ファストリ過去最高益予想の裏で… 金融主導によるアパレル業界崩壊の真実
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年11月2日 20時55分
前回、私が2019~20年にかけて行った5つの予想のうち4つを解説した。今回は5つ目、「金融主導業界再編」について書きたい。金融主導の業界再編と聞いて、ピンと来る人は少ないだろう。この私とて、個人的な事情から金融業界に関わりをもったおかげで、アパレル業界の現実が見えてきた。そこは、まるでイギリスのサザビーズ(イギリスの伝統ある競売会社)にいるような錯覚に陥るがごとく、会社や組織の売買が行われ、また、さらに一歩中に足を踏み込めば、そこは、重病患者が次々と運ばれてくる野戦病院のような状況だった。
家に帰り、テレビをつけると何もなかったかの如く日常は過ぎてゆく。しかし、私は自分の人生で二度会社が吸収合併された経験を持っている。それは突然やってきて、私たちの生活を一変させる。この最後の予言についていえば、リアルな世界を目の当たりにすれば、その壮大なダイナミズムと資本主義の冷徹さがミックスした不思議な気持ちに私を誘った。「本当に鉄の山は動き出す」 私はそう感じた。
政府と金融機関による会社救済の実態
コロナ過で倒産寸前の3大業種といえば、「旅行」「飲食「アパレル」といわれている。メディアでも、この3業種を「コロナ倒産」の典型事例として扱っている。
しかし、この分析は表面的なものに過ぎない。実は、19年と20年を比較すると、20年の方が倒産件数は減っている。
まず、アパレルに関していえば、コロナ以前に、消費増税と暖冬という二つのダブルパンチですでに瀕死の状態に陥っていた。このまま放置されれば、多くのアパレル企業が死滅してしまう。それまで「DX(デジタル・トランスフォーメーション)こそアパレル産業を救う」と誰もが信じ、日本のアパレル業界は一部の勝ち組を除き、「デジタル祭り」に興じていた。しかし、そんな小手先のテクニックで産業界が救われるほど状況は甘くない。なぜなら、新型コロナウイルスによって時計の針はスピードを増し、産業界は、「時すでに遅し」という状況になっていたからだ。このままでは、日本はユニクロと無印、外資SPA、と新興D2C企業だけが残り、その他は大ダメージを受け、業界再編が起きる可能性がある。私自身、M&A(合併・買収)の世界に身を投じ、もう一度企業再建の構えをとった理由はそこにある。多くのアパレル企業が苦しんでいるのは、世界的にみて法外な上代をつけている企業だ。そんなことは、今勝っている企業が「激安」であること、日本の衣料品の中心購買層の可処分所得を分析すれば一目瞭然なのだが、そうした本質的な課題から目をそらそうとする。
今、「安いことは正義」なのである。高い販管費(固定費)に手をつけなければ、いかなるハイテク・デジタルツールを駆使しても競争に勝てない。
外食企業に関していえば、客がついている人気業態はそれほどコロナの影響は受けていない。外食企業では、味が勝敗の分かれ道になる。一方、産業全体で一様にコロナの影響をダイレクトに受けたのは、旅行業界だ。このように、3業種の業績不振は全く違う意味合いと構造が裏にある。
皆さんもご存じの通り、上場しているアパレル企業の多くは、この半期は赤字決算だった。また、商社も壊滅的状況だ。コロナ禍にもかかわらず、21年8月期決算で過去最高益を予想しているファーストリテイリングは、奇跡を通り越し、もはや一時のAppleのような、「神に最も近い」ブランドとなり、他のアパレルが逆立ちしても勝てないほど差をつけている。一昔前は、「私はワールド出身です」といえば、業界でも一目置かれたが、今は、「私はユニクロにいました」というのが履歴書を飾る殺し文句になっている。
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アパレル1社平均売上は50億円
4、5月だけで1/6の売上が蒸発
さらに分析を進める。事業所数ベースでは、日本のアパレルの97%程度は中堅、零細企業で、その平均規模は50億円以下である。テレビで学者達が、「日本はデジタル化せよ」と言っているが、誰がその原資を出すのだろう。このレベルの売上企業が競争に勝てるに十分な「デジタル化」を推進できるはずがない。
