アパレルのEC化率が高まるほど、ユニクロに完敗する明快な理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年6月29日 20時55分
前回、「EC化率」は増えるが、あくまでも「率」であり、絶対額としてのEC売上高はどんどん減少する、と説明した。Amazonや楽天、Zホールディングスに顧客を奪われるからだ。今回は、その続き。「EC化率が高まるほどに、ユニクロに完敗する」というセンセーショナルだが、悲しい事実を、論理的に説明したい。
「CPAをLTVで回収する」というのは自己矛盾
自らマーケターと称する人間にとって、広告を投下し顧客を獲得(Acquisition)し、その人の生涯価値 (Life time value、LTV )で回収するという、念仏のように唱えられている手法がある。だが、実はこれは論理が破綻している。
例えば、現在の「広告公害」の中で、広告で反応させて1人の顧客を「コンバージョン」(サイト訪問者が購入や資料ダウンロードなどの最終成果に到達すること)までもってゆくには、2万円弱必要だ。私は、通販企業の役員をやっていたので、この手の係数は死ぬほど使っていた。そこからもたらされた経験知でもある。ところが、これをあるアパレル企業の人に言ったところ、全く信じてもらえない。
後々困るのはこの人だから、「まあ、勝手にすればよい」と無視していたのだが、会話を進めるうちに、この人は、コンバージョンまでではなくオウンドメディアに送客することをAcquisitionと呼んでいることがわかった。そうなれば、顧客から見て「無料」だから、CPA(Cost Per Acquisition)は3-400円/人となる。しかし、一旦、オウンドメディアに送客しても、そこからコンバージョンまでもってゆかなければビジネスとして成立しない。それを合理的に計算すれば、15,000円近くかかる。いや、オウンドメディアのコストにもよるがもっとかかる可能性もある。
まず、そのオウンドメディアにコミュニティをつくらねばならないし、FacebookやInstagramのように、キュレーターと呼ばれる人がいなくても、消費者が自己増殖を繰り返す仕組みならばよいが、日本でそのようなものにお目に掛かったことがない。あえていうならZOZOのWEARが近いが、あれとて「知る人ぞ知る」オウンドメディアで、また、そこに群がる人の多くはファッション好きで特殊な人間であるということがわかっていない。ちなみに、私レベルの人間が写真をあげると、女性とおぼしき閲覧者が大量にいいねをするのをみると、サクラか?と疑ってしまうこともある(そんなことはないと思いたいが…)。
加えていうなら、アパレル企業の営業利益率は1~2%で、商品の平均単価は3000円ぐらいだから一着売れて得られる利益は30円だ。コンバージョンまで合算したCPAが15,000円だったとしても、セット率(顧客一人当たり購入点数、売上点数÷客数)1.5点として、毎週必ず同じブランドで購入したとしても、回収に6年かかる。毎月、必ず同じブランドし買わない人などいるのだろうか。私が論理的に破綻しているという理由がおわかりだろうか。
最も効果のある広告は「店」
消費者調査をすると、今最も効果のある広告は「店」であることがわかっている。ユニクロが海外進出時に、最も地価の高いところに、最もでかい売場を作る、あるいは、最近であればユニクロパーク(横浜)や原宿にポップアップストアを建てるのは、売り目的もあるが、実はブランディングの一環であり広告なのである。
自分でものごとを論理的に考えず、代理店の言いなりになって高い金を投下するのは自殺行為だ。なぜなら、多くの消費者が見るのは、楽天やAmazon、ZOZOなどのモールだ。そこではAIが、「それを買うなら、もっと安い商品がありますよ」とレコメンドする。消費者は、そもそもブランドにロイヤルティなど感じていないのだから、安い方をポチって終わり、なのである。つまり、マーケターの言うとおりにして、広告投下すればするほど、似ている競合商品が売れるだけなのだ。広告投下しても利益率が減りつづけている企業は上記ロジックを疑ってみれば良い。カスタマージャーニーなどという言葉に踊らされ、まったく購買行動を分析できていない。
このように、合理的に考えてみれば、アフターコロナの時代にECが拡大する余地はない。あるとすれば、企業の業績が著しく悪化し、売上全体が落ちる中で、相対的にECの比率があがるだけなのだ。
EC化を進めるほど、ユニクロに競争負けする
このように、EC化率を増やすというのは、売上全体が落ち込むが、10%しかないECが多少踏ん張る程度であるということを理解したい。
しかし、「EC化」には、もっと危険な罠がある。
