ぶ。予約に料金はかからない。それが当たり前とされてきた飲食業界でどこまで広がるか。リリース後の反響と今後の見通しを同社の谷口優社長に聞いた。
なぜ飲食業界にはダイナミックプライシングが導入されないのか
何時間も行列に並ばなければならなかった人気店の味を待つことなく楽しめる。「テーブルチェック ファストパス」は食べることが好きな谷口社長の苦い体験から生まれた飲食店専門の優先案内サービスだ。
「出張や旅行での一番の楽しみが現地のおいしいものを食べること。駅から離れた人気店にわざわざ時間をつくって出かけることも多い。しかし行列が長すぎると、次の打ち合わせに間に合わないため、並んでいられず、泣く泣くあきらめるしかない。往復の時間もムダになり、もったいないと感じていた」(谷口社長)
そこでヒントになったのがテーマパークの優先案内だった。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)でユニバーサル・エクスプレス・パスを利用したところ、充実した時間が過ごせ、ブランドイメージまで変わってしまったという。
「導入前に訪れた時は、3時間待ちの行列に並んだりして、2つのアトラクションしか楽しめず、正直、全然おもしろくないと感じた。それがパスを利用したことで7つのアトラクションを体験でき、こんなにすばらしい場所は他にないと思えるほどの満足感があった」(谷口社長)
もともと谷口社長は飲食業界のビジネスモデルに違和感を抱いていたという。ホテルや航空チケットなどがダイナミックプライシングを導入する中でも、飲食店に限っては時価のメニューなどを除き、常に同じ料金で料理・サービスを提供してきた。
「本来、料金は需要と供給のバランスで決まるもの。価格調整によって利益率を向上できるのではないかと考えた」と谷口社長は話す。飲食店が柔軟に価格調整できるようになれば、追加で得た利益を人件費や高騰する光熱費に回せるメリットも生まれる。それが、このテーブルチェック ファストパスにつながったという。その仕組みは一体、どうなっているのだろうか。
手数料は390円~2,000円で18か国語に対応
テーブルチェック ファストパスが利用できるのは2024年5月20日時点で19店舗。ミシュランガイドでビブグルマンの評価を獲得している「中華そば 銀座 八五」など、行列の絶えない人気店が名を連ねる。
優先案内の利用受付フォームには、店舗の公式サイト、InstagramをはじめとするSNS、グーグルマップなどから遷移させることができる。来店日時・人数を入力し、クレジットカード情報を登録して予約すれば、手数料が支払われるとともに申込手続きは完了する。なお前出の「中華そば 銀座 八五」は、ミシュランガイドの公式サイトからも優先予約ができる。
手数料は現状の導入店舗では390円~2,000円。金額は店舗側で決められる。キャンセルされた場合も返金されず、プラットフォームを提供するテーブルチェックとレベニューシェア(収益分配)される仕組みだ。そのため結果的にファストパス利用客が現れなかったとしても、収益が0円になってしまうことはない。
インバウンド復活で訪日客が増える中、多言語に対応している点も特長で、18か国語に対応している。言葉の壁によって生じるトラブルや機会損失を避けられ、店舗とゲストの双方がメリットを享受できる。
現状の利用者は日本人8、外国人2の割合で、香港、台湾、アメリカ、韓国、オーストラリア、シンガポールからのインバウンド客が目立っている。政府がインバウンドを推進し、2025年までの訪日外国人旅行者数をコロナ前の2019年水準である3188万人超えとしている追い風もあり、「食」を目的に来日する人はますます増えることが見込まれる。
「会社を設立した2011年頃は、外国からのゲスト受け入れに難色を示す店舗も少なからずあった。それが今や逆。外国人観光客を集客する相談を数多く受けている」(谷口社長)
実際、ラーメン店をはじめとする行列店を見ると、並んでいる人の半分ほどが外国人といった店も多い。顧客として無視できない存在であることは確かで、テーブルチェック ファストパスが秘めたポテンシャルはまだまだ高い。谷口社長は、次の打ち手を考えているという。
導入の広がりがインバウンド消費の拡大につながる
テーブルチェック ファストパスの導入店舗は2024年中に300店舗に拡大し、ラーメンに限らず、とんかつ、カレー、うどん、スイーツなどの行列店に並ばずに入れるようにしていくという。課題があるとすれば、飲食代とは別に手数料を取ることに抵抗があり、時に飲食店側からネガティブな反応が見られること。谷口社長は「店舗それぞれの考え方で否定はしないが、提供する料理の値段以上に儲けてはいけないという思い込みが強いのではないか」と話す。
だが、考えてみれば、優先案内サービスの利用は、行列に並ぶ時間を金銭と等価交換して買うことにほかならない。テーブルチェックの調べによると、テーブルチェック ファストパスのサービス開始後、20%の否定的な意見があったものの、ポジティブに受け入れる好意的な声が倍以上の54%あったという。
タイムパフォーマンスを上げるために手数料を惜しまず支払う人がいることは、すでに3万人(2024年5月20日時点)がテーブルチェック ファストパスを利用していることが証明している。特にインバウンド客なら店に入るのを待つ1時間、2時間がなくなれば、訪問先を1つか2つ増やすことができる。それに伴うインバウンド消費の拡大も見込まれ、大きな視点で捉えれば、日本経済への貢献にもつながる。
「ホテルや航空チケットのダイナミックプライシングと同じように細かく変動する必要はなくても、飲食業界でも、もう少し需要と供給のバランスに応じた料金設定をして良いと思う。例えば月曜日は来店客が少ないものの、金曜日は予約しないと入れないといったように、混み具合にムラがある店も多い。月曜日は通常より安い価格でサービスし、金曜日は予約制で手数料がかかるとしても、何らおかしいことはない。今後はそういった流れになっていくのではないか」(谷口社長)
テーブルチェック ファストパスの広がりは、その流れに棹さすことになりそうだ。サービスの認知度を高めるための施策も準備しており、今後はブランディングに力を入れていくという。
「弊社はこれまで、コンシューマーマーケティングはまったく手がけていなかった。しかし、これからはコンシューマーの認知度を高めていく。1月にはマーケティングのチームを立ち上げた。また現在、Webサイトを改修中で、リニューアル後は優先予約受付をはじめ、弊社のサービスを利用している店舗を横断的に検索できるようにする。夏以降は、さまざまなところでテーブルチェックの名前を見たり聞いたりするようになるだろう」(谷口社長)
行きたかった店の、食べたかった料理を、待たずに味わえる。好奇心と食欲を確実に満たせる新しい選択肢を示すテーブルチェック ファストパスのサービスは、飲食業界のビジネスモデルを変えるか。これからの展開が注目される。
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