VAIO買収のノジマ M&A巧者の成長戦略と10年で株価6倍の理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2024年12月15日 20時55分
ノジマがVAIOを買収
2024年11月11日、ノジマはVAIO株式会社およびVAIO株式を保有するVJホールディングス3株式会社の株式を取得し子会社化すると発表しました。
これは筆者の心に刺さるニュースでした。若い頃、「VAIO」のノートPCを使用していましたので、VAIOと聞いて郷愁と期待を持たないはずはありません。
そして買い手がノジマであることにも興味を感じざるを得ません。筆者の居住地域では他社が撤退した後にノジマが居抜きで出店しており、いつの間にか最も身近な家電量販店になっています。ノジマといえばヤマダホールディングス(以下、ヤマダHD)とは異なる路線で事業の多角化を首尾よく推進してきた実績を持つだけに、VAIOがどのように育つのか、気になるところです。
ノジマは家電専門店業界で最高の株価パフォーマンス
ノジマは株式市場において評価を高めている会社です。
ノジマの株式時価総額の規模は約2200億円で、ヤマダHD、ビックカメラ、ケーズホールディングス(以下、ケーズHD)に次ぐ第4位です。
しかし株価パフォーマンスにおいては競合を凌駕しています。
上のグラフは2014年12月末以降の株価の推移で、それぞれ起点を100として示していますが、ノジマの株価パフォーマンスは突出しています。コロナ禍直前の2019年12月末から2024年11月末までの約5年間の株価の騰落率をみても、ノジマは2.0倍で、ヤマダHD0.8倍、ビックカメラ1.3倍、ケーズHD1.0倍、エディオン1.5倍を上回っています。
株高を裏打ちする「確かな成長」
ノジマの株価が評価を上げている背景には、好調な財務パフォーマンスにあります。
以下、直近通期決算を起点に遡ってみましょう。
ノジマの場合、直近5年の売上高成長率は年率8%、経常利益同8%、総資産同12%であり、直近3年の平均売上高経常利益率は5.5%、ROA5.5%、ROE15.4%と好成績をおさめています(下図参照)。
この表から分かる通り、総資産を積極的に伸ばし、売上高、経常利益も着実に増加させ、しかも売上高経常利益率、ROA、ROEのいずれもが競合他社比較で優位を保っている企業はこの表では他にありません。
ノジマ、成長戦略としてのM&A
ノジマといえば、特色あるM&A(合併・買収)で有名です。ITX、ニフティ、スルガ銀行(持分法適用後売却)、セシール、コネクシオ、マネースクエアホールディングスなど連続的にM&Aで事業領域を拡大しています。
同社のセグメント別総資産額の推移(下図参照)を見ていただくとキャリアショップ事業と金融事業においてM&Aを通じた成長戦略を遂行していることがわかります。なお、2024年3月期において、総資産にしめる無形資産は18%、うちのれんは8%であり、同業他社と比べて大きな数値となっています。
次に、経常利益をセグメント別に見る(下図参照)と、デジタル家電専門店事業、キャリアショップ事業、インターネット事業が中核を担い、金融事業・海外などの利益寄与はまだ少ない状況です。
しかし、減価償却前・のれん償却前の利益であるEBITDAをセグメント別にみる(下図参照)と、事業ごとに満遍なく現金を生んでいることがわかります。投資額に対するリターンという点ではもう少し推移を見なければなりませんが、これまでのところ総じて言えば、投資先をうまく生かしているように見受けられます。
ノジマのM&A5つの特徴
筆者が考える同社のM&Aの特徴は以下の5つです。
- 比較的成熟した業界・企業に投資をする。
- M&A対象に対して、現在主力のデジタル家電専門店運営事業、キャリアショップ運営事業とのシナジーを絶対的な前提にはしていない。ファンド志向である。
- インターネット事業や金融事業などでのM&Aにおいては、消費者との接点を店舗だけではなくデジタルで多面的に確保する意向が見受けられる。しかしそれを「経済圏」としてくくる動きを今のところ強く推し出してはいない。
