ライフウェアは完成形に!+Jが可能にするユニクロ全方位戦略のすごさ
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2021年3月29日 22時7分
3月19日は、ファッション好きが待ち望んでいた日だった。ファーストリテイリングが放つ本格世界ブランド「+J」の春夏物の販売日だったためだ。今回はファーストリテイリングがいま、+Jを使って完成させようとしていることは何かについて、またこの躍進は日本のアパレル産業の歴史において、なぜ、そしてどこから生まれてきたのかについて冷静に分析したい。ユニクロだけを絶賛し、変革の苦しみの途上にある両者を全否定する論調からは何も新しいことは生まれないのである。
ファストリのライフウェア戦略は+Jが完成させたと言える理由
あらためて説明するまでもないが、+Jとは世界的ドイツ人デザイナー ジル・サンダーの頭文字を取ったものだ。つまり、ユニクロ品質・価格競争力に、ジルサンダーのデザインテイストをプラスした商品が+Jで、2020年に再登場 (2009年にファーストリテイリング社とジル・サンダー氏はデザインコンサルティング契約を結んだ)したときは、朝からウエブサーバがダウンするほどの白熱ぶりを見せた。メンズ商品でいえば、ドレスシャツをわずかに残すのみでニット、ストールなどはその姿さえ見ることはできないほど完売状態だった。今回もやはりニット・カットソーの類は数日で完売していた。
私はシルク混のニットを2枚手に入れた (+Jは、同一品番は一人1枚、最高5枚までしか買えない)のだが、ありとあらゆるニット製品を作り、世界中の糸を触ってきた私が、その肌にまとわりつくようなドレープ感 (シルクが持つ独特のたわみ)に味わったことのない着心地を感じ、これが糸の宝石「カシミア」の春夏版かと納得し、またその正規上代価格が6000円以下であることに二重の驚きを感じた。この+Jの春夏版は、なんと、追加生産を行い4月中旬に再販をする告知を行っている。
経営コンサルタントとして、仕事ではファーストリテイリング以外のアパレル企業に発破をかけ、競争力を持たせてこのファッション業界に健全な競争を再燃させることに力を注いできたが、一消費者としては無類のユニクラーである私の洋服ダンスのユニクロ率は年々高まっている。
私のように、ユニクロのコスパは認めるものの、どこか野暮ったい色やスタイルに買うものを選んでいる層は確実にいるのだが、この+Jは、こうした層にリーチしている。
ところでこの+J、必ず欠品するのは、同社の販売力から言っても不思議だ。なぜなら、同社は、銀座という高級立地でさえ高い予算を作り赤字は認めていないからだ。
つまり、+Jはあえて生産量を落とし、希少性をだすことで、同社悲願の「プレミアムブランド」を作り上げた。それによりファーストリテイリングが提唱する「ライフウエア」という第三軸(後述)を完全なものにしていると私は見ている。悲願だった「プレミアム・ブランド」パワーを、ダブルネーム(自分以外のブランドの名前を使うことでブランド力を高める手法)によって成し遂げたわけだ。
ファーストリテイリングが成し遂げた、真の偉業とは
![「ユニクロとその他」になぜ、これほどの差が生まれたのか](https://diamond-rm.imgix.net/wp-content/uploads/2021/02/15a16fc313e6554527f6a2cb596bb8aa.jpg?auto=format%2Ccompress&ixlib=php-3.3.0&s=87ad5334700121c6a4c948a818f33208)
ファーストリテイリングは07年、米国ジョーンズ・アパレルグループ傘下の米バーニーズ・ニューヨーク(当時、バーニーズジャパンの経営権は住友商事が持っていた)に対し1000億円以上の価格提示を行いドバイの投資会社イスティスマールとの買収劇を演じ、日本で「ユニばれ」(ユニクロを着ていることがばれると恥ずかしいという意味)などと揶揄されてきた状況から脱却しようとしてきた。しかし、無念にもこの買収劇は敗北で終わった(その後、米バーニーズは2019年に経営破綻する)。
こうした歴史から同社は、M&A(合併・買収)によるファッション衣料への進出から、一気に方向転換したのではないだろうか。
従来の「ベーシックかファッションか」という根拠なくわれわれが盲信し続けてきた二元論に対し、「そもそも人にとっての服とは何か」という哲学的問いをわれわれに課した。自らを「ライフウエア」と定義づけ、今までの常識とは異なる発想による施策、つまり、日本のアパレルが遵守してきた「1ブランド・1セグメント」を打ち破り、1ブランドですべての層を満足させるNo age No sex、No taste戦略を体現。ファッションでもベーシックでもない第三軸をつくり上げたというわけだ。そして、「しょせんは、肌着と下着の店」といわれてきた汚名を晴らしたのである。
実は、ジルサンダーと聞いて最初に「なるほど」と感心したのは、ジルサンダー(とセオリー)のデザインは非常にシンプルで、デコラティブ (装飾性が高い)でないものだったからだ。ユニクロというブランドが正常進化していった先に僭越ながらジルサンダーやセオリーの姿が見えたのである。
