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アインHD、フランフラン買収で変わる?株主総会の争点とは

ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2024年7月7日 20時57分

7月3日、アインHDがフランフラン買収を発表

 アインホールディングス(以下、アインHD)は2024年7月3日にFrancfranc(以下、フランフラン)を買収すると発表しました。筆者にはとても興味深いM&A(合併・買収)です。

 まず、この買収で効果がでると言われる「アインズ&トルぺ」と「Francfranc」の相乗効果、具体的にはどのような新業態が確立され、どのような商品が開発されるのか、期待が高まります。

 しかし、これだけではありません。アインHDの経営陣はアクティビストの眼前で絶妙な対策を打ったように思います。

55回定時株主総会における株主提案

アイン薬局看板1

  今回の買収を考える上で、来る7月30日に予定されるアインHDの定時株主総会で株主から提出された議案を見ておく必要があります。具体的には

  • 取締役2名の解任(ただし今回の総会をもって任期満了になるため実効性は乏しい)
  • 取締役4名の選任
  • 社外取締役の個人別の固定報酬額決定
  • 社外取締役に対する譲渡制限付株式付与のための報酬決定の件

  提案者であるオアシス・マネジメント・カンパニー(以下、オアシス)の意見によれば、KKR札幌医療センターが発注した敷地内薬局の整備事業に関して、公契約関係競売入札妨害容疑でアインHD子会社の取締役2名が逮捕され(2023年8月31日)第一審で有罪判決を受けたこと(2024年4月18日)、およびアインHDの株価パフォーマンスが長期的に見劣りすることを念頭に、取締役会の機能を抜本強化することが、株主提案の主たる直接的な狙いです。

 ここで確認したいことは、オアシス側が業績および株価に改善余地があると考えていること、喫緊の課題はガバナンス機能の強化だと考えていること、とはいえこの提案に滲むオアシスのアプローチは今年の株主総会で提示されたさまざまな株主提案と比較して漸進的・穏健な提案であること、となります。

アインHDの強い成長志向と新しい成長の柱

 

 このようにアインHD現経営陣とオアシスとの間に一定の緊張関係があることを踏まえると、今回のフランフラン買収からは別の要素も見えてきます。

 そこでまずアインHDの財務状況を確認しておきましょう。

 まず指摘すべきは同社が積極的な成長志向であることです。

 過去10年間の年間成長率は売上高が+8.9%、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)が+8.1%、経常利益が+7.3%であり、この成長を出店による内部成長に加えて、継続的なM&Aを適切な規律のもと継続してきました。同社ののれんの金額は総資産の20%前後で過去7年間推移しています。

  もう一つ、主力のファーマシー事業を補完する第2の成長エンジンであるリテール事業が着実に成長し収益性も高まっていることです。この事業はコスメティックスを主体とした「アインズ&トルぺ」業態であり、2024年4月期の売上高は311億円(全社売上高の約8%)、セグメント利益31億円(同15%)、売上高セグメント利益率10.0%と2桁に乗りました。ファーマシー事業の売上高セグメント利益率は8%前後で推移しており、かりにのれんの償却費を除いても1桁台にとどまるため、このリテール事業はアインHDの将来像を決める重要な存在になってきました。

アインHDの課題は不十分な収益率、余剰が続く現預金

 しかし課題もあります。 

 まず収益性。同社の売上高EBITDA比率、および売上高経常利益率の過去5年平均はそれぞれ7.5%、5.0%であり、低位とは言えないものの十分高いとは言えません。

 次に資本効率。ROA(総資産当期純利益率)、ROE(自己資本当期純利益率)の過去5年平均はそれぞれ4.1%、7.3%です。2024年4月期のROEは8.7%になりましたが、上場企業の一つの目線であるROE8%を安定的に超えているとは言い切れません(ちなみに10年前は15%前後の水準にありました)。

