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ユニクロがこれまで自社工場を保有してこなかった根本理由

ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年2月3日 20時50分

Photo by Wachiwit

Product Lifecycle Management(PLM)とは、製品の開発・設計・製造といったライフサイクル全体の情報をITで一元管理し、収益を最大化していく手法である。欧米の有力アパレルチェーンでは続々導入が進んでいるのだが、日本のアパレル企業ではほとんど導入が進んでいない。その理由について、これまでファーストリテイリングが自社工場を保有してこなかった理由と合わせ、解説していきたい。

Photo by Wachiwit

世界で広がるPLM が日本では全く導入が進まない理由

 2016年某日、私はペニンシュラホテルのカフェで2人の外国人とミーティングを行っていた。相手は世界的に有名なProduct Lifecycle Management(PLM)パッケージベンダーのCEOである。なおPLMとは、製品の開発・設計・製造といったライフサイクル全体の情報をITで一元管理し、収益を最大化していく手法である。

 彼は、アジアの経済大国、そして、世界でも広大なアパレル消費国である日本でPLMパッケージの導入が進まない理由が理解できないということで、私をこの領域の第一人者とし、その理由を理解すべくディスカッションを求めてきたのである。議論はすべて英語だった。今から3年前の話である。

 私とのミーティング後、彼らはファーストリテイリング代表取締役会長兼CEO、柳井正氏と会うという。このような大物とどんな話をするのか私は知るよしもなかったが、同社がPLM導入を進めている、あるいは検討をしていることは明らかだった。 

 PLMパッケージがカバーするアパレルの生産領域業務フローについて、残念ながら、日詳しいコンサルタントやデジタルベンダーは日本では皆無に等しい。アパレルメーカーの人間もさることながら、商社IT担当者であっても、調達、生産管理業務については、エキスパートと言える人間は私の知る限りそれほど多くない。

  アパレル「メーカー」といっても実態は名ばかりで、生産を商社、そして、その上工程である生産工場に委託し、自らは「調達業務」を行っているいわばファブレスメーカー(工場を持たない製造業)である。私は、このブラックボックス化した生産管理、そして、調達業務の「ど真ん中」で、9年の実務経験を持つコンサルタントである。

  私は、この20年、大きく分けて二つの仕事をしてきた。一つは破綻企業の再建、そして、もう一つは生産領域の改革だ。手がけた生産領域改革プロジェクトは20件を下らない。そして、それらのほぼ全てにおいて5ポイント以上のコストダウンに成功し、事業再建に大きな貢献をした。当初私は、「商社キラー」と呼ばれたが、逆に、私と一緒に改革をしたいといってくれた商社も現れた。「もう口銭商売を続けてゆく時代ではない」という私の考えに彼らは賛同し、企業のターンアラウンドの仕事に多大な協力をしてくれた。私は幾度も彼らに助けられた。

 ファーストリテイリングが、なぜあれだけの事業規模を持っていながら、自家工場を保有してこなかったのか。その理由は、「売場」と「作り場」では、KPI (主要業績評価指標、その領域にとって最も重要なパフォーマンス計測数値) が異なり、例えば、「売場」では交差比率といって商品回転率が最重要視され、「作り場」では稼働率が最重要視されるからだろうと思う。今となっては、私は、同社は自家工場を持つべきだと思うのだが、同社の戦略の根幹に関わることだ。私には関係の無いことである。

 

 KPIが背反する「生産部」と「販売部」の両方を機能させる方法とは?

 さて話をKPIに戻すと、「商品回転率」は、好きなときに、好きな商品を、好きな量だけ必要とするが、「稼働率」においては、変化は悪、同じ商品を果てしなく作り続けることで単品当たりのCMT (製品加工賃)を下げるのが基本的な考え方だ。したがって、アパレル企業の内部に生産部を入れ、そこに商社出身の強者を高額報酬で雇い、商社の真似をしようとするアパレル企業があるが、うまくいった事例がないというのはここが理由である。

 なぜなら、同じ組織で交差比率と稼働率は絶対に交わらないからだ。ましてや、こうした企業は、その出自からか組織上「売場」の人間を「作り場」の上位職に設置する。そして、「作り場」の人間は、ムリ、ムチャ、ムダな要求を押しつけられるため、本来のパフォーマンスを発揮できなくなるのだ。リテール出身の人間には、なぜ大枚をはたいてつくった生産部門が、商社と同じことができないのか理解できないようだが、私には手に取るように内情が分かる。ビジネスモデルが真逆なものを同じ組織のなかに入れるからだ。

  もしKPIが背反する「生産部」と「販売部」を同一組織内の中でうまく機能させたいのであれば、生産領域の制約条件と販売領域からの必要条件を同時に比較する必要がある。前者は、例えば、素材がないため原材料を前もって押さえなければならない、あるいは工場キャパシティーがパンパンになってきたからラインを確保せねばならないなど、「生産のボトルネック」を差す。一方、販売領域からの必要条件とは、今、世の中はこのようなトレンドにあり、こうした商品をこれだけ必要としているという「売場の都合」のことを意味する。その上で、瞬時に、そして、コンカレント(並列関係)に判断を行い、何を捨て、何を取ることが利益に繋がるかというダイナミックな意思決定が必要になる。その際、制約条件の中から必要条件を見いだすのか、逆に必要条件のためにリスクを冒してでも制約条件を飲み込むのかといったことも含まれる。これがSPAの本質であり、製販統合による競争優位性を生み出すメカニズムなのだ。

  ところが、こうした戦略と組織の関係を理解していない企業は、常に、「お客様のいうことは絶対だ」という錦の御旗の元に、「売場」を主軸にし、必要要件をダイレクトに「作り場」に落とすリニア型意思決定を行ってしまう。結果、商社や工場にムリやムチャを言って、生産現場が混乱するのだ。

  今、「商社外し」がアパレル企業のトレンドとなっており、私が行く先々で、「直貿比率の増加」を掲げる企業が多い。しかし、アパレル市場に目を向けると、トップ10だけで市場の40%を占め、残りの60%を2万社が占めるという、ウルトラロングテールの日本アパレル産業構造の中で、商社は工場の「稼働率」を上げるため、数十、数百という企業と取引をし、「交差比率」と「稼働率」の対立関係をオフセット業務(対立する「売場」と「作り場」の要求を、複数の会社に分散させ、お互いを吸収させ合うことでハブ機能とする業務)を行うことで調整している。したがって、「我が社は直貿をやっています」という企業が増えているが、後述する生産現場の奥地にまで入り込み、どのような商流、物流、情報流で商品が流れているのか分析すれば、彼らの「直貿」が、なんら商品競争力を高めていないことが明らかとなることがほとんどだ。ユニクロの真似をし表面的な直接取引をやっても商品競争力は上がらないのだ。

 

プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)

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