中堅アパレルが2030年まで生き残るには「人事改革」が必要な訳
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年4月16日 20時46分
「2030年までのアパレル業界を取り巻く環境変化は、非常に激しい」。ローランド・ベルガーパートナーの福田稔氏は警鐘を鳴らす。とくに中堅アパレルにその大波が打ち寄せ、吸収合併や市場からの退場を選択する企業も出てくると見通す。このような中堅アパレル企業の再起のために、福田氏はまず人事制度の変革が必要と説く。その理由を著書「2030年アパレルの未来」から一部抜粋してお届けする。
個性を磨く機会のない「デザイナー」
多くのアパレル企業で、一番高い給与をもらうべきなのは役員ではない。優秀なデザイナーと販売員だ。国内アパレル企業のひとつの課題として、企業内デザイナーを育成できていないことがある。サラリーマンと同じような給与システムで、大した権限も与えられず、リスクをとる機会もない。これでは、個性があったとしても磨かれないのだ。
本来デザイナー、とくにクリエイティブディレクターは、結果責任は追うが、その分報酬も大きいプロフェッショナル職であるべきで、若いデザイナーや社員から憧れられるスターでなくてはならない。そのような人間でないと、グローバルで通用するブランドはつくれない。
前述したとおり、ファッションブランドは、デザイナーや創業者の個性や独自性を起点とするビジネスだ。価値の源泉となる人物が一番報われるべきで、サラリーマン化して昇り詰めた役員が高い報酬をもらっているような会社は、間違いなく厳しい状況になるだろう。
販売員も同様だ。国内のアパレル業界には、販売員の力で何とかもっている会社がたくさんある。個性のないブランドにもかかわらず、販売員ががんばってお客様とのリレーションを保ち、何とか売上げをつくっているというケースが散見される。
しかし、たいていは時給が低く、報われていない。本社から切り出された販売子会社所属で、給料が低く抑えられていることも多い。このような中でモチベーションを高く保ち、スタッフのマネジメントもしながら、店を切り盛りして売上げをつくっている店長クラスの販売員は、もっと手厚く報われるべきである。
つまりアパレル企業は、
・自社の価値の源泉はどこにあるのか
・誰が価値をつくっているのか
その 2 つを、もっと真摯に考えるべきだ。
そして、他業界から見ても、柔軟で魅力的な報酬制度をつくることが必要である。
いま、国内アパレルはかつてない人手不足に陥っており、2030年に向けてさらに需給ギャップは拡大していく。業界をまたいだ人材の取り合いは、ますます激しくなるだろう。本書で何度も言及しているデジタル化についても、残念ながらテック系の優秀人材は、給与水準の低いアパレル業界に見向きもしない。他業界と比べても魅力ある職場環境や報酬制度を考えないと、たんなる人手不足だけでなく、高齢化と硬直化が進む悪循環に陥ってしまう。服飾系専門学校の入学者が減り続けていることからも、若者からみて業界の魅力度が下がっていることがわかる。
アパレル企業の経営者には、ぜひデザイナーと販売員に光があたり、若者から憧れられ、結果人材が集まるような職場環境と報酬制度を用意してほしい。
ファッション教育を強化せよ
これまで説明してきたように、全体を見れば同調圧力が強く、個性に乏しい日本人は、アパレルビジネスに不向きである。しかし、コムデギャルソンの川久保玲氏や山本耀司氏のように、際立った世界的デザイナーを生んできたのも事実である。2016〜2017年のパリ秋冬コレクションでは、パリでショーを行った 47 ブランドのうち、 10 ブランドが日本のものだった。 パリコレに出たデザイナーの 5 人にひとりが日本人という状況も国籍ランキングでいえば、トップに近い位置づけだ。
にもかかわらず、グローバルビジネスで成功しているブランドやデザイナーを生み出せているかというと、いまだ課題が多い。このあたりが日本的な奥ゆかしさでもあり、外国人から見て興味深いところなのかもしれない。
今後、日本が、グローバルに通用する傑出した個を生み出していくためには、何をすればよいのだろうか。筆者の考えでは、大きく「 2 つの改革」が必要になる。
