実は誰も分かっていない「D2C」の本当の意味
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年8月3日 20時55分
昨今、「D2C」(ディレクト・トゥ・コンシューマー)がブームである。ファッション業界のメディアや論説記事を見ると、D2Cという言葉がでてこない日はないほどになっている。また、ググってみると、「今さら聞けないD2C」という言葉も出てくるのだが、この言葉の意味を「今さら」分かっている人が果たしてどれだけいるのか。
「D2Cの定義は何か」という質問に答えられるか?
皆さんは、「D2Cの定義は何か?」という質問に答えられるだろうか。
そして、「なぜ、D2Cだとアパレル不況の中で自社が競合に勝てるのか?」ということの明確な回答を持っているだろうか。
この2つの質問に答えられなければ戦略としては不完全といえる。私たちは、AI、クラウド、DX(デジタル変革)など、デジタル用語や流行の言葉で本質を見誤ってきたし、コロナで苦しい状況の中、十分な理解がなきまま投資をし、仮に失敗しても、次のステップに移行することは困難になる。不確実性が増す時代、失敗は成功の糧となるべきだ。そのためには、流行の言葉、とくに横文字ほど注意が必要なのである。
このような危機意識から、氾濫するD2Cという言葉について二度にわたって定義論を語りたいと思う
企業の中に「治外法権的なビジネス組織」を作りにくくなった理由
まずアパレル企業を含むビジネス環境における正しい情勢認識から整理したい。
コロナ禍で窮地に陥っているといわれるアパレル業界だが、勝ち残りを賭けて取り組むべきは、ますます競争が激化する環境下においてユニクロ、ZARA、無印などのグローバルに展開し、また世界で評価が高い企業との差別化戦略である、ということに異を唱える人は居ないだろう。私たちは、やや上から目線でいわせていただくと、これまで、わかったようなわからないような「Amazonエフェクト」など舶来性のバズワードで、本当の競争相手を見失ってきたのは幾度も申し上げたとおりだ。そもそもAmazonは日本でアパレル品など力を未だに発揮していないし、売っていても現時点ではそれほど脅威でもないことは過去掲載した分析の通りである。
しかし、アパレル業界は、個社に目を向ければ、数社を除いて危機的状況に陥っているし、こうした状況を打破するためには、数十年前と同じことをやっていては破滅の道が待っているだけである。一方、現実問題として企業、特に大企業において、今までにないような革新的な改革を成し遂げることは極めて難しい。多くの企業が採用するヒエラルキー型組織は、指揮命令系統が明確で大きな組織を動かすのに秀でている一方で、スピーディな意思決定が難しく、組織の硬直化を招きやすいからだ。
私は前作『ブランドで競争する技術』(ダイヤモンド社)において、「出島理論」という手法を提唱、既存の組織の枠外で改革組織をつくり、「小さな成功」を作り、「大きな成功」へ繋げることが必要だと説いた。
しかし、昨今のERP(企業資源を適切に分配し有効活用する計画)やDXによって、企業体の中に治外法権区域をつくり、KPI(重要経営指標)もビジネスモデルも全く異なるビジネスを成立させることは難しくなってきた。良い意味でも、悪い意味でも企業の隅々までもがデータ連係され、一つの謝った意思決定が、あたかも数十年前にビルゲイツがその著書「思考スピードの経営」で予測したごとく、末端神経まで瞬時に行き渡るようになってしまっている。
日本企業は、戦略なき多角化、M&Aを繰り返し、またデジタルは、企業間連携を促進し、国境を越えて一つの製品やサービスを創るエコシステムを構築する。現在の企業体は、まさに出島の集合体であり、先進的な企業であるほど、全く異なる事業の複合体となっている。Appleを例にすれば、彼らは音楽や映画などのエンタメの販売もすれば、スマホやパソコン販売もする、Amazonも単なるEC企業ではなく、実際の収益の大部分はクラウドと呼ばれるシステムアーキテクチャーから得ていることはよく知られている。このように、企業体の中で異なる事業を併設することは、すなわちイノベーションを生み出す手段ではもはやなく、国境を越えたグローバルエコシステムをつくる目的となってしまったわけだ。
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「D2Cという言葉」は10年前から使われていた
さて、以上を踏まえ、いよいよD2Cについて解説していきたい。
アパレル企業の専門コンサルタントとして知られている私だが、一応、グローバルファームに勤めていた経験から、製造業から、IT企業、金融企業まで、幅広くコンサルティングを行ってきた経験がある。
そんな中、10年ほど前、製造業から「中間流通をはずしウェブを使って消費者に直接自社の商品を販売したい」という依頼が増えていた時期があった。今、調達業務では商社外しが流行だが、その逆で、「リテール企業外し」というわけである。そして、当時から、こうした動きを、普通に我々は「Direct to consumer (消費者直販)」と呼んでいた。
実際、日本でも百貨店などで販売されている有名化粧品は、ウェブでの販売が売上の70%を超えていた。この企業は、大手の広告代理店に山のようにお金をつぎ込み、自社ウェブサイトでの化粧品販売を拡大させることに成功した。だが、代理店に払う広告費用が年間数十億円を超え、その代理店への依頼をストップした瞬間に売上が落ちて赤字になり、広告を続けると膨大な販管費で赤字になるという、蟻地獄のような負の構造に陥っていた。
