食卓に並ぶ日は?日清食品HDが挑む“未来のステーキ”、培養肉の現在地
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2024年11月13日 20時55分
近年、増え続ける食肉需要と気候危機を背景に、代替肉への注目度が世界的に高まっている。大豆を原料として肉の食感や風味を再現しようとする、いわゆる「大豆ミート」のような植物性の代替肉は国内でも流通している。一方で、国内では動物性の培養肉はいまだ研究開発途上にある。培養肉の中でもとりわけ高度な技術を要する「培養ステーキ肉」の研究開発をリードする日清食品ホールディングス(東京都:以下、日清食品HD)の健康科学研究部主任の古橋麻衣氏に、研究開発の進捗と展望を伺った。
高度かつ未知の技術が求められる「培養ステーキ肉」に敢えて挑む
培養肉とは、動物の細胞を培養して組織をつくる動物性の代替肉だ。日清食品HDは2017年8月、東京大学(東京都)の竹内昌治教授の研究室と共同で、「培養ステーキ肉」の研究開発に着手した。
同社で研究開発を担当する健康科学研究部主任の古橋麻衣氏によると、「培養肉の作製には、植物性代替肉とはまったく異なるアプローチが必要だ」という。細胞を培養し、それをさらに立体的に形成してつくる培養肉の研究開発のハードルは高く、ミンチ状ではなくステーキ状の「培養ステーキ肉」となると、さらに高度な技術が求められる。
では、植物性代替肉に対して、培養ステーキ肉にはどのような優位性があるのだろうか。
「数十マイクロメートルの球状の細胞を一方向に並べると、細胞同士が融合して細長い筋線維になる。これが重なって筋肉ができあがる。培養ステーキ肉でも同様に筋線維が一方向に重なった構造体をつくっているので、肉の食感がより出しやすい可能性がある」と古橋氏は説明する。
世界で最初に培養肉が注目されたのは、13年にオランダで「培養ミンチ肉」を使ったハンバーガーが発表されたときだった。「食創為世(世の中のために食を創造する)」の創業者精神のもと、新たな「食」の創造に挑戦してきた日清食品HDは、17年に、かねてより筋肉組織を体外で立体的に形成する研究に取り組んできた東京大学の竹内教授とタッグを組み、「24年度中に幅7cm×奥行7cm×厚さ2cm、約100gの培養ステーキ肉の基礎技術確立」を目標に掲げた。
研究開始から2年足らずの19年3月、日清食品HDと竹内研究室は、約1cm角のサイコロステーキ状の培養肉の作製に世界で初めて成功した。この培養肉は、牛の筋肉組織から採取した細胞を、栄養豊富な培養液中で増殖させ、立体的に形成したものだ。
「業界では、数十μmの細胞を用いてmm単位の組織をつくれただけでも『大きい』と評価される。1cmの筋肉組織となると、かなり大きな組織の作製に成功したといえる」と、古橋氏は語った。
「培養ステーキ肉」に立ちはだかる幾重もの壁
22年には、作製過程に使われる試薬をすべて食用可能な素材に置き換え、実際に試食可能な培養肉を完成させた。ちなみに、試食用の培養肉は食用色素で赤身肉のような色味をまとっているが、赤血球を含まない培養肉そのものは本来、白っぽい見た目をしているという。
24年8月には、培養した脂肪組織を組み合わせることで、より畜産の牛肉に近い見た目をもつ約30gの培養ステーキ肉の作製に成功したことを発表した。最新の進捗状況を問うと、「重さだけでいえば90g程度まで到達した。100gをひとつの目標に掲げていたが、今年度中には達成できるだろう」と、古橋氏は経過を語った。
もっとも、食べることができ、なおかつ味や見た目、食感まで再現した培養ステーキ肉を実現するまでの道のりは、まだまだ長い。「22年の試食の時点では、歯ごたえも味も感じられた。ただ、残念ながら肉の味ではない。材料としては牛肉に近いものを使っているが、脂肪分と血液成分がない状態ではあまり肉らしい味がしないようだ」(古橋氏)
培養ステーキ肉を商品化まで漕ぎつけるには、コストや量産といった壁も立ちはだかっている。「現状は、細胞を培養するためのデバイスから自前でつくっているような状況で、手作業も多い。効率良く細胞を増やすためにも、細胞を組織化した後に大量生産するためにも、それに適した手法とデバイスが必要になる。まだ改善すべき点は多々存在する」と、古橋氏は現状の課題について言及した。
市場に流通するまでには、さらに高いハードルがある。培養肉は、従来の食品にはない新技術を用いて製造されるため、まずは食品としての安全性審査や品質表示に関する基準が定められなくてはならない。
日本のスーパーマーケットの精肉売場に「培養ステーキ肉」が並ぶ未来は、まだまだ先になりそうだ。しかしながら、日清食品HDは、当初掲げたゴール「24年度中に幅7cm×奥行7cm×厚さ2cm、約100gの培養ステーキ肉の基礎技術確立」に対して着実に成果をあげている。
古橋氏は、「今後は、基礎技術と応用技術の間にある半基礎技術のような部分、つまり、味や見た目、食感、効率的な生産手法の確立といった部分を磨いていく」と、次なる目標を語った。
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