インバウンドで最高益続出!日本人が知らない「百貨店の価値」とは
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2024年6月18日 20時52分
タイに旅行にいったときだった。ホテルからレストランまでタクシーを利用して、支払いを済まそうとしたら、運転手が「250バーツ(約1,000円)です」といったので、「ああ、1,000円なら安いな」と、なんの疑いもなくお金を払った。しかし、帰りのタクシーで料金を払ったとき、25バーツと、なんと1/10の値段だったことを聞いて、「騙された!」と思ったものだった。10年間アジアを回り続け、海外は慣れていたのだが、経営コンサルタントになって日本での仕事が多くなり、すっかり「世界の常識」を忘れてしまったようだ。さて、今日は、日本と世界の常識の差から、日本の百貨店の現状と未来について論じたい。冒頭の話が実は大きく関連しているのである。
インバウンドで日本の百貨店が業績絶好調
今の日本は、円安・株高。世界中から日本へ「インバウンド」と呼ばれる外国人観光客が押し寄せている(インバウンドは訪日外国人という意味)。彼らは世界地図でもっとも東に位置する「黄金の国ジパング」の文化、グルメなどを楽しむため、世界中から押し寄せてくるのだ。
おかげで、全国百貨店の2023年度売上高は対前期比9.2%増となる5兆4211億円(日本百貨店協会)となった。
三越伊勢丹ホールディングスの百貨店業の総額売上高は対前期比11.8%増の1兆1373億円。インバウンド売上高は1088億円と、コロナ前を大幅に上回り(20年3月期との比較で45%増)、過去最高を更新した。そして伊勢丹新宿店一店舗だけで同14.7%増となる、3758億円を売り上げた。25年3月期はなんと4110億円を予想している。
なぜ百貨店ばかりがもうかるのか。円安だけがその主たる要因であれば、百貨店以外の業態も同じように最高益をだしてもおかしくない。そこには、百貨店という日本独特の業態の特徴が隠されている。
私は、以前、百貨店の売上が落ち込んでいる時、「百貨店の将来」という論考で、「百貨店は不況ではない。たんに数が多いだけで、数が世界で見ても適正化されればその存在感は増してくる」と予言した。その裏には、「百貨店にはまだまだ存在価値がある」ということなのである。
本来100円のものを「1,000円ですと言われて1,000円払うビジネスは異常か?」
冒頭で私は運転手に「250バーツです」といわれ、なんの疑問も感じずに250バーツを支払い、そして、騙された。日本では考えられないことだ。こんなことが日本で起これば、昼のワイドショーで取り上げられてもよいぐらいの事件である。
「250バーツです」といわれれば、「嘘をつけ、もっと安いだろ」と答えるのが世界の常識。日本の常識はむしろ世界の非常識で日本の海外旅行者は外国では「カモ」になっている。なにせ、前回も報じたとおり、例えば、中国LOUIS VUITTONの直営店でLOUIS VUITTONのニセモノが売られているのが海外なのだ。
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日本人が知らない 日本の百貨店の「特異性」とは
数の問題はさておき、日本の百貨店の調子が良いのは高額なブランド品が円安で安く買えることに加え、日本という国に対する「海外からの信頼」があるからだ。
「日本人は嘘をつかない。また、ちゃんとした百貨店で買えばニセモノなどを掴まされることもない」と外国人は考える。この「ニセモノでないこと」は、我々にとって常識すぎて気づかないが、無意識に存在する「大きな価値」なのである。
世界の百貨店を見れば分かるが、日本ほど富裕層向けのMD(販売品)でちりばめられた業態は存在しない。日本の百貨店にゆけば、富裕層の欲望を満たす商品が山のように売られている。それらが、円安で激安で変え、かつ、「Bought in Japan =本物」というのし紙まで付いている。ラグジュアリーブランドを普段買わない層だって、「よし、日本で一丁買ってやるか」となるわけだ。
今から25程前。日本が超円高だったとき、私は年に数回仕事でイタリアに行っていたが、日本では絶対に買わないような高額品を買いあさっていた。なぜなら、欧州ではあのLOUIS VUITTONがセールをやっているからだ。「円高、イタリア本国(本物)、セール」の三拍子揃えば、私のように貧しいサラリーマンでもLOUIS VUITTONのつかみ買いをする。その逆現象が今日本で起きているのだ。
