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「+J」の驚異 ユニクロが企む「ファッション領域」獲得戦略

ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2020年11月15日 20時59分

11月13日に発売開始されたユニクロの「+J」。各地で完売が続出した

11月13日の金曜日、ユニクロ公式サイトのサーバーがダウンした。おびただしい数の消費者がユニクロのサイトにアクセスしたからだ。満を辞して、9年ぶりに再販する「 + J」 販売開始日である。
ダウンしたのはサーバーだけではない。日本中のユニクロの店に人が殺到し、整理券は2時間待ち。まるでディズニーランドのようだ。旗艦店舗である銀座店では入場制限をし、100人以上が行列した店は数知れず、名古屋店ではごった返して「地獄絵図」と言われたほどだった。
この「+J」でユニクロは何を成し遂げようというのだろうか?

11月13日に発売開始されたユニクロの「+J」。各地で完売が続出した
11月13日に発売開始されたユニクロの「+J」。各地で完売が続出した

 

9年前、消えた「+J」の理由

 冒頭で示したように、日本国内で大混乱を巻き起こすほど、多くの人を魅了する 「+J」とは、世界的ブランド・ジルサンダー(Jil Sander)を立ち上げたデザイナー、ジル・サンダー氏とユニクロ(UNIQLO)のコラボ商品である。

 9年前、私は日本のアパレル某社が手がける「ジルサンダー」と、ユニクロの「+J」 を比較した論考を新聞紙面で掲載した。細身のシルエットとミニマリズムの極地とも言える小ぶりの襟は当時、ファッショニスタを虜にした。しかし、この「+ J」は突然、販売停止になる。私は整理に入ったディスカウント品を山のように買ったことを思い出す。静かに「+J」はその幕を閉じたかのように見えた。

 当時、ファーストリテイリングは米国「バーニーズ・ニューヨーク」の買収に名乗りをあげるなど、彼らが苦手としている「ファッション領域」に意地でも食い込みたいかのように見えた。広島出身の私は、同社が中国地方で壊れた倉庫のような場所で、当時のヤンキー御用達の服だった時からユニクロを知っている。

 ほんの10年ぐらい前までユニクロは「下着と家着の店」と大手アパレルから無視され続けていた。実際、フリースが大ヒットする前までの同社のテレビCMは、今のように洗練されたものでなく、「関西のおばちゃん」が下着姿で返品をするなど、自らの立ち位置を陥れていたようにおもう。しかし、その後の同社の原宿進出、禁じ手と言われた「カシミヤ」の量産を経て、世界企業の階段を登りながら、日本を代表する超優良企業に進化する過程をつぶさに見てきたが、やはり私を含めた当時からの消費者には、どこかに「所詮はスポクロ、ファミクロの延長」という意識があったことは否めない。つまり、ユニクロを見る目に、多少なりともくもりがあったわけである。

 「+ J」は、9年前、ファーストリテイリングが期待する規模に達しなかったという理由で取りやめになったといわれていたが、今思えば、登場が「早すぎた」のかもしれない。

 それというのも、「カジュアルチェーン」と言われていた同社はその後、ビジネススーツのエレガンス領域にでたり、岡山デニムの最高峰「カイハラ」(広島県福山市)と組んで、エルメスが10万円前後で販売しているデニムと同じ素材を使ってを5000円以下で販売するなど、名前だけでビジネスを展開してきたアパレル、海外メゾンの甘い脇をことごとく粉砕してきたからだ。

 

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ユニクロより大幅に高い
「+Jの客単価」が意味すること

9年ぶりに復活した「+J」。オンラインサイトでは13日、サーバーがダウン、掲載商品が次々と完売していった
9年ぶりに復活した「+J」。オンラインサイトでは13日、サーバーがダウン、掲載商品が次々と完売していった

 そしていまや同社は、自らの服を「ライフウエア」と定義し、ユニクロは決して「ディスカウンター」ではないことを公言。その結果、1点で1万円を超えるユニクロ商品が山のようにでてきたことを誰もが感じている。そして、その高単価商品の価値を伝え、きちんと売れているのである。

 実際、私も13日、仕事の合間にストールを買おうと、何度もオンラインストアにアクセスしたのだが、「+J」のカシミヤストールは瞬殺で完売、残ったウールのストールも昼過ぎには完売、夜にはページから消えていた。このテストマーケティングとも言える「+J」の狂乱ぶりは、ファーストリテイリングがいよいよ悲願の「ファッション領域」に牙城を打ち立て、それを強固なものにしたことを意味する。昨日の消費者の狂乱ぶりは、明らかに「ジルサンダーが安く買える」からでなく、「+J」を求めているからだった。

