企業再建の極意#1 初年度から売上アップをめざす再建計画が愚かな理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年8月17日 20時55分
今回から数回にわたって、私が小売業だけで50社以上を再建してきた実績から独自に体系化した「企業再建の手法」を解説したいと思う。企業再建は「一枚目」「二枚目」、そして「三枚目」という表現を使って、紙めくりのように順番に沿って、企業再建のステップを着実に実行していくことが重要だ。各ステップで行うべきこと、注意すべきことを具体的に記した。コロナ禍による未曾有の経済状況の中、否応なしに「企業再建」に関わらざるを得ない人が増えるだろう。正しい企業再建の手法を伝えることを通じて、一社でも多くの企業が再建される、その一助になればと願っている。
米国発の小売業連鎖倒産 その余波、日本にも
私は自らを「再建屋」と呼んでいる。企業が多くの努力をしたが厳しい状況が変わらないとき、「傭兵」として呼ばれることが多いのだが、「時すでに遅し。なぜ、もっと早く呼んでくれなかったのか」ということが幾度もあった。残された資金はごくわずか。そんなクライアントの再建を任されると、私を送り出す会社からもクライアントからも応援されず、毎日が針のむしろに座る感覚でがむしゃらに仕事をすることになる。地方のホテルの窓から一人で外を見るとき、「一体私は誰のためにやっているのだろうか」と自問自答を繰り返す。これが、再生の仕事の実態と実感である。
再建の仕事は、「サラリーマンのやる仕事ではないのでは」と思いつつも、一方で「この経験やスキルは、特定の個人の秘伝のタレのように隠しておいてはならない」とも思う。その気持ちが、この「企業再建の手法」を開示するきっかけになったのかもしれない。
もちろん再建の現場に入れば、そんなセンチメンタリズムは許さない。すでに米国から始まった小売企業の連鎖倒産。ビクトリアズシークレット、J.クルー、ブルックスブラザーズ、フォーエバー21、無印良品米国法人(MUJI USA)、ディーン&デルーカ、百貨店でいえば、J.C.ペニー、ニーマン・マーカスなど、名門企業ばかりである。こうした名前を挙げれば切りが無いほどで、その余波が早晩日本を襲うことは想像に難くない。
日本でも、レナウンの経営破綻から、セシルマクビーの全店閉鎖、オンワードの700店舗閉店など、決して景気の良い話は聞かない。そんなとき「再建屋」としての腕が鳴りはするものの、理由の分からぬ身震いを感じることもある。再生の仕事は、全人格をかけた、まさに、映画「三島由紀夫 vs 東大全共闘 50年目の真実」のような、一人で数千人の人間を相手に激しい議論や葛藤を繰り返す日々が続く。
トランスフォーム、チェンジマネジメント、PMIなど横文字にすれば響きはよいが、組織の文化や繰り返される批判のための批判に、決して自分の利益のためでなく、批判を繰り返す方達その人のために闘いを挑んでいるむなしさをお感じになられれば序章としては十分だ。
さて、前置きが長くなったが、本稿は、「アパレル企業の事業再建手法」を可能な限り具体的に書き綴ったものである。そこには、一社でも多くの企業が窮地を救われる一助になればという思いがある。今こそ、筆をとる時だと思った次第である。
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再建のための3つのステップ
私は、拙著『ブランドで競争する技術』で、企業再建の手法を詳しく書き綴ったが、それが「コラム」として書かれてあったこと、そして、当時はまだ、アパレル産業の苦境が具現化しておらず、企業再建に対するニーズも危機感も少なかったことから、あまりそれがハイライトされたことはなかった。
このコラムで、私は、一枚目、二枚目、三枚目という表現をつかって、企業再建を進めてゆく上で必要な3つのステップを表記した。特にアパレル企業の再建は、この順序で進めてゆく必要があり、それぞれの内容もさることながら、その順番も重要であることから、「紙めくり」に例えてこのように呼ぶことにした。なぜなら、ほとんどの企業が、私がこれから解説する「三枚目」を最初に行い、これを再建計画と呼んでいるからだ。また、投資検討しているPEファンド(非公開企業に対して投資を行うファンド)のリスクマネーも、この事業計画の蓋然性がよく理解しきれないため、投資をしてから「こんなはずではなかった」ということになってしまいがちだ。
加えていうなら、過去、業績がよかったため「放置プレイ」していた事業が、久々に事業内容を精査してみたら大変なことになっていたということもあった。今後、アパレルとリテーラーの再建は加速度的に増えてくるだろう。読者の中には、再建の当事者、あるいは、この状況をレバレッジする金融機関にお勤めの方もいらっしゃると思う。私と一緒に、日本のこの大事な産業を守り、正しい手法で再建・再生を行ってもらいたいと心から願う次第である。
一枚目 余剰な商品、業務、店舗を切り離し、損益分岐点を下げる
さて、企業再建の手順を分かりやすく説明するため、毎月生活費が困窮したケースに見立てて検討してみよう。例えば、毎月の手取りの給与が40万円だったとし、支出が45万円、つまり、毎月5万円の赤字だったとする。そのときあなたは、
1.給与を上げるための活動、例えば、転職活動や昇進のための活動を行う
2.まずは、生活費を切り詰め、月々の支出を40万円以下に抑える
のいずれを選択するだろうか。大多数の方は2だと思う。理由は、2の方が確実だからだ。いや、「不確実性が少ない」から、と言い換えた方が良いかもしれない。
生活を立て直すためには、まず、毎月の支出を見直し、例えば、外食回数を控える、携帯電話を格安に変更する、余計なサブスクリプションを解約するなど、可能な限りもらえる給与の範囲内で生活できるようにするはずだ。
1の「給与を上げる」については、転職や昇進は成功すれば支出を超え、給与が一気に上がることもあるかもしれないが、やはり「確実性」という意味では「すべきことの順番」として、支出削減の次にくるはずだ。
しかし、企業再建の世界では、赤字に陥った企業の翌期の戦略と称するものを見ると、ほとんどが、「来期は、こうしたブランドを立ち上げ、黒字化を目指す」という計画が多い。これはアップサイド(コストでなく売上側をこう呼ぶ) に期待し、「転職や昇進で赤字生活から脱却する」という具合に聞こえてしまう。
加えていうなら、大規模な店舗撤退、早期退職制度の導入なども、「その程度」が問題である。生活費のケースになぞらえていうなら、5万円の赤字幅に対し、3万円程度しか支出削減をしていない、あるいは、来年、子供の受験があるのに、そのための貯蓄ができる程度の貯金もしていないなどだ。多くのケースにおいて、ボーナスが期待できない今、月々のキャッシュフローをプラスにし、将来必要となる支出に備える必要があるだろう。
経営目線のスピードや期間、あるいは、その企業が持っているキャッシュフローから再建にかかる期間を設定すれば、アパレル企業であれば「3年」を再建計画の仕上がり期間とするのが妥当だと思う。アパレルビジネスというのは、半年先のことを「今やっている」こと、また、改革が組織のオペレーションに馴染むまでに、さらに半年かかることを考えれば、「3カ年計画」というのが、一枚目から三枚目までの仕上がり期間として妥当だからだ。
次回、「一枚目」の具体的な実務に入ることとする。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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