「ECは安上がり」の大勘違い 5億円売上げるためのマーケティングコストは1億円を超える事実
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2021年1月25日 20時55分
ますます業績悪化に歯止めが掛からないアパレル業界で仕事をしていると、未だに基本が分かっていない「感覚経営」に出くわすことが多い。その最たるものがECだ。彼らはいう。「リアル店舗は、金が掛かる。什器を買わねばならないし人も雇わねばならない。ECであれば、ホームページを格安に立ち上げて、買い物かごをつけてシステム料を払えば、後は商品を送るだけ。ECでビジネスをしよう」と。この恐ろしい勘違いを正していきたい。
「小売」を舐めている製造業や商社
冒頭の発言は、卸問屋やメーカーなどによるもの。著名なコンサルタントの指導を受け、「今の小売に任せても安売りされるだけだから小売を飛ばしてやろう」と考え、実行しているのだ。
その結果は酷いものだ。彼らはいずれも、適当な計画でホームページを格安につくり、大赤字に陥っている。利益がでているところは皆無に等しい。
かくいう私も、もともとは商社出身でものづくりが専門だったから「安売りされるだけだから自分たちで売ろう」という気持ちは分からないでもない。しかし、20年前にコンサルタントに転身してから、SPAアパレル、リテーラーの仕事がメーンとなり、いかに自分が「小売ビジネス」を舐めていたか、「小売ビジネス」の難しさと技術の高さを嫌というほど学んだ。
ではなぜECが難しいのか、そして、億円単位の費用がかかるのか、解説しよう。
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Amazonと楽天、ZOZOでECは十分
衣料品に限らず、食品、雑貨、化粧品、なんでもよいが、自分の周りの人間に「必要なECサイト」について、聞いてみて欲しい。きっと、大多数の人は、「Amazon、楽天、(ファッションは)ZOZOも加わるが、その2つ、あるいは3つでECは十分」と答えるはずだ。
そんな中で、例えば、新しく衣料品のECを立ち上げても「誰も知らない」まま放置されることになる。ググってみればわかるが、最初のページの1枚目から3枚目までは、Amazonか楽天だらけで、その後ろに数千という埋もれた独自サイトが山のようにでてくる。 酷い連中になると、浅はかな知識で「有名人に着させれば良い」とか「SNSで拡散すればよいだろう」などという。今、約6兆円のアパレル市場を形成している女子達には、有名人が着たら服を買うという化石時代のマーケティングなど一切通用しない。インスタで素人も芸能人の分け隔て無く、好きなライフスタイルの人間を追いかけイメージ想起する。そして、休日にお買い物にいって店で商品を見、仕事が終わって夜、自宅でホッとしたところでZOZOや楽天ファッションでお買い物を楽しむわけだ。適当につくったホームページに買い物かごが付いているだけのものなど、出会うことさえしないだろう。
5億円の売上を作るためのマーケティングコストは1億5000万円
CPAという言葉がある。これは、Cost per acquisition の略で、顧客一人の情報、そして、できればクレジットカードの情報を登録してもらうのにお金がいくらかかるかという指標である (最近は、EC拡大により後払い決済も増えてきた)。
CPAは、お金をかけたマーケティングコストに対して、お客様を「獲得」する概念だが、低ければ低いほどよい。例えば、シニア市場であれば、やはり雑誌や新聞広告の効率がよい。その場合、掲載ページには、健康食品や化粧品などの販売商品が載っており、お客様はダイレクトに商品を買うことになる。これは、専門用語で「Conversion (お買い上げ)のCPA」ということになる。しかし、もっと若い世代をターゲットにするのであれば、デジタル広告により、例えばインフルエンサーなどを使って自社モールへ誘導し、モールへユーザー登録するがお買い物はしなかった、という場合も顧客情報を登録したことになり、これもCPAである。前者の場合(ダイレクトにConversion <お買い上げ>までもってゆく場合)、CPAは20,000円を超え、後者の場合であれば、モールの魅力にもよるが、500円〜1000円というところとなる。
しかし、前者の場合、お客様は商品を買ってくれるから、販売による売上粗利(正確を記すなら限界利益)をCPAからマイナスしたものが赤字幅となるが、後者の場合(顧客情報を登録しただけ)、同じ計算式をつかって計算し、「黒字になっている」と喜んでいる人もいるが、マーケティング施策はモールに登録しただけで、Conversion(お買い物)まではたどり着いていない。つまり、貯まった顧客に対して、なにかしらの購買誘引施策コストまでセットで考えなければならず、これまた20,000円を超えるケースがほとんどなのだ。腕の立つマーケターであれば、10,000円ぐらいでやる人もいるが希である。
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それでは、仮にCPAが極めてうまくいったとして、15,000円だとしよう。