  最後にネットキャッシュ。20244月期末の現預金から有利子負債を控除した同社のネットキャッシュはプラス416億円です。同社は長年ネットキャッシュを維持しており、近年は400-500億円の水準で推移しています。先に述べたように、M&Aを通じた成長戦略を実践してきたため、投資に消極的だったわけではありません。それでも現預金を使いきれずにいることは株主にとって不満のタネになります。

  ちなみに株式市場の評価は、予想PER20.5倍、PBR1.4倍であり市場平均並みといえます。しかしネットの有利子負債と株式を合算した企業価値が営業活動による現金創出力の指標のひとつであるEBITDAの何倍かを示すEV/Ebitda倍率は5倍程度と低位にあります。

 株主の思いを整理すると次の通りでしょうか。

  • 調剤事業は規制業種で超過利潤を過剰に期待すべきではないかもしれないが、そうしたなか同社はファーマシー事業の成長機会を着実に取り込み、かつこれを補完するリテール事業が規模と収益性を備えてきた。これは高評価に値する。
  • しかし、企業価値を高める余地がまだまだあるはずだ。薬局市場は未だ非寡占市場であり、今後の医療保険財政などを考えれば集約必須である。リテール事業もいまこそ成長にアクセルを踏むべき時期にある。ネットキャッシュをなるべく早期にフル活用して利益ある成長を追求し、ROEが高まる姿が見えれば、企業価値は自ずと高まるだろう。
  • もし同社の財務余力を成長加速につなげることができる新たな経営陣や企業が現れてくれたら、それはそれで御の字だ。

 今回オアシスはガバナンス強化と取締役選任を株主提案に据えてきましたが、株主と経営陣との本質的な論点は、営業キャッシュフローをどこまで投資キャッシュフローに充当できるのか、さらにネットキャッシュを早期に有効活用できるのか、にあると筆者は考えます。

フランフラン買収、4つのポイントと争点

 今回のフランフラン買収のポイントを、上記の文脈に照らして見直すと以下の点が指摘できるでしょう。

  • アインHDの第2の柱となりつつあるリテール事業と顧客面などで親和性が高く、商品政策(MD)、プライベートブランド(PB)開発、共同出店、新業態開発などのポテンシャルがある。戦略的適合性はありそうだ
  • 買収金額が500億円であり、ちょうどネットキャッシュを使い切ることになる。現経営陣にとっては株主との間で最重要論点だったネットキャッシュ問題に一定の解答を示したことになる。
  • しかし開示資料によれば フランフランの業績は2021年8月期から2023年8月期にかけて増収ながら減益トレンドである(経常利益の推移は2022年8月期34億円、2023年8月期24億円)。
  • 過去3期の当期純利益の平均値は19億円(最大値23億円)、20238月期の純資産75億円、過去3期のROE平均概算は24%である。これを踏まえると、買収価格500億円はPER26倍(過去3期平均)、PBR7倍となる。また1店舗あたり買収額は3.1億円となる。株主の視線はこの経済合理性に向かう。

 本件はオアシスの株主提案を抱える株主総会直前に発表されています。現経営陣は、絶妙なタイミングで”ネットキャッシュを成長戦略に活用する”ひとつの解答を示したと思います。

 一方、株主の立場からすれば、先に触れたように本件の経済合理性に加えて、「他にも優先すべき案件があったのではないか」と問いただしたいはずです。

 本件後の株価の反応はネガティブでした。フランフラン買収を発表した当日の終値比で、翌日は9.26%株価が下落したからです。これも総会前の株主の投票行動に影響を与えます。株式総会を控え、アインHDの経営陣が改めて本件の成功へのコミット、および本件後においても成長投資を最大化するコミットを行うことが待たれます。総会の結果には大いに注目したいと思います。オアシスの反応も気がかりです。

 最後になりますが、大局的に見ればこうした動きは資本市場の健全性が高まっていることの証左に思われます。インフレ経済のもとで企業が現預金をかかえることが好ましくないという認識が企業経営陣に浸透していること、アクティビストのプレゼンスが経営陣をして成長戦略を遂行するよう駆り立てているからです。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師

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