そして、この全方位戦略は、今までとは考えられないほどの破壊力を持つことになる。いわゆる従来のセグメンテーションで言うところの「ベーシック・機能衣料」をユニクロとすると、エレガンス・フォーマル領域をビジネススーツ、フォーマルウエア、ファッション領域をデコラティブ(装飾的)、そして、子供服までも手がけ、もはやユニクロは全ての衣料品をカバリングしていることになる。こんなブランドは日本にはない。あるとしたら無印良品だろう。従来の定石は、ブランド・ポートフォリオといって、1000億円規模のアパレル企業が、20〜30の異なるセグメントの複数ブランドを分散させてトレンドの不確実性に対応するというものだったからだ。
無論、ユニクロ躍進の背景には、グローバルSPAの日本上陸や社会不安からくる人々の衣料品に対する支出低下 (1990年の世帯別年間支出、約30万円が2019年は14万円以下に落ちた)なども無関係ではないだろう。また、いわゆるニューノーマルといわれる、オンとオフの境目がなくなる日本人のライフスタイル変化も、同社のプレーンなデザインを広めるトリガーとなったように思う。しかし、こうした背景的な後押しがあったとしても、柳井正氏の経営者としての先見性とマーケティングセンス、そして、何より一貫した哲学は素晴らしいと言える。
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ジルサンダーつながりで、巨頭オンワード樫山の話をする理由
![オンワード樫山によるスーツのオーダーメイドサービス「KASHIYAMA the Smart Tailor」](https://diamond-rm.imgix.net/wp-content/uploads/2020/03/5ba897d6d697425ab4b38f14e988b482.jpg?auto=format%2Ccompress&fit=crop&h=361&ixlib=php-3.3.0&w=680&s=1628424efd3c19b1600492c0c65372b5)
ここからは、日本アパレル東西の巨頭、オンワード樫山とワールドの強みと功績を挙げて、ファーストリテイリングの躍進は果たしてどこから生まれてきたのか、について冷静に分析していきたい。ユニクロだけを絶賛し、変革の苦しみの途上にある両者を全否定する論調は、誤りだ。
さて、ジルサンダーつながりで、まずはオンワードと商社の話をしたい。
実は、「ジルサンダー」という商号は、2014年以降オンワードホールディングスが保有しており、グローバルで販売を行っていたことは意外と知られていない。だが、2021年3月6日付けの繊研新聞によると、オンワードイタリアが持つジルサンダー(企業名)の全株式を、ディーゼルなどを保有するイタリアOTB社に譲渡し、その歴史を静かに閉じたようだ。
オンワードホールディングスといえば、名門企業、オンワード樫山である。同社は、われわれバブル世代にとってみれば、今でいえば「ファーストリテイリング」となんら変わりはないほどのビッグネームである。私の出身商社である日鉄物産(旧イトマンという名前をあえて使いたい)は、オンワード樫山とともに育ち、ともに日本一となった。私はその海外のニット糸を世界中から調達する仕事をし供給していたが、当時のオンワード樫山の戦略は極めて斬新かつ大胆なものだった。
同社の戦略は、「世界で最も良質な素材(イタリア糸)を、世界で最も工賃の安い場所(中国)で作り、世界で最も高く売れる場所(日本)で売る」というものだった。当時、私が所属していた商社は、生産拠点を日本から海外に移転し、素材から製品組み立てまでを世界のどこでも生産できるノウハウを持つ人材とノウハウをもっていた。そこでは、今では考えられないほどのダイナミックな世界最適調達を行い、複雑な貿易障壁をものともせず、オンワード樫山がそれを受けて市場で販売するという共同作戦で、
樫山は、横文字ばかりのブランドの中で、おそらく日本初となる漢字によるブランド名「組曲」を1992年に発表し、日本人の度肝を抜いた。また、今井美樹をイメージキャラクターに起用してテレビCMを流し、多くの女性が憧れるブランドとなった。こんな素晴らしいブランドの仕事ができることに私は興奮し、破産した企業で途方に暮れていたことなど忘れていた。
戦後最大の経済事件と呼ばれる90年のイトマン事件後、同社の収益部門は大手商社に人員ごと引き抜かれてバラバラに解体された。当時イトマン海外繊維部にいた私は、全世界から送られてくるテレックス(当時、総合商社は海中回線を引いて世界中のオフィスと通信をしていた)に書かれた
「無念、本支店は本日を持って閉鎖」
の書類を悲しみに暮れながら先輩の席に配っていた。しかし、私達は、その後、若い力を持つ先輩達とともに知恵と力を絞り、名門商社イトマンを復活させ、オンワード樫山躍進を再び支えたのである。
※経営悪化したイトマンを買収し繊維部門を加えた住金物産は、2006年東証一部へ上場を果たす。住金物産はその後日鐵商事と合併し日鐵住金物産となり、19年に日鉄物産に商号変更され現在に至る