今の衣料品の平均販売価格は4000円というところで、粗利(限界利益)が40% (多少のオフ率を加味して)であれば1600円だ。つまり、10個売ってはじめて1000円の利益となる。それでは、5億売上をつくるための費用はいくら必要で、利益はいくらになるかを考えてみよう。
5億の売上を作るためには、平均単価が4000円の商品は12万5000個売らねばならない。月額に直せば、毎月約1万個である。このあたりで、大体腰を抜かすことになる。さらに、そのために必要なマーケティングコストは、売上を5億円とすると4100万/月となり、この50%がリピート顧客、50%を一度きりの離脱顧客とすれば、マーケティングコストは合計で約1億5000万となる。本来は、こんな簡単な計算でなく、セット率、離脱率、リピート率など複雑な式で計算しなければならない。一度買った客の50%が12ヶ月毎月買うなどということはあり得なく、(ロイヤルカスタマーでも年間で5-6回だ )ので、さらに精緻に計算すれば、マーケティングコストはもっと上がるだろう。
加えて、ここで得られる利益である。粗利 (限界利益)を40%とすれば、5億円の売上で粗利は2億だ。本来は、売れ残った在庫の償却、値引きなどが加わるのだが、神風が吹いて、商品が全てオフ率一桁台で売れたとしても、マーケティングコストが1億5000万円掛かるので、残りの5000万円から人件費、システム減価償却、個配の物流費などを引いて、はじめて営業利益が出る。
人員を、例えば年収500万の人間が3名で1500万、物流費が売上の5%で2500万、システム開発に1000万で5年減価償却として200万円で合計5200万円。締めて、200万円の赤字である。つまり、5億の売上を上げるために、3人の人間で仕入れた、あるいは、作った商品をすべて定価で売り切り、CPA to conversionが15000円というプロフェッショナル級のマーケターを使って、1億5000万円もかけて200万円の営業利益の赤字となるわけだ。
これがECである。では、赤字を避けるためにはどうすれば良いのだろうか。
楽天やAmazonに安易に出店するのは、顧客を奪われるだけ
赤字を避けるためには、ブランド力を強力にし、顧客の離脱を食いとめ、セット率を上げて客単価を上げることだ。また、RFM分析(最終購入日、購入頻度、累計購入金額の3つを使って顧客をランク付けする手法)という手法を駆使し、顧客を差別化してロイヤルカスタマーの比率を上げる、また、ロイヤルティプログラムを仕掛けて売上に占めるロイヤル顧客の比率を上げるという技術が必要になる。通販ビジネスをやっている人であれば常識であるが、やったことがない人にはチンプンカンプンだろう。最近では、RFMはもう古いということで、AIなどを使って、さらに複雑な計算をしてリテンション・プログラム(お客さまに何度も購買してもらうシステム)を活用している企業が多い。
驚くことに、大赤字になって素人がさらにやる失敗は、「では楽天やAmazonに出店すればよい」と考え、モールへの出店を行い、さらに上前をはねられる、というものだ。そして、自分たちの商品やブランドを気に入っている消費者も、根こそぎモールに奪われるのだ。
Amazonなどは世界で数兆円というマーケティングコストをかけた最新の技術を使い、クロスセル、アップセル、追加購入からサンクスメールまで自動化され、コールセンターも週末も稼働し、物流費も無料、ついでに映画も見放題というサービスを展開している。 気付けばあなたの会社が何億円もかけて貯めた自社顧客の80%は休眠となり、アクティブは20%。四面楚歌の状態に陥ることになるわけだ。再建屋の私が、こうなった企業に呼ばれたことは1〜2度ではない。
パソコンショップのホームページ作成ソフトを1万円ぐらいで買って、買い物かごをつけ、一生懸命倉庫から配送すれば楽勝だ、と考えて自爆する人は、私が上記のような、極めて単純化した説明さえ何を言っているのか理解さえできないだろう。流行の芸能人に服を着せ、見よう見まねでつくったブランドを適当に売れば大儲けなどという夢は捨て、まずは基本を学ぶことだ。もう一度言おう。今、消費者はAmazon、楽天、ZOZOで十分なのだ。そこに存在感を表すことがいかに難しいかということを考えてみればよい
SPAという言葉が流行って、数十年経つが、私が知る限りECも含めたリテールオペレーションと、ものづくりにおけるバリューチェーンの最適化を両面で成し遂げている企業はごくわずかである。先ずは、やってみようという気持ちは大事だが、今の世の中で自前主義ほど怖いものはない。
(ゼロから立ち上げるのであれば)ECはリアル店舗以上にコストがかかるという事実をよく認識してもらいたい。また、何億円もマーケティングコストをかけても黒字になることは、よほどうまく利益率を高める努力をしなければ無理であるということも覚えておきたい。ECは、世界中の人が同じサイトをみており、Amazonや楽天が拡大すればするほど、消費者も企業もwin-winとなる。もはや、ワンクリックで世界中から商品をかき集め、翌日に届けてくれる巨大企業に対して、よほど精緻な戦略がなければ、勝ち目などないことを知るべきだ。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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