物流、モバイル強化の布石に見えるも…資本業務提携した楽天と日本郵政に多難が待ち受ける理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2021年3月15日 20時55分
2021年3月12日、楽天(東京都/三木谷浩史社長)は第三者割当増資にて日本郵政グループから1500億円を調達した。第三者割当増資というのは、特定の第三者に限定して新規発行株式の引き受け手となってもらい、資本注入を行うことをいう。なぜ、三木谷氏は日本郵政に第三者割当増資を行ったのか、また、その戦略は各種メディアが報道しているように後発参入である楽天を、NTT docomo(ドコモ)、au、SoftBankにならぶ四大キャリアへ導くものなのか。私の分析をご紹介しよう。
楽天の地上戦参入が本格化
2020年に上梓した拙著『生き残るアパレル死ぬアパレル』(ダイヤモンド社)で、楽天はリアル店舗にM&A(合併・買収)をしかけ、空中戦から地上戦を統合したオムニチャネル戦略を実現し、楽天王国をつくり上げると予言した。実は、今回の増資は日本郵政グループからだけでなく、中国ネット大手のテンセント・ホールディングスの子会社、米小売大手のウォルマートからも、それぞれ657億円、157億円を調達している。
テンセントと聞けば、「ああ、楽天は中国進出をねらっているのだな」と、なんとなく分かるが、米国ウォルマートと聞いて「あれ」と思った人はいないだろうか。そう、ウォルマートは2020年まで西友を傘下に収めてきた米国企業である(現在の出資比率は15%)。すでに楽天は米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)と組んで西友を買収し、大きな伸びが期待できるネットスーパーの強化をもって、地上戦に出ていたのである。これらはまさに、私の予言通りだったわけだ。通販企業のニッセンを配下に持つセブン&アイ・ホールディングスの空中戦が、ほとんど成功したとはいえず、イオンのネット戦略も存在感が依然薄いいま、楽天のようなネット企業の空中からの地上戦(リアル店舗の買収)参加が、「帝国設立」に最も近いように思う。
私だけが知りうる、楽天と日本郵政の提携がデジャブの理由
日本郵政といえば、古くは小泉純一郎元首相の郵政民営化にたどり着く。詳しくは関連書籍などに譲るが、郵政事業はこれまで国民の血税を自由に使い赤字事業を次々と行うなど問題が起きていた。そこで、資本主義の厳しい競争にさらすため、民営化を行った後2015年に東証一部に上場したのである。具体的には、持株会社である日本郵政の下に銀行業務を行うゆうちょ銀行、保険業務を行うかんぽ生命保険、そして郵便(宅配)業務の日本郵便の3社がぶら下がる。
いままで金の心配も無く、ある意味、いい加減な事業計画で好きなようにやってきた人達が、投資だ価値算定だ、マーケティングだなどといっても理解さえできないように思う。仕組みを変えても人はついてこない、典型的な事例だった。しかし、このように鳴かず飛ばずだった同社の事業を浮上させるため、政府はあらゆる手をつくしてきた。
当時、三越伊勢丹ホールディングス(東京都)が業績不振の関係会社再建を本格化するため、「徹底的に調べ、日本で最も信頼できるターンアラウンドマネージャ」として私に声がかかった。これは、三越伊勢丹のカタログを全国に2万4000店舗もある郵便局を利用して販売し、両社の業績を浮上させるという戦略だった。どこかで聞いたような話ではないか。そう、私は今回の楽天と日本郵政の提携がデジャブでならない。
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全国2万4000の郵便局 ネックは顧客が高齢であること
「郵便局2万4000店舗」といえば聞こえが良いが、お客の平均年齢は、私が同社の支援をしていた10年前ですでに70歳を超えていた。その後、郵便局の客層が若返ったなどという話はきいたことがない。また、現場では、局員に対するインセンティブが曖昧で郵便局員は物販などに力を入れない。2万4000店舗と聞いて、「これはチャンスだ」と感じる人は、学者か現場を知らないコンサルだ。リアルビジネスでは、「そんなに人がいて、どうやって動かすのか」と心配するだろう。日本郵便といえば、局員による「自爆営業」(ノルマを達成するため自分で商品を買うこと、元々この言葉は日本郵便の社内隠語だ)が、いまなおメディアでは定期的に取り上げられており、この点も懸念される。
