破綻が迫るアパレル企業の事業再生手法#7 小さい企業が大企業に一泡吹かせる戦略とは
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年9月28日 20時55分
新型コロナウイルス感染症(コロナ)の拡大の長期化に伴う経済の低迷により、これから事業再生、企業再生は避けられないテーマとなる。そこで私が独自に体得した「企業再建の手法」を解説する本稿もこれで第7回目。前回4つあると言った、贅肉を極力までそぎ落とした企業が取り得る競争戦略について、残る3つの戦略を解説していきたい。
小さい企業が大企業に一泡吹かせる戦略
前回、贅肉を極力までそぎ落とした企業が取り得る競争戦略は、
1まだ未開の地に打って出るか、衣料品以外の領域にMDを拡大するかのいずれか、
2縮小する市場においては、物販以上に消費者の囲い込み(ブランド化)の方が重要
3巨大企業に勝つため、あちこちに手を出すのでなく自社が本当に強い領域に集中する4縮小する市場で売上を上げる最も確実な方法はM&A
の4つであると言い、最初の1つについて解説した。次いで2〜4についても解説していく。
2は、大いに検討すべき課題である。私は、不特定多数の人間にモノを売るビジネスを「八百屋ビジネス」と呼んでいる。キュウリが10円安いと隣の駅までゆく主婦のお買い物に例えた言葉だが、成熟した市場では、売上を上げたければ、物販を拡大するのでなく、顧客を囲い込むべきだ。「そんなことは分かっている」と思っている方達に聞きたい。例えば、商社だ。あなたたちは、今も、そして、昔も、サンプルをもってゆき、「競合より10セント安いですよ」と、枚数勝負をしているではないか。
こういう商社のような企業の特徴は、取引先の数だけで、200も300もあり、取引先別で80%は赤字になっているという実態だ。これに対し、勝っている商社は、取引先と「太い取り組み」を構築し、競合が入れないよう共同出資をし、人員を派遣したりするトップ営業をして垂直統合をしている。一枚2000円のサンプルを積み上げて売上が1000億円もある商社は、「八百屋ビジネス」との典型といってよい。成熟した競争環境では、物販でなく顧客の囲い込みをすべきなのだ。あなたは、ものを売ろうとしているか、それとも、お客様を囲い込み、競争相手では買えないような仕組みを作ろうとしているのか、それをはっきりさせるべきだ。
3「自社が本当に強い領域に集中する」は、小さい企業が、大企業に一泡吹かせる基本戦略である。そのために必要なのが「商社活用」である。だがそれは、従来のものを運ぶだけで10-20%のマージンを抜く商社のことをいっているのではない。CPFR(バリューチェーン全体が、共同でリスクシェア、プロフィットシェアをする考え方)型の垂直統合を商社と取り組むことだ。そして、その目的は、コスト削減ではなく、アパレル企業の経営資源を自社の企画に振り向け、自社にしかなしえない価値を生み出すことに尽力を尽くすことだ。組織というのは、一度に複数の課題を与えれば混乱しか生まれない。
経営者の仕事は、最も重要な課題に絞り込み、勇気を持ってその他の課題を捨てること、ここを正確に言えばアウトソースすることなのである。
一度に、100も200もある課題を自前でやろうと思えば全滅は免れない。課題解決はシングル・イシューが原則である。私が8年前に「ブランドで競争する技術」を書いたのは、こうしたオペレーションのオプティマイゼーション(最適化、標準化)の先には、企画力による競争が待っており、それは、どれだけの「顧客」を囲い込むかが大事であるということを産業界に伝えるためだった。企画力の向上に唯一解はない。それぞれの企業が、それぞれの考え方で独自性をだすべきなのである。だから、その真逆にある標準化やシステム化はアウトソースし、「接客、店舗空間、商品」の3つを競合と如何に差別化させるかを考える。
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ECに対する誤解と過剰な期待
ECというのは、とかく誤解されている。先日のことだった。EC化率を高めたいからどうすればよいかとある企業から尋ねられた。その企業は、顧客の平均単価が5万円を超える高額商品を扱っているブランド企業。聞けば、コロナ禍でEC化率が低いため酷いダメージを受けているという。是が非でもEC率を高めなければならない、というわけだ。