真逆の特徴と強みを持つ 東のオンワード、西のワールド
日本では敵無しといわれた当時の繊維商社住金物産にアパレルの雄であるワールドがアプローチしてきたのは必然だった。そして、ニット担当は私だった。ワールドと樫山の両者の物作りを経験した私は、オンワード樫山とワールドは全く企業文化が異なっていたことに驚いた。
ワールドは、今で言うタイムベース理論、つまり、時間優位の戦略を取っていた。そして、それは、日本中を巻き込んだ、QRAIという活動(いわゆるサプライチェーンマネジメントを業界全体で最適化しようという動き)に発展し、当時、米GAPが採用し大成功したQR (Quick response) 、そして、SPA ビジネスモデルへと発展していった。
ワールドの戦略は、オンワード樫山とは真逆だった。極めて高いイタリアの素材を生地糸でわざわざ日本に空輸して輸入し、長野県の染色工場に生地糸(染める前の生の糸)でストックする。そして、週末販売データを見て、信じられないスピードで素材を染色し日本の工場で編み上げて納品していった。しかも当時はパソコンなどなかったので、すべては手書きの資料と紙のファイルで行ったのである。
ワールドの手法は、やがて、Piece dyed (製品染め)と呼ばれる染色技術に発展し、アジアで、生地糸製品編みを行い、生機の製品を染色工場で染めるなど、ダイナミックな商社の動きと連動しながら利益をあげていったのである。当時の、ワールドのプロパー消化率は80%を超えているといわれていたが、分析すべきは投入量に対する正規価格の販売割合でなく、いわゆるQRによる機会ロス(欠品)の撲滅である。当時、同社は欠品をデータ化し、その機会損失を埋めることは、不確実性の高い企画力を高める以上に効果があると考えていた。
当然、世界最適調達を行っているオンワード樫山とは製品納品価格は天と地ほど違うわけだが、彼らは、今で言うキャッシュフロー経営と欠品撲滅(当時は、余剰在庫以上に機会ロス最小化のほうが重大だと思われていた)を狙っていた。
オンワード樫山の仕事をしていたときは、「時間」より「コスト」だったのが、ワールドは「コスト」より「時間」を重視していた。両者は、アプローチが異なるだけで狙いは同じ、成長市場の利益最大化であった。
さらに、ワールドはSPARKSという業界を変える戦略をとる。当時、スーパーやコンビニでは常識だった「52週MD」をアパレルに採用し、商品回転率や交差比率など独自のKPIを開発し、アパレル業界のデファクトスタンダードと呼ばれるUVASシステム(アパレルのMD分析パッケージ)を作り上げ、そのライセンスを一般公開したのである。そして、日本中のアパレルがこのUVASを採用していった。
今、ワールドはクラウド技術を使ったデジタル・プラットフォーム戦略を打ち出している。同社にはこうした過去の成功事例があるからこそ、一見大きな業態転換に見える業務改革を受け入れる素地があるわけだ。連日のように報道される同社のリストラやリテール事業からの撤退も、私は事業モデルの転換戦略(物販からプラットフォーム事業への転換)ではないかと見ている。
逆に、オンワードは、もともと企画力で成長してきた会社だ。ワールドのようにプラットフォームだけを提供する会社にはなり得ない。同じアパレル企業といっても、その出自や企業文化によって得手不得手がある。
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さて、私が普段は語らぬ「昔話」に時間をとったのには理由がある。それは、企業経営というものは、その時によって何が正しいのかという軸が変わってゆくということである。オンワード樫山とワールドの戦略を裏からリアルな体験をしながら支える立役者として仕事ができた経験、そして、その後、経営コンサルタントとして、ユニクロが従来の常識を次々と破る戦略で革新的な成長を遂げるさまを見てきた。私は、アパレル産業が持つ歴史の重みと深みを感じるのである。
私はよく「本物の経営コンサルタントなら、文章など書く暇など無いだろう」と揶揄されることが多いのだが、私にはこうした歴史の真実を語り継ぐ責任があると思っている。なぜなら、今、アパレル業界は「言われっぱなし」で、アパレル側からの真実の声は何も聞こえないからだ。
オンワード樫山は、百貨店依存率が非常に高く、それを今の視点で批判する人もいるが、当時、百貨店に事業集中することは正しい戦略だった。実際、同社は幾度も過去最高益を更新していた。
また、ワールドの過剰な数字、データ重視による企画の弱体化を批判する人も多いが、当時は、市場、いわゆるDCブランドとよばれる領域は成長しており、そこに向けた欠品の撲滅とデータによる感覚経営の排除は、すくなくとも今のアパレルビジネスの経営管理に絶大な影響を与えた。ワールドの戦略は、当時、アパレルビジネスに多大な売上と利益を企業にたたき出す解法だったのである。
しかし、東西両巨頭達は時代の流れには勝てなかった。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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