- 競合の家電量販企業はリフォーム、住設機器などへ事業拡大を進めているケースがあるが、同社はこれに対して積極的ではない。
- 負債調達余力が生まれれば積極的にこれを投資に向ける傾向である。
VAIOの買収をどう位置付けるか
上記の考察を踏まえると、VAIOの買収の狙いは以下の4点になるのではないでしょうか。
- 成熟性・安定性:現在のVAIOは法人向け主体で一定の安定顧客が確保できていると見られるうえ、AI搭載PCの新しい波を待つ立ち位置にある。VAIOの2024年5月期の売上高は421億円、当期純利益は9億円。単純比較は難しいものの、MCJの子会社であるマウスコンピューターは2024年3月期売上高534億円、経常利益29億円、当期純利益19億円を上げており、VAIOの今後を考えるうえでひとつの目線になろう。112億円の投資額は割高ではない印象である。
- 既存事業とのシナジーの可能性:デジタル家電専門店運営事業を通じた消費者向けへの拡大の可能性がある。
- 新たな顧客接点:キャリアショップ事業などとの営業・商材のクロスセルの可能性がある。
- 事業ポートフォリオに対する補完性:キャリアショップ事業では業界寡占化が進み、キャリア乗り換えに一定の需要があるため、ショップとしての収益機会にはプラス面があるものの、キャリアと消費者との直接契約が進みショップが中抜きされるリスクも中期的に高まりうる。金融事業も収益ボラティリティと競争リスクを内包しており、事業ポートフォリオのさらなる多角化とリスクコントロールが求められている。そうしたなかでVAIOは成熟し同社の他事業と共振するビジネスとは言えないため事業ポートフォリオのリスク管理と収益最大化の点で貢献が期待される。
各社各様の方向性、「信念」を貫けるか
「家電量販店といっても各社各様になってきた」というのが筆者の最近の印象です。
たとえば、ヤマダHDは衣食住の住に関して「くらしまるごと」に対応するべく、M&Aで商材・サービスのラインナップを揃える手法をとってきましたが、この背景にはヤマダHDの店舗の立地特性があるのではないでしょうか。
郊外立地が多く、人口減少、住関連の事業者の集約が中期的に予想できるうえ、エネルギー流通の変革もこれから期待されるとなれば、これに対してリアル店舗でフルラインの受け皿を用意するという同社の方向性は理にかなうと考えます。
一方、ノジマはヤマダHDに比べて少なくとも家電に関しては都市型立地であり、ヤマダHDの考え方を踏襲する必然性は低そうです。成熟した企業を低コストで買収し、M&Aにシナジー効果を求めすぎず連邦経営を進めながら事業リスクをうまく分散し、仕上がってみれば頑健な事業ポートフォリオのなかでゆるやかな事業間シナジーを発現している企業体を目指しているように思います。
少し異なるかもしれませんが、将来の事業環境からバックキャストを行い自社経営資源ではカバーできない経営資源を積極的にM&Aで確保していくニデック(旧社名:日本電産、世界最大の総合モーターメーカー)のアプローチはヤマダHDに近いと考えられます。
一方、基幹事業と親和性が高くなくても安定的な事業に対して高い投資採算が期待できるのであれば前向きに取り組み結果として強靭な事業ポートフォリオへと仕上げるというアプローチをノジマは採用しているように見えますが、これはミネベアミツミ(電気部品メーカー)に近い気がします。
前者のアプローチの方がストーリーとしては美しい気がしますが、ノジマのような後者のアプローチに基づく成長戦略も大いにあり、と筆者は考えています。
都市と郊外をともにカバーしECにも力を入れる全方位型のビックカメラ、郊外型で家電量販としてドミナント戦略を磨き直しているケーズHD、ヤマダHDと方向性を共有しながらニトリホールディングスとの連携も進むエディオンなど、業界内で各社各様の戦略に分岐しています。業界内の集約の進んだ現状、戦略の多様化は自然な流れでしょう。
個社ごとの動向をしっかり見守る必要をあらためて強く認識しています。
プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、
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