しかし、EC販売を拡大させるのは企業ではなく、顧客である。顧客にとってECが魅力的であればECは拡大するし魅力的でなければ拡大しない。また、平均単価とEC販売額は、逆相関する。私がお付き合いのある世界的ジュエリー専門店では、「うちは、ECは最後になる。うちの倉庫の在庫簿価は、メガバンクの預金高よりも高い」といっていた。これだけの高級商品になると、おいそれとECで買えるはずがない。
確かに、中国ではECでクルマを買うほどだが、それは国民性の違いであって、日本人がネットで新車を買うなどということはない。つまり、ECの額を高めようとするなら、(その企業に関していうなら)リアル店舗の魅力を高め、ECへの潜在的消費者数を増やさなければならない。
ある金融機関から相談をうけたとき、彼らは「私たちがお金を貸しているアパレル企業は、広告宣伝費ばかり増やし利益率を悪化させているように見える」という。コロナ禍で巣ごもり消費が続き、人は外に出なくなったため外出着が不要となり、メディアで繰り返されるコロナの脅威にえも言えぬ不安を感じ消費を控えている。そんなとき、
「売れない構造」をしっかりと分析し、「売れる仕組み」や「しかけ」をきちんと設計することだ。ユニクロが先んじて、「新しい生活様式向けの衣料品」コレクションをだし、熱中症対策としてエアリズムマスクを出したのが良い例だ。少し考えれば、誰でもわかるのだが、なぜか、こうした取り組みはすべてユニクロから始まり、日本のアパレルは常に「ユニクロ右ならえ」である。
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いまアパレル産業を救うのはリスクマネーであり、M&A
最後の4つ目が「M&A」、今、私が最も力を入れている領域だ。私が折角入社したデジタル企業を2年で退社し、M&Aの世界に身を投じたのは、今、アパレル産業を救うのはデジタルでなく「実弾」(金)であり、また、「金の正しい使い方」だと思ったからである。
私は、他紙に「時既に遅し」という論考を掲載し、「デジタル祭り」に酔いしれているアパレル産業に警報を鳴らした。半年前のことである。その趣旨は、企業の裏側を知れば知るほど、この産業の未来に将来性を感じなくなり、また、論理力と数字の弱さに気が滅入っていたということ、そして、この産業の実態を世に示したいという思いからだった。
私は数年前、投資ファンド、会計事務所、そして、なにより企業を立ち直らせたいという強い思いを持つ現場の人達と組み大企業の再建に成功した。同時に、そのとき、業務経験の無い外部人材やアナリスト達が、本当に適当なことをいって、あるいは、基本的な分析さえせず一般論で企業を窮地に追い込んでゆく様も見てきた。そんな人間のいうことを真に受ける企業も企業で、同情の余地はないわけだが、酷い事例になると、自らの失敗をWEBで公開し、名指しでクライアントに責任転嫁しているコンサルと称する連中もいたほどだった。彼らに共通しているのは、クライアントより自分自身の損得を優先しているということだった。
すでに、アパレル産業は崩壊の淵に立たされており、彼らの唯一の救いはリスクマネーだけとなっている。しかし、お金というものは、企業再建では極めて有効であるものの、ときに、企業を殺傷するほどの恐ろしい武器にもなり、残念で悲しいことだが、ファイナンス・スキームだけで、一山当てようという輩が多いのも事実なのだ。本来、お金というものは、企業が営業活動をしてゆく潤滑油となり、そこには骨太な事業戦略とオペレーションが組み合わさるべきでなのだが、ロバート・キヨサキの「金持ち父さん貧乏父さん」の事例を曲解し、「金に働かせれば、あなたは遊んでいても良い」などといわんばかりに企業を弄んでいる。もともと論理力と数字に弱いアパレル産業は、こうした人々に簡単にだまされてきた。
構造不況、産業崩壊などと揶揄されるアパレル業界だが、世界で時価総額でH&Mを抜いて第2位となっている世界企業もまた、日本のファーストリテイリングというアパレル企業である。もし、文字通り「構造的」に、アパレル業界が不況なら、なぜ、こんなことがおきるのか説明ができない。普通に考えれば、「経営力」と「戦略」の差が生み出した結果であると考えるべきなのだ。
次回は、一通りの理論編を追えたあと、現場の人間をどのように動機付け、そして、戦闘力を取り戻すかという点について書いてゆきたい。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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