計算すればわかるが、2020年4月と5月に店舗がロックダウンされ、平均すれば売上の1/6を失ったのが今のアパレル業界だ。ECだと騒いでいるのは学者や評論家だけで、日本のEC化率は、コロナ禍前で8%程度。つまり、ほとんどがリアル店舗なのである。今でこそ、日本の大手アパレルメーカーのEC化率は3-40%となっているが、それは「トータルの売上が劇的に下がった一方で、ECは巣ごもり消費で持ち直している」からだ。この状態を「神風」と考え、私の新書「生き残るアパレル、死ぬアパレル」を50冊まとめて購買し、浮かれる社員に配ると言ってくれた経営者がいた。同社の株価は最高を記録している。
50億円の企業が、1/6の売上を失ったらどうなるか。アパレル企業の50%は原価と、マークダウンロス、および、ライトオフの積算だ。今、アパレル企業のほとんどは、バランスシートに在庫を隠し、これを「流動資産」(1年以内に換金できる在庫)として、計上しているが、現実は、これらの多くが、1年どころか5年も眠っている状況である。つまり「資産」の実態は、不良在庫の山であり、適正な棚卸資産評価損を出さねばならないのだ。
先日、私は某企業主催で講演したのだが、登壇後、ある倉庫業者の経営者が、「河合さんの言うとおり。私たちの第三者倉庫の1階のフロアでは足りず、2階まで在庫が積まれ、中には、10年もののビンテージ在庫まで眠っている」といっていた。私自身も、YouTubeで浮かれた動画を配信しているあるブランドの第三者倉庫、いわゆ3PL 業者を見学させてもらい、余剰在庫がビルの2フロアを占拠している様をいて、背筋が凍り付いたことがある。
こうした状況から論理的に算出すれば、50億円の1/2を12ヶ月で割った2億円の現金を毎月失っているのが、日本に存在する1万7000社(統計上、1万7000社であるが、実際は2万社あるといわれている)の実情なのだ。
彼らの多くは既に資金繰りが立ちゆかなくなっている。そして、日本政府と金融機関のタッグマッチによる救済策と札束増産によって、ある企業は与信オーバーの借り入れ(銀行には、この企業であれば、貸してもリスクはすくないという上限枠があり、これを与信という)をし、リスケ(債務者が金融機関に支払いを延ばすこと)、そして、中には、ニッチもさっちもいかない企業には、債務圧縮(借入金の一部を棒引きすること)などを行い、死に体となっている会社を、生きながらえさせていた。
私は、何十年に一度のウイルス・パンデミックに国を挙げて救済措置をとることは大賛成で、むしろ、上記のような分析をすれば、救済支援策は足りないくらいだと思っている。問題は、この状況に便乗するかのように、コロナ禍以前にすでに死に体となっている企業も一緒くたに救済されている状況にある。
アパレル業界をねらう、三すくみ状態のリアル
こうした中、アパレル業界は、1) 体力のある企業、2)今にも破裂しそうな風船のようになっている銀行、3)こうした状況を横目で見ながら、価値ある企業を安価で買おうと見ているリスクマネー(いわゆる商社投資部門やファンド)の、思惑と情報戦とが入り乱れた三すくみ状態にある。
体力のある企業は、昔取った杵柄で、溜まったアセット(資産)を売却し、コロナ過を乗り切ろうとし、この状況の中でも投資を行っている。彼らは、アフターコロナで最速のスタートダッシュをするためだ。そのスタートダッシュは、二つのパターンがあり、一つは、異なる企業、異業種との連携による2階層プラットフォーム構築。そして、もう一つは、M&Aによる垂直統合である。こうしたダイナミックな構造改革も、本質的な課題を解決できるかどうかは疑問である。なぜなら、彼らは自らの高い固定費を削ろうとしないからだ。
先日、世界的な投資の神様、パークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェット氏が日本の5代商社に60億ドル(日本円で、6300億円)を投資し、世界中を驚かせた。例えば総合商社の雄、三菱商事のPBR(株価純資産倍率、倍率が1を下回るほど割安)は0.6以下である。商社という業態は売上が全てだ。成長が止まった市場化において、このままでは商社の伝統的繊維事業は終わりを告げる可能性が高い。