それは、「EC化」が進めば進むほど、「ユニクロにたたきのめされる」ということだ。消費者調査をすればわかるが、ECでお買い物をする人は、「目的買い」である。頭の中に、こういうものが欲しいという刺激をリアル店舗で受け、「これを安く買いたい」と考え、GoogleやAmazonで安いものを探し、購入に至るのである。
みなさんも、胸に手を当てて自分自身に聞いてみれば良い。こういう購買行動の際は、競合のリアル店舗で「いいな」と感じた商品を、別のECで買うはずだ。そもそもECだけ買い物が完結するような商品はブランドが超絶に立っているスーパーブランドか、ユニクロのようなコモディティ商品、あるいは、ヒラキのような激安靴などだけである。
破滅寸前に追い込まれているアパレルの中間〜やや高い価格帯の商品は、必ず、どこかのリアル店舗で一度反応し、頭に残像がある商品をECで買う。最初からECで商品に出会い、中間〜高額価格帯商品を買うなどということはない。なにしろ、日本で世帯年収が1000万円を超える層は全体の5%未満で、大多数の女性が一人あたり年収が2-300万しかない。これが、日本の実態だからである。
また、AIをつかったチャットボットが、将来、その人のパーソナルコーディネートをするなどという予言をする人もいるが、とんでもない話である。消費者は、①接客を嫌う、自分で決める層、②自分が「恥ずかしくない格好」をしたいがため妻や娘をつれてゆく層に二分される。前者の場合、「在庫はどこですか」ぐらいの質問はするだろうが、そんなレベルの話はAIでやる必要は無く、「在庫ある店舗」というボタンをポチれば、今でもすぐに分かる。
問題は後者で、彼らは別にAIにコーディネートをしてもらいたいなどと思っていない。彼らが求めているのはwhat (何がよいのか)でなく、who (誰にとってよいのか)である。当然、男性であれば妻や娘などだ。女性の場合は自分がなりたい姿に近い販売員の人(容姿や所作、動作など)をインスタで追いかけ、その人の「一押し」でお財布を開ける。
つまり、人がECで買い物をするのは、コモディティ商品であり、EC化が進むほど、「こんなものならユニクロでいいや」となってしまうのだ。ただのTシャツが1万円で売れるのは、アルマーニなどのブランドが店舗内でVMDによる世界観を醸成し、消費者の頭にアルマーニの世界をすり込ませるからである。だから、企業がEC売上を増やせば増やすほど、「単品勝負」となり、拙著『ブランドで競争する技術』で提唱した「イメージ価値」を訴求することができなくなる。アマゾンや楽天、ヤフーなどへの出店は、履歴やレコメンド機能を通じて、自社以外の商品と連携されることで、固有のブランドイメージを持つブランド品が「単品勝負」となる事態を招くのである。
その結果、コスパが3〜5倍も違うユニクロとの比較になってしまい、瞬殺されてしまうのである。いま、Amazonや楽天などに節操なく出店しているセレクトショップなどは、胸に手を当てて考えて欲しい。上代はどんどん下がってゆき、ポイントやクーポンがなければ消費者はびくともしなくなっているだろう。
「最近、原価率があがってきたな」と感じる企業は、商品企画原価率があがってきたのではなく、自社商品のプロパー消化率が下がってきたということを知るべきだ。自社のブランドポジションをかえりみず、過剰なEC化、節操のない出店による売上至上主義は自滅の道を歩んでいるということなのだ。
このように、ECが拡大する(衣料品がもっと売れる)ということは論理的にあり得ないし、今のEC化率は企業が決めているのではなく消費者が決めている。つまり、売上を維持したままEC化率を高めたいなら、もっと消費者の購買行動をしっかり読み、徹底的に消費者に寄り添った機能をECに取り付けるべきだ。それほど衣料品のネット販売は難しいのだ。最近、アパレル業界の危機ということで、いままで無視していたグローバルファームがアパレル企業の救済やM&Aに参入してきたようだ。私は、これはこれでよいことだと思うが、使う方も使われる方も、もっと現場をみていただきたいと心から思う。
まとめよう。アパレルビジネスで「箱物」に投資をしても何ら効果はない。なぜなら、EC化率を決めるのは企業でなく消費者だからだ。したがって、箱物投資をする前に、戦略に投資をする。私は頼まれれば、産業復興のためにいかなる企業のためにも努力を惜しまないつもりであるし、他のコンサルタントもプロフェッショナルであれば同じ考えのはずだ。
今までアパレルは「戦略軽視」を繰り返し、オペレーションと箱物投資繰り返し業績を悪化させ、産業崩壊の淵にいる。もはや、余裕はないはずだ。おそらく、これが最後のチャンスと思う。私の心の声に耳を傾けてもらいたい。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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