破綻が迫るアパレル企業の事業再生手法#3 コスト削減だけでブレークイーブンに持ち込む手法
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年8月31日 20時55分
コロナ禍長期化に伴う経済の長期的低迷により、これから企業の業績悪化は表面化する。事業再生、企業再生は避けられないテーマである。一社でも多くの企業を救うため、私が独自に体得した「企業再建の手法」を解説する第3回目。前回、「一枚目」の実務的内容として、コスト削減だけでブレークイーブンに持っていくこと、小刻みなリストラはせずに必ず1回でやること、そして競争力を奪う絶対に削ってはならない費用があることを解説した。今回はそのコスト削減だけでブレークイーブンに持っていくために、販管費と原価、それぞれのコスト削減変数を理解するところから始めたい。
販管費と原価 それぞれのコスト改善変数
具体的にコスト削減だけでブレークイーブンに持っていくために、アパレルビジネスにおける費用の代表的改善変数として、販管費に占める改善変数と原価に占める改善変数の2つを解説する。
1.販管費に占める「改善変数」はリアル店舗の家賃と人件費の2つ
アパレル・ビジネスの場合、リアル店舗が広告宣伝の場になっているため、広告宣伝費は基本的には店内費用以外は不要だ。下手に広告宣伝費をつかって自社の商品の魅力度をマーケットにコミュニケーションしても、差別性のないレディースアパレル市場では、モール型サイトで類似ブランドと価格比較され、競争力のある競合商品に顧客を持って行かれるだけである。広告宣伝費を投下すればするほど利益率が下がると悩んでいる経営者はこのメカニズムをよく知っておいてもらいたい。
一方、通販企業は顧客獲得(Customer Acquisition )が事業の成否を決めるため、ここは新規の顧客を獲得するために、一定間隔 (LTV<Life Time Value>の回収期間) での広告宣伝品投下が必要となる。だが昨今は、一般的な広告宣伝による顧客獲得は、Amazonなどの「桁違いの投資による顧客の囲い込み」によって、難しくなっている。ゆえに、自社ECの事業を伸ばすためには、本当に腕の立つマーケターと組まなければならない。
よくアパレル企業が誤解をするのは、エルメスやグッチのようなスーパーブランドの大量広告投下の事例である。スーパーブランドのビジネスは、販管費に恒常的に広告宣伝費を組み込む必要がある。これは、科目は広告宣伝費だが、通販企業のようなCustomer Acquisition cost(顧客の獲得費用) でなく、ブランドの「格」を高めるためのイメージ価値向上のための必要経費と捉え、拙著「ブランドで競争する技術」で解説した競争優位を保つための固定費の如く考えるべきだ。
2.原価に占める3つの「改善変数」
原価低減はもっと複雑である。こちらは、過去幾度か解説したが、事業の損益計算書ベースの原価は、
①企画原価(商品企画の段階で、設定した売価に対する仕入れ額)
②マークダウンロス(値引きによる売価低減からくる相対的な原価低減幅)
③商品評価減と商品評価損を加えた額
の3つで構成される。これらの計算は、多少従来の考え方とは異なる私独自のものだから、計算にコツがいるが、しっかりとした運用を覚えると、何が原価を上げているのかというポイントが非常によく分かる。原価が高いからといって、なんの効果もない商社や工場の利益率を下げる交渉をするという効果のない施策をうつ必要も無い。
原価低減は、仕入れた商品を100%定価で販売しきっている場合に限っていえば、単純に仕入先コストを下げればよいのだが、アパレルビジネスの場合、売変(売値を変えること)や、シーズン終了時における商品簿価(在庫)評価など複雑な処理を行っている。例えば、商品評価に関していえば、恒常的に行う評価による損失は原価の増加要因となるし、膨れ上がった余剰在庫を損金処理する場合は特損計上するなど、独特のルールで運用している企業が多い。こうした事業構造と会計制度に詳しくない人が原価分析をすると、原価に潜んでいる「悪魔」を見過ごす可能性があり、商品原価を下げて品質を劣化させて競争力を失うということが起きている。
例えば、本来は②③のマーチャンダイジングの精度向上こそ、是正すべきなのに、仕入れ先にさらなる低コストを要求し、商品品質を悪化させ、病巣と処方箋がずれているケースが散見される。このように、一枚目を構成するコスト削減といっても、その難易度は企業が考えている以上に高い専門性が必要だ。こうしたルールは、現場の人間の方が詳しく、商社は金融機関、他の業界から来た経緯者ほど分かっていない。なお、不採算店舗撤退も必須項目としてあるが、今回は紙面の都合上割愛させていただく。