話を繊維業界に戻す。天下の三菱でさえそうなのだから、その数百分の1の売上規模しか持たない日本の繊維商社はどうなのかというと、資産リッチの一部商社を除き、多くが業績悪化し、アパレルやSPAリテーラーによる垂直統合戦略(アパレル企業の小売買収と商社買収)によるD2C (工場と顧客データをデジタル結合する流れ)ビジネスモデルから排除されようとしている。あるアパレルが、業績悪化にも関わらず、政府系ファンドと組んで次々と買収をしているのはこのためだ。作り場(生産工場)も顧客(ビッグデータ)も持たない中間流通はデジタル化の餌食となり市場から退出させられる。これからは、規模を追いかける時代でなく、付加価値の大きさでビジネスを拡大させる時代が来る。
加えて、体力のないアパレル企業は、上記のような政府と金融機関の過剰救済措置により延命しているが、もはや融資も限界を超えており、例えば、債権をもっている企業の中で体力のある企業に頼み、自己資金による資金繰りが限界に達している企業の救済を半ば押しつけるような形で出資をさせる。今、不可解な出資が数多く起きているのはこうした背景が裏にある。これが、私がいう「金融主導の業界再編」だ。
日本のアパレル業界を救う唯一の道
これに対し、商社、ファンドなどのリスクマネーは、冬のパンデミックを警戒し、企業のバリュエーション(企業価値評価)をつけられない。先日、ZOZO創業者の前澤氏がご自身の手金 80億円をアパレル企業2社に投資をしたのは記憶に新しいが、商社やファンドからしてみれば、アパレル企業は絶好の買い時なのだが、自己勘定投資(自己資金で投資を行うため長期的に企業改革を行える)を行うエンジェルやファンドは動き出す可能性もあるが、他人資本を運用するファンドは慎重になっている。
なぜなら、前述のとおり、もし冬にパンデミックが再度発生し、ロックダウンがおきれば、算出したバリュエーションが狂い、彼らのエコノミクスが成立しなくなるからだ。したがって、インフルエンザなどが流行する11月から12月まで様子を見、コロナの猛威が拡大するのか、あるいは、ニューノーマルといわれる行動が、ウィルスを押さえるのか、はたまた、すでに200弱もの臨床試験段階にはいっているといわれるワクチンが世に出回るのかをみているわけだ。
当然、コロナ過の状況が好転すれば、世界でだぶついているリスクマネーが一気に市場に向かい、銀行のデット(貸し出し)は保全され、正しく中長期的な経営をすることで産業界は正常化され、不可思議な動きを繰り返す株価は正常化され、借金まみれとなった日本の救世主となるだろう。これが、私が想定する好転のシナリオである。
しかし、もし、単に債権とアセットの有無だけで事業シナジーもない企業への出資が強要的に行われればどうなるか。金は、「持つ者」から「持たざる者」へ流れ、死への片道切符をもった列車のスピードは遅くなるだけだろう。そして、業界は緩やかに死滅へと向かうだろう。なぜなら、そこには、事業という最も大事な競争力強化のための戦略がないからだ。かくいう私自身、自ら評論家の立ち位置と決別し、リスクをとって産業界の大きな山にタックルを繰り返している。
私は、今年、世界的な金融機関に呼ばれ、海外の投資家に日本のアパレル業界の実態を説明し、最後に世界の投資家に救済を頼んだ。自分でも、なぜあのような発言をしたのか、今思い出しても不思議だ。しかし、その後、私の話が圧倒的に面白く説得力があったと言ってくれる投資家と何社も面談した。日本には、まだまだ消えてはならない技術やブランドがある。決して戦略無きマネーの食い物にされてはならない。私は、資本主義のメカニズムを信じているが、放置プレイは時に大事なものを破壊することがある。企業や組織、技術は一度無くなると二度と元に戻らない。100年に一度の危機といわれる今だからこそ、できるだけ多くの方が現状の正しい分析とリアルの理解が必要なのである。正しい分析と理解だけがこの日本のアパレル業界を救う唯一の道だと信じている。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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