 もちろん私もそうだった。

 実際「ジルサンダーといっても、所詮はユニクロ価格だ」と調子にのって、在庫が余っている商品を無造作にポチっていた私は、総額が2万円後半に達していたことに気づき、一瞬ためらったのだった。

 その時、「ユニクロはディスカウンターではない。圧倒的なコスパで競合を圧倒している、普段着からファッション着、ビジネス着の総合衣料チェーンだ」と私は感服したのである。実際、同社が送ってくる「ブランドブック」は、年間100万円近い服の支出をしている私から見ても「格好良い」。とくに「+J」のそれは、ブランド名を隠して、セレクトショップのものだと言われても、その違いに気づく人がどれだけいるかという完成度の高さだ。重大な事実は、私の昨日の「客単価」が2万円を超えていたこと。これは、下手をしたら百貨店で買う消費者の「客単価」と同じだが、私にとっては「ジルサンダーデザインのカシミア混のニットが1万円ちょっとで手に入れられた喜びの方が大きかった。購入した人の平均単価はわからないが、従来よりも大幅に高かったであろう。この客単価の向上が示唆するところは実に大きい。

 

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価格との相関が低い!ユニクロは、

「機能価値」から「イメージ価値」へ移行

 ユニクロは、拙著「ブランドで競争する技術」(ダイヤモンド社刊)で分析した際、「機能価値」の訴求というポジションにあった。今回「+J」では、ブランドという「イメージ価値」へ移行したことを意味している。また、それは、「インナーでは負けるがアウターでは負けないよ」と高をくくってきた日本のアパレルを粉砕するほどのパワーを秘めている。

 私は同著で、「機能価値」と「サービス価値」は、価格と相関性が高く、常に競合と価格比較されると論じた。一方、日本のアパレルが苦手で欧米ブランドが得意とする「イメージ価値」については、価格との相関性はなく、良いデザインであれば価格は青天井になるという分析を、さまざまな類似事例を出して行った。

 私は、日本のファッション衣料がやがてユニクロに一蹴される時代がくることを予期していたので、同著で「イメージ価値」の生み出し方、および、競争で戦うための戦略を事細かく書いた。だが、同書は一部の経営者には読まれたが、その後絶版になり再販の予定はない。私は、仮想敵国を明確に「ユニクロ」とし、『生き残るアパレル、死ぬアパレル』を本年上梓したのだが、私の心の叫びがどこまでアパレル業界に届いているかは不明である。

 念のためにいうと、私はファーストリテイリングが嫌いなわけではもちろんなく、むしろ敬意を表している。ただ、「ユニクロかそれ以外」という構図になり、世界一へのカウントダウンが始まっている同社に比べ、ろくにキャッシュフロー、いや、「資金繰り」さえ読めず、破綻の道を歩んでいる「感覚経営のアパレル企業」に競争力を与え、産業崩壊を止め健全な競争を取り戻すために、活動を行っている。

 私は、30年この業界を見てきた。まず、天然紡績が日本から消え、タイムベース理論、いわゆるQR(クイック・レスポンス)で復活したかと思われたアセンブリ工場(縫製、編み立て工場)が、既述のZARAの MD戦略によって蟻地獄に陥り国内生産比率が総生産の3%以下まで下がり、まさに、消滅間際になっている現実。そして、最後のアパレル、リテーラーまでもが新型コロナウイルスで総赤字となっている今、最後の戦いを演じている。

 過去、デフォルトに陥ったイタリアのファッション産業は、東欧州の安い人件費と戦うため、フランスのOEM国家という屈辱的立ち位置から、産官一体となりフィレンツェに世界のトップデザイナーを集めた「ファクトリーブランド」戦略を実行することで生き延びた。また、アメリカは、通称DAMAと呼ばれる産官学の三位一体で、タイムベース理論を生み出し、時間がキャッシュを創出するというTOC(制約理論)でQR、SCMを生み出し中国と戦った。さらに、最近の事例でいえば、ドイツが完全無人倉庫を作り、受注生産(トヨタJIT生産方式)をアパレル・雑貨に導入し、インダストリ4.0というデジタル技術で戦っている。

 こうした世界各国の動きにたいして、日本が過去30年で行ってきたことは、商社・アパレルによる「南下政策」であり、果てしないコスト競争だった。そして、多くの工場は死滅に追いやられたが、戦略なきコスト競争の先には崩壊しか待っていないことをしるべきだろう。

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)

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