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細分化された組織の罠と一筋縄でいかないアパレルの組織改革
最後に、一枚目のコスト削減で忘れがちな大事な視点についてお話ししたい。
企業は成長するにしたがい分業が増え、「部分をみて全体を見ていない人」により、「業務」が自己増殖することは常識だ。こうした企業にいくと、①利益を生まない企画部署がやたらと多い ②組織が異常なほど細分化され、重複業務が発生してシナジーが出ない関係にある、ということに遭遇する。アルフレッド・チャンドラーのいう、戦略との相関性で組織設計をするのでなく、人にあわせて組織(椅子)を用意するから、このような不可解な組織体ができるのだ。私が知っているある商社では、なんと似たような営業組織が20も存在し、課員は課長と課長代理しかいないという、あからさまに「人に合わせて組織をつくった」状況に遭遇したこともある。私が尊敬するある経営者は、徹底してコストセンターを廃止し、バックオフィスまでもプロフィットセンター化し、P/Lを持たせて外販をさせていた。
私は、彼に「戦略企画部を作らせて欲しい」と幾度も進言したのだが、「外から金を取れない組織は我が社には不要」とばかりに、耳を貸してくれなかった。その後、その会社はNo Dept (借金ゼロ)の超優良会社となり、数十億円の投資を行って見事にアパレルビジネスからイグジットし、最高の株価を計上するに至っている。幹部会でも、本来コストセンターであるバックオフィスが赤字に陥ると劣化の如く怒鳴りつけ、3期続けて赤字の場合リストラと経営者交代を大胆に行うなど、私が彼から学んだことは計り知れない。
一方、業績不振の企業は利益を生まないコストセンターが山のように存在する。社長室、経営企画室、戦略企画室など、一体これらになんの違いがあるのか。誰もわからない。また、今時、横割りの機能別組織となっている企業もあるが、この手の組織は、細分化された組織が機能別に個別最適化を意図し、各組織が頑張れば頑張るほど、グループ全体の損益分岐点を上げてゆき歯止めがきかなくなり、恐ろしいほどのブレークイーブン(損益分岐点)となっている。本来、店頭を基準に企画、製造、販売が三位一体となり、顧客を起点に俊敏に組織のバリューチェーンのあちこちに発生するトレードオフを解決する垂直統合型が主流だ。変化の激しい競争環境の中で機能別組織に勝機は無い。
アメーバ経営、セル型生産方式など、少人数グループに損益責任を持たせる考え方の有用性は語られてきたし、日本を代表するターンアラウンド・スペシャリストの三枝匡氏は「SMALL IS BEAUTIUL」といって、組織は小さければ小さいほどよいという持論をのべている。究極の一人事業主の集まりである商社出身の経営者が多いのは、こうした組織設計と無関係ではない。
しかし、アパレル産業の再建はなかなか教科書通りにはいかない。というのは、無数の中小企業がバリューチェーンに群がり、個別企業の存在自体がバリューチェーン全体の一部分であるのがアパレル業界だからだ。例えば、伝統的なアパレル「メーカー」は、生産を商社に委託し、販売は百貨店などのリテーラーに委託する。こうした企業の再建は、いくら「SMALL IS BEAUTIFUL」を行っても、その存在がそもそもバリューチェーンの一部でしかないのだから、企画、生産、販売という一連の流れを一つの単位にすることは不可能なのである。だから、個別企業のことだけを考えて全体最適を意図する改革を行っても、構造的に世界企業に勝つだけの「ものづくりの流れ」をつくれないわけだ。
アパレルの中で、製造小売業(SPA)や、D2Cといった、自社で製造と販売を同時に行う企業が躍進する理由はここにある。企業が良い意味で、弱り切っている今だからこそ、M&Aや垂直統合を軸とした産業再編を起こすラストチャンスであるとも言えるわけだ。現在の私が昨年に予測した「TOB元年」に突入したアパレル業界ではあるが、その実態は金融機関主導、金融業界の都合で動いているというのが実態で、その裏に指したる戦略性は見えない。日本は平穏を装っているが、もはや金があれば家具屋だろうが家電量販店だろうが、アパレル救済に名乗りを上げているように見えるのはそのためだ。
一枚目を単なるコスト削減と捉えると、大やけどをすることになる。アパレル企業の再建はかくの如く難しく専門性が高いのである。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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