すでに楽天と日本郵政は昨年12月、物流事業での包括提携を発表している。これは、全国に張り巡らせた楽天の物流網でもカバーしきれない山間部や農村部にも商品を届ける、いわゆるラストワンマイルをねらったものである。郵政事業は、良い意味で競争に晒されていないから、収益性が悪化するような場所にも郵便局があった。したがって、買い物不便地帯にお住まいの消費者に商品を届けることが提携の目的だったのだろう。
しかし、このセグメントで圧倒的に強いのは生活協同組合の共同購入(グループ配達)である。都心部中心に個別配送が増えているが、共同購入というのは、カタログから選んだ野菜から下着までの生活に必要なものを、買い物不便地帯であっても自宅近くまで、毎週決まった曜日・時間に届けてくれるサービスだ。
今回の資金調達の背景には、楽天の物流網を日本全国津々浦々に行き渡らせたという実績が大きく関与したのだろう。そこから、「もっといろいろできるのではないか」という具合に話が膨らんでいったのではないかと思われる。
しかし、各種メディアが報道している通りに、郵便局がドコモやSoftBankの店舗のようになると思ったら大間違いだ。競合の実店舗でさえ機種交換のためにお客が待つ時間は長期化しており、渋谷のSoftBankショップでは、1階に2時間の映画が見れるスペースがあるほどだ。1時間待ちが当たり前の機種交換(日本で携帯をもっていない人はほぼいない)を、素人の局員にできるだろうか。それほど、この業務は、効率を重視するとともに、個々の担当者にコンサルティング能力が必要だからである。
しかも、郵便局を訪れるお客は70代以上の高齢者がメーンである。先行して価格競争をしかけた楽天だが、競合がどんどん追随した結果、今では各社の価格差はほとんど無くなっている点もその難易度を上げている。
もちろん、百戦錬磨の三木谷浩史会長兼社長だからなんらかの手立ては打っているだろう。だが、こうした経験をした当事者としては、郵便局がドコモやau、SoftBankショップのように変化するイメージは全くない。AIを設置するなどといっているようだが、どこに、どのようなAIをおくのか。そんなことが簡単にできるなら、とうの昔にドコモやSoftBankがやっているだろう。結局、この資本業務提携は、携帯事業参入による投資資金をさらに必要とする同社が財務基盤を強化するために、資金調達先としてよいスポンサーを見つけたというのが本音ではないだろうか。
郵政、テンセント、ウォルマート 三者三様の思惑を束ねる三木谷氏のリーダーシップ
この手の提携事業には、必ず内部で「我田引水型の綱引き」が行われる。それぞれが、これだけ巨額の投資を何の見返りもなくするはずがない。業務設計が詳細化すればするほど総論賛成、各論反対が巻き起こり、そんなはずではなかった、ということになる。かほどM&A(合併・買収)や提携事業は難しいのである。ましてや、中国のテンセントやウオルマートまで絡んでいる。このジグソーパズルを綺麗に解くことができるのだろうか。まさに、三木谷氏のリーダーシップが試される時だろう。
実際、私自身がこうした事業提携の場に幾度もかり出され、ステークホルダー同士のまとめ役として議論の仲介役を勤め事業提携をしてきた経験は数度ではない。今でも私の仕事の多くはこうした仕事がメーンである。優秀な第三者を使い、利害調整を綿密に行うことが成功のポイントだろう。
さて、ネガティブなことを多く語ってしまったが、私は、三木谷氏を心から尊敬している。孫氏率いるソフトバンクグループは別として、これだけ大がかりな事業に、桁外れの資金調達を成功させ、みずからリスクをとり、物言う株主まみれになりながらも5G時代の競争に参入できるのは、三木谷氏をおいて日本人にはいないだろう。
私は、IFIビジネススクールで教鞭をとっているが、昨今の企業の業績悪化における経費節減のセコさは信じられないほどだ。数千億円規模の企業が人の育成のための経費、たったの数十万円を絞っている。それに対し、器の大きな経営者は、巨額の資金調達を行い、人づくりとものづくりをし、大きな投資であるコンサルも徹底活用し、本気でトランスフォームを進めている。
これからの経営者は、チマチマしたセコさで利益を積み上げ、業績が悪化したら、また、チマチマとリストラし従業員のモチベーションを低下させる人でなく、使うべきところに思い切りお金を使い、綿密に計算された戦略をもって大胆に、かつ繊細にビジョンを実現する人になるだろう。三木谷氏を心から応援したい。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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