ひとつめの改革は、国立大学におけるファッション教育の強化である。私学が強いアメリカと異なり、日本の大学教育システムの最高峰は国立大学だ。人文科学、自然科学、社会科学においては東京大学や京都大学だろうし、美術や音楽であれば東京藝術大学だろう。
残念ながら、これらの大学にファッションデザインを専門的に学ぶ学科は存在しない。山本耀司氏が慶應義塾大学を卒業したあと文化服装学院に入学しなおしたように、日本のファッションデザイン教育は、これまで専門学校が担ってきたのだ。
一方で、世界を見ると有名なファッションの教育機関は、基本的に大学が担っている。アレキサンダー・マックイーンなど、数々の有名デザイナーを生んだイギリスのセント・マーチンズは、ロンドン芸術大学のカレッジのひとつだ。同じくファッションスクールの御三家として有名なベルギーの王立アントワープ芸術学院やニューヨークのパーソンズ美術大学も大学である。これらの学校は総合芸術大学であり、専攻分野のひとつとしてファッションデザインがある。
ところが、日本の芸術大学の最高峰、東京藝術大学にはデザイン科はあるものの、ファッションを専門に学ぶコースは存在しない。大学と専門学校の優劣を議論したいのではない。日本の専門学校もいい教育をしているし、たくさんの著名なファッションデザイナーを輩出していることも事実である。
ただ、その国の最高峰である芸術大学にファッション専攻がないことは、その国におけるファッションの位置づけに関わる。芸術的に優れた感性をもっているのに、自己表現手段を絞り込めていない優秀な美大生が、ファッション分野に流れてこない構造なのだ。この大学教育におけるファッションデザイン分野の位置づけは、国として見直す必要があるのではないだろうか。
世界で戦うためのビジネススキルを磨け
必要なもうひとつの改革は、ファッション教育におけるビジネススキル教育の強化だ。デザイナーが世界に出て戦うためには、クリエーションのほかにも、プレゼンテーション力やコミュニケーション力が極めて重要になる。たとえば、展示会におけるバイヤーとの交渉、コレクションにおけるメディア対応、ファッションコミュニティ内でのふるまいなど、いたるところで自分を表現し、売り込む力が要求される。
これらの能力なくして、世界的コレクションや展示会への参加を通して、ラグジュアリーメゾン、有力メディア、一流小売店のバイヤーで構成される現地コミュニティに認められるのは難しい。
しかしながら、日本人でこれらのビジネススキルに長けたデザイナーは少ない。海外のデザイナーとビジネススキルに差異が生じる要因としては、教育課程における違いがある。日本のファッションデザインスクールにおける教育内容は、クリエーションや製作に関する一般教養に重点が置かれており、ビジネススキルの養成は手薄に見える。そもそもビジネススキルを教えられる教員が少ないのかもしれない。
パトロン文化の強い欧米では、ファッションスクールにおいてもブランドを売り込むスキルを学んでいる。入学後 1 〜 2 年間は、自分で描いたコンセプトを相手にアピールするプレゼンテーション力の強化が徹底的に行われている。
日本のファッションデザインスクールでは、コンセプトが決まるとすぐに個別アイテムのデザインや制作過程へと移行し、プレゼンテーション力を身につけるトレーニングは海外に比べて少ない。また、欧米のファッションスクールには、世界中から生徒が集まっていることからグローバルに通用するコミュニケーション力(チームワークやリーダーシップ)をおのずと身につける環境にある。
一方、日本のファッションデザインスクールは留学生の割合が低い、またはアジアに偏っており多様性も少ないことから、グローバルなチームを束ねていくクリエイティブディレクターが育ちにくい。
実際に、これだけ多くの日本人デザイナーがいるにもかかわらず、海外の老舗メゾンでクリエイティブディレクターを務めるような人材がいまだに出てこないことからも明らかだろう。
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