そう考えると、おかしなことが想起される。
「ますます貧しくなる日本人」と「ますます高額品が売れてゆく百貨店」の対比だ。
我々は経済政策の失敗で失われた30年に入り、賃金は上がらず物価は上がり続けている。インバウンド達と違う現象が起きているのである。
今、日本の不動産を買いまくっているのは中国人である。何を隠そう私のマンションも先日中国人に買って頂いた。その結果、日本で良いところに住み、ブランド品に囲まれ、美味しいグルメを楽しむのは外国人。日本人は、キュウリの値段が安い隣町のスーパーに買い物に出かけ、海外旅行は我慢。でかけても、食事の高さに辟易して、ブランドものなど買えないということになる。
外国人が豊かになり、日本人が貧しくなる。今の日本はそのようになっているのである。その象徴が「日本の百貨店」なのだ。
これからの百貨店がとるべき成長戦略とは
私は、百貨店に対してその存在価値を明確化したうえで、いくつかの提言をしてきた。
百貨店はECとは仲が悪い
ECに人が期待するのは品揃えと価格の安さだからである。これに対して、百貨店は品目数は多いが、品揃えは壊滅的だ。百貨店の平場などを想像してもらいたい。次に、価格についてもECとうまく行かないのは、百貨店は安売りをしない。品揃えと安売りの両方がNGなのが百貨店なのである。だから、例えば、九州産地の特産品を、例えば、百貨店のECで買うことを考えれば、普通の人なら、そのテナントに楽天などを通じて直接アクセスして最安値で買うだろう。これが、ネットの買い方である。
百貨店のメタバースには戦略が見えない
メタバースに一時力を入れていた百貨店だが、これはクエスチョンマークだ。なぜなら、メタバースというのはECのリッチコンテンツ化(ECの写真が動画になり、メタバースになる)の先にあるもので、「ECであること」には変わらないからである。このような技術は、機能性と密接な関係がなければ絶対に広がらない。一時的に奇をてらっても、消費者に確固たる便益を与えなければ単なるおもちゃで飽きられてしまうのだ。メタバースは、オフィスになるか、過疎地帯の店舗になるかのいずれかである
百貨店の委託消化取引は百貨店の魅力を上げる
なにかと批判の多い百貨店の委託消化取引ではあるが、某大手百貨店の名バイヤーは、社内では、もっとも在庫を残した人間としても有名である。これは、何を意味するか。結局、余剰在庫のことを考えてMDを組んでも「売れ筋」か「ものまね」に収斂する。しかし、自分のお客様のためにMDを組めば、少々の残在庫は返品すれば良いので怖くない。従って、バイイングが顧客志向になってくるのだ。奥が狭く、幅が広い百貨店のMDを百貨店たらしめるために委託消化は重要な価値を与えてくれる。
百貨店の数が多すぎる
現在の百貨店協会に登録された百貨店の数は180前後だ。私が「ブランドで競争する技術」(ダイヤモンド社)を書いた時、百貨店は200あったので10%以上減った。
百貨店は、バブル時代、家族の休日の遊び場だった。百貨店で買い物をして屋上で昼食を食べて帰る。あるいは、夜食も百貨店ですますなど小さな贅沢をする憩いの場だった。また、百貨店は「あるべき場所」にあることが価値であった。百貨店は自店舗の周りに「城下町」をつくり、冠婚葬祭に登場し、「値引きをしない」百貨店は日本人の価値観にピッタリあっていたのだ。今回のインバウンド特需は百貨店の数が少なくなったわけではないが、インバウンド数が増えたため、相対的に百貨店と顧客のバランスがインバウンド数>百貨店となり、結局、百貨店が少なくなったのと同じ効果がでたのである
これが、百貨店の本質的競争力や存在価値である。ここをないがしろにして奇をてらっても百貨店は浮上しない。世界の百貨店は日本ほどラグジュアリーに特化していないし、百貨店はぜひこれらのポイントをしっかり見定め、再浮上してほしい。皮肉なのは、それが日本人でなくインバウンドという外国人の富裕層(日本人から見て)に根こそぎ百貨店の魅力がとられてしまったことかもしれない。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/
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