この企業のD2Cビジネスをどのように救ったかは割愛するが、製造業が、リテールを自力で行ってうまくいくほどリテールオペレーションは簡単ではない。それは、アパレル「メーカー」という産業分類上、製造業に分類されるファブレスアパレルものに同様だ。昨今、その出自が製造業であるにも関わらず、素人療法でリテールに過度な投資を行って窮地に陥った企業もあった。それでは、なぜ、製造業はD2C (消費者直販)を目指すのか。
「有識者」達は、「バリューチェーンを短縮化すればコスト削減に繋がるからだ」と説明するが、この説明は現実を理解していないのではないかと思う。現在、顧客1人を獲得するAcquisition cost (CAC;顧客獲得単価)は、20,000円近くに跳ね上がっている。これは、Acquisitionからダイレクトにコンバージョン(購買)まで直結させた場合の広告価格だが、オウンドメディア(自社で顧客を囲い込むためのネットワーク・プラットフォーム)などに放り込む場合は400~500円程度。しかし、そのオウンドメディアをアクティベート(活性化)し、さらにコンバージョン(購買)まで誘因させるには、やはり20,000円程度はかかるのである。これは、数多くのデューディリジェンスという分析仕事を自ら手を動かしてやってきた経験のある人でなければ分からないだろう。
これをLTV (Life time value 顧客生涯価値)で回収しようと思えば、粗利益ではなく、販売に関わるコストを加えた限界利益でブレークイーブン以上にする必要がある。その回収期間は気の遠くなるほどで、普通に考えれば簡単に事業が黒字になるはずがない。それほど今は広告公害であり、ものが売れない時代なのだ。世界企業となり、富裕層やビジネスパーソンにまでリーチしているユニクロ以上の商品を作らねばアパレルビジネスの将来はないという根拠はここにある。
いま、何も代わり映えのない商品を市場に出せば、その商品は一気に価格競争に追い込まれ、クーポン、値引き、ポイントなど、あらゆるやり方で「グローバルに展開する巨大企業の価格基準値」に上代がひきずられ大赤字になる。こうした事実をしらず、「この10年をみれば市場規模は拡大している」という分析をしているアナリストやメディアもいるが、その実態は、童話の「鶴の恩返し」のように、自らの「見切り売り」(自分の身を削って、値引きを繰り返し、商品を叩き売っているという意味)を繰り返し売上至上主義を今でも続けているからだ。その証拠に、帝国データバンクの統計だと、平成28年は半数が昨対比で赤字だったアパレル企業が、2017-9年には、2万社弱のほぼ全社が昨対比を割っているという結果になっている。
「なぜ製造業はD2Cを指向するのか?」
それでも製造業が自ら消費者に販売をしようとする理由は、「付加価値を消費者に正しく伝えるため」である。例えば、話を家電量販店に置き換えれば分かりやすい。家電量販店で売っている白物家電などは、種類がたくさん多すぎて、消費者は何を基準に選択すればよいのかわからない。
事前に、冷蔵庫やエアコンなどの機能について徹底的に調べ上げ、価格ドットコムなどで最安値商品を買う人は、増えているとはいえ、実際の母数はそれほど多くない。現実は、店頭で商品を見、店員に説明を受けて「オススメ」を買うとケースが多いのだ。これは、デジタルネイティブと呼ばれる若年層でなく、購買者が高齢者に偏っていることにもよる。
しかし、「店員」だと思って相談している人のほとんどは、メーカーから派遣された「店員のふりをした特定メーカーの販売員」である。したがって、SHARPが派遣した販売員ならSHARPを薦めるし、PanasonicであればPanasonicの商品を薦めることになる。例えば、減ってきたとはいえプリンターは圧倒的に11月に売れる。理由は年賀状需要である。そうなると、Canonなどの大手企業はこの時期に信じられないほどの販売員(マネキンという)を送り込む。実は、プリンターの機能はもはや成熟しており、エプソンやブラザーなど、どこの商品を買っても大差無い。結果的に、いかに繁忙期に販売員を大量に送り込むかという、資金勝負となっている。
このように、製造業がD2Cを指向するのはリテールに依存した既存の販売構造から脱却しようというねらいがある。結局、消費者が最後に財布の紐を緩めるのは店頭なのだから、店頭で隅に置かれる、あるいは消費者に説明さえしてもらえないとなると、良い商品をつくっても全く売れなくなるのだ。
私が『ブランドで競争する技術』で、関さばの事例で書いたように、佐賀関漁業組合が「関さば」の流通を自分で作らなければ、関さばは一般の鯖と一緒にスーパーで「定価」で並べられてしまう。消費者への「価値伝達」を、小売側が製造業の思う通りしっかりとやってくれないからだ。
さて、勘の良い読者であればお気づきと思うが、流通コストを下げて、価値のないミドルマンを排除する、あるいは、製造業がつくった商品の付加価値を正しく消費者に伝えることは、すべて、SPA(製造小売業)が世界で広まった理由とソックリなのだ。
では、SPAとD2Cの違いを皆さんは説明できるだろうか? 製造業が、とか小売業が、という主語の違いではない。次回、その答えを解説するとともに、D2Cの本質に迫りたい。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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