日本のアパレルがユニクロと勝負できる商品がつくれないリアルな理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年2月10日 20時35分
前回、製品の開発・設計・製造といったライフサイクル全体の情報をITで一元管理し、収益を最大化していく手法であるProduct Lifecycle Management (PLM)が、日本のアパレルでは全然導入が進んでいないことを、ファーストリテイリングが自社工場を保有してこなかった理由と合わせて、解説してきた。今回は日本のアパレルの恥部とも言える、生産業務、バリューチェーン全体における構造的な問題を明らかにしよう。
アパレルの生産はいまや97%が海外
アパレル企業にも生産部は存在する。また、企業のいくつかは自家工場を持ち、海外と「直貿(ちょくぼう、直接貿易の略)」といって、商社を介さず直接取引をしている企業もある。
しかし、これらには「但し書き」がつく。
アパレル企業が保有する工場というのは、ほとんどが国内工場で、日本語で書かれた縫製仕様書をメールで送れば発注は終わりだ。これに対して、海外の工場に指示を出すには、英語、あるいは、現地の言葉に翻訳し、時に現地に出向いて細かなニュアンスも伝えなければならない。ここまでの機能を持つアパレルは極めて少ないし、生産については「伝えて終わり」というやり方から抜け出せない。これでは商品に魂が注入されることはないし、工場側の色が商品に反映されるのは当たり前だ。ブランド間に差別性がない理由はこんなところにもある。
日本アパレルのオフショア生産(生産活動の海外移転)は、総投入量の97%を超え、もはや日本での生産はわずかに3%である。
だから私は、「今こそMade in Japanだ!」と声高に叫ぶ日本の産業政策を聞くと、実態を分かっているのか、と呆れてしまう。20年前ならまだドイツの「インダストリ4.0 (人件費に関係なく生産を無人化、省力化し、自国内に生産を呼び戻す産業政策)」の実現は可能だったかもしれない。しかし、3%以下となってしまった国内生産現場で、何をすることができるのか。もはや、日本には生産基地そのものが存在しないのだいまさら、日本の貴重な経営資源を繊維産業に振り向け、更地に無人テキスタイル工場を設立するより、もっと他産業に投資をすべきだろう。時既に遅しなのだ。
日本のアパレル企業のお粗末な直貿の実態
このような状況の中で、海外工場を持つアパレル企業は日本でも数えるほどしかないし、直貿とはいってもその実態は、日本向けに商品出荷している海外工場が、ますます厳しくなるコストダウン要求、年ごとに減り続けている出荷数量に耐えられなくなり、商社機能を自らが持ち、工場が商社を飛ばして日本に支店を出す、あるいは、海外工場が日本人を雇い、日本企業向けにビジネス展開し、従来商社がやっていた業務を肩代わりしているだけなのだ。そして実態は、アパレルメーカーが単に外貨送金をしているだけというケースが多い。
つまり、従来商社が抜いていたコミッション・コストが商社から工場に付け替えられているだけで、バリューチェーン全体はなんら効率化されていないし、結果として競争力のある商品は生まれていない。
私は幾度となく、「アパレルがやっている『直貿』は、商社がやっているものの比では無い、もっと効率化は可能だ」と叫んでも、生産部は自らの仕事を守るため私の指摘に耳を貸さないままだ。また、商社も外されるのが怖いのでそのことを指摘しない。結果、ユニクロ圧勝の状態が続いている。日本企業は何も変わらない。
コスト高だけじゃない、寄生虫のように群がる中間流通の弊害
日本のアパレルビジネスのバリューチェーンは複雑怪奇になっている。例えば200億円のアパレル企業(仕入れ額でいえば約100億円程度)でブランドは5つ、つまり一つのブランドの売上が20億円程度のアパレル企業のバリューチェーンのパターンの調査をしたことがあるが、その調達パターンは30以上におよび、そこに群がる下請け、孫請けなど、機能的価値のない企業も合わせると数千社に及んでいた。驚くことに、この調査をするため、私たちはアジアの工場を中国の北と南、東南アジアからさらに西へ数十という工場に聞き取り調査に行ったのだが、一緒にいった生産部の方達は、工場の内部に入り込んで細かく業務フローを分析することなく、ただショールームでお茶を飲んで話していただけだった。アジアの果てまで来て、呆れた話である。
私は自分の目で見たものしか信じない。だから徹底的に現場に入り込み、管理者から受けるヒアリングは参考情報に留めている。こうして、リアルに調査を行った結果、例えば、「商品ができて日本に来るまで同じような検品業務を5回も繰り返している」「全く機能が無い会社が無数にバリューチェーンに群がり金の流れを複雑にしている」ことなどがすべて「見える化」された。こうした報告書を見た日本の管理者達は、これらの無数の企業が、それぞれ損益計算書を持ち、情報を複雑に回流させて利益を得ている実態をみて凍り付いたのは言うまでも無い。バリューチェーンは、いわば、サーロインステーキの「霜降り牛」のように脂肪太りし、コスト高となっているのだ。
コスト高だけならまだよい。このように複雑怪奇な商品、情報、金の流れを、生産現場の真ん中にいる商社の人間でさえ把握している者は少ない。全くデジタル化が進んでいない商社業務の省力化をするための必要悪という側面はあるだろう。それにしても、なぜ、こうした状況を改善しようとしないのか、私は不思議でならなかった。
例えば広東省の工場に発注をしたと思ったら、その工場は、工場とは名ばかりで、「降り屋」と呼ばれるテーブルメーカー(オフィスにテーブルだけを持ち、発注を東南アジアやバングラデッシュなどに投げ、生産管理をしているだけの企業)だったということは日常茶飯事で、今はどこで商品がつくられているのかすら分からない状況だ。サステナビリティの名の下に、こうした流通をRFIDで「見える化」する、などという技術屋がいるが、ゆがんだ流通が放置されたまま見える化しても無意味だろう。本連載で後述する「計画生産」を行えば、ハイテクなど使わなくとも流通はシンプルになる。
結局、寝技と人間関係に頼らざるを得ない現状
また、海外の後進国では「キックバック」などは日常茶飯事だし、日本でも、未だに「契約」という概念がないアパレルも多い。例えば、アパレル側から正式発注書がくるのは納品が終わってからということもあるため生産現場では、「言った、言わない」が横行している。結果、生産ロットが満たされないようなムリな発注をされる、突然のキャンセルをされるなど、昔に比べれば少なくなったとはいえ、未だに「ア、ウン」の名の下に存在し、こうして発生した余剰簿価をFOB(海外工場の商品の出し値)に上乗せし輸入しているケースも珍しくない。
このようなアパレル企業の99%は非上場企業なので、彼らの「後出しじゃんけん」ビジネスを防ぐ方法は、下工程(工場であれば、商社。商社であればアパレル)と人的関係を密にし既得権を作り上げるしかない。コンプライアンスの時代に、いまだに「銀座で一晩数十万円」という寝技も存在する。しかし、あえて、上工程を擁護することをいわせてもらえば、こうした寝技を使った関係を構築しなければ、いざというときにリスクを分かち合うことなどできないのである。
一事が万事このような状況なので、綺麗でシンプルなバリューチェーンを前提としたPLMパッケージが導入できないのである。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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