脱トレードで問題解決業をめざせ!アパレル商社の生き残り戦略が「デジタル」ではない理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2021年4月5日 20時55分
今回は、いまもっとも厳しい岐路に立つ商社繊維部、繊維商社の生き残り戦略について書き綴った。その理由は、商社繊維部、繊維商社が生き残り戦略として「デジタル化」を中心軸においているからだ。
私からいわせれば、「デジタル化」は特にこれらの業態の魔法の杖ではない。生き残りの必要条件であっても十分条件でないのである。むしろ、もっと本質的なところでビジネスモデルの転換を図る必要があり、デジタル化はそれを支援する改善手法である。しかし、どうも昨今の動きを見ていると一部の商社繊維部、繊維商社以外は目的と手段が逆になっているような気がしてならない。商社の戦略とは、「商社の本質」をさぐることで明らかになる。目の前の改善に惑わされることなく、今本当に何をすべきかを考えて頂きたくて筆を執った。
在庫は善か悪か?
私がまだ駆け出しの商社マンだったころだ。アパレルのOEM事業を日々こなしていた私が、上司と一緒に営業の帰り道を歩いているときだった。私が上司にこう聞いた。
「質問があります。我々が在庫を持つ意味はなんですか?」
その上司は常に原理原則論に立ち返る優秀な人だったため、私はいつもこのように質問攻めにしていたのだ。彼はこう答えた。
「ない。商社にとって在庫は悪だ。絶対に持ってはならない」
私は、不思議な気持ちにさせられた。なぜなら、「在庫年齢表」(在庫別に滞留期間を表す表)には、在庫だらけだったからである。
その後イトマン事件(1991年に起きたバブル崩壊のきっかけとなった事件)の渦中では、当時のトップから「とにかく、在庫を全部吐き出せ!臭い在庫は絶対に残すな」という号令が下った。
かくして私は、骨の随まで「在庫は悪である」という意識を身につけたのである。
私が新入社員で配属された名門商社イトマン海外繊維部は、旧安宅産業という相場取引で破綻した巨大商社の繊維部を吸収合併した事業部である。当時のイトマンには住友イズムといって、リスクを絶対にとらない風潮があった。例えば、海外との取引でも、「為替を買う」ことは絶対に許されなかった。逆に言えば、どれだけ少額の取引であっても、例えば、数ドルの取引であっても午後の3時までに銀行に為替予約のスリップを細かく入れる。また、為替が100円を切って大儲けできそうだと感じても、取引先からの発注がなければ絶対に為替をつなぐことはできなかった。思えば、破綻した商社繊維部、繊維商社はみな(当の本人であるイトマンがダークな取引で破綻したのとは別として)相場取引(為替、在庫、原料相場など)で失敗し経営破綻している。
相場というのは、儲かるときには思い切り儲かるが、相場を100%の確立で当て続けることは不可能だ。「儲かった」と調子にのって相場張るも、相場が逆に振れれば大損失を被ることになる。商社とは、商流の間に入り商材を右から左へ流すビジネスが主流。したがって、粗利益率(売上から原価を引いたものの売上に占める比率)でさえ極めて少なく、営業利益率にいたっては一桁台ということも多い。だから「一件でも引っかかったら(回収できなかったら)、取り返すのに10年はかかる」とよく言われたものだ。
得意先もいないのに、工場をどんどん回し、在庫を積んで売りにゆく製造業とは全く違っているのである。
経営コンサルタントになって、最初に喧嘩した理由は「在庫」
33歳で商社繊維部、繊維商社を辞め、経営コンサルタントになった。そこで、私は小売チームに配属され、パートナーと言い合いになった。体育会で育った私は基本的に上司に対して従順だったが「在庫」についてだけは曲げられなかった。ディベートの論点は「在庫」である。
当時、世界を代表するグローバルファームに入社した私がどうしても納得しなかったのは「在庫」についての見解である。当時のパートナー(コンサルティング会社の最高職位)は、「在庫とは売るために必要なもの。持つべきものだ」といい、
私は、「在庫は絶対にもってはならない。製造業を除く全ての企業は在庫レスを目指すべき」というものだった。今でこそ、多くの人は私の主張を支持するだろうが、それでも、この数年のことだ。このディベートは20年前のものだったが、今から5年前でも未だに「適正在庫であれば持てば良い。在庫がなくてどうやって売上をつくるのだ」という意見が支配的だったし、今でも多くの人はそう思っている。それでは、その「適正在庫」とはどうやって見分けるのか、というのが私の主張である。それがわからないから、在庫は売上(利益)にもなれば損失にもなる。
相場取引にはまり破綻へ 多くの企業がいまも学べない理由
相場とは、比喩的に得にも損にも、どちらに振れるか分からないものという意味がある。しかし、確実に勝てると確信できる状況もある。例えば、輸入をメーンに仕事をしている商社繊維部、繊維商社であれば、これだけ貨幣を乱発している状況下で為替が(仮に)90円台になれば、「会社の輸入取引全体で一気に買ってしまえ」という気分になるし、これが小売であれば、売れて売れて仕方ない商品であれば、「では一気に今までの数倍を生産し投入してしまえ」という気分にもなる。
この「気分が」くせもので、この誘惑に打ち勝つことが困難なのだ。こうした取引は、時に私たちに多額の利益を残す。これまでいくつもの商社繊維部、繊維商社が羊毛や綿花などの相場からはじまって味をしめ、土地などの不動産に手を出し破綻の道を歩んだのである。
おもしろいことに、相場取引は「歴史から学ぶ」ということはない。いくら時代が変わっても、相場取引による巨大損失はなくならない。残念ながら、人間とは悲しいほど愚かなのだ。
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しかし、在庫を過剰に持つことが、それほど「おいしい商売」であるならば、競合も当然目をつけているだろう。一方で、少子高齢化、グローバル競争、そして、コロナ禍という特殊事情が複合的にミックスされ競争環境を激変させた。なにより、多くの消費者はもはや衣料品などにお金を使わなくなっており、スマホ片手に、世界中で最もお買い得な商品を同列比較する時代となった。
このように、我々の知らないところで相場は反対方向に動く下地が徐々にできあがり、いつの日か一気に「勝ちパターン」はひっくり返される。例えば、売れに売れている商品であっても、競合も同様の分析をしており、もっと競争力のある商品を市場に出す。実際、私が企業再建でアップサイド(売上)向上の施策を検討するときは、もはや消費者の購買は減ることはあっても増えることはないのだから、想定競合先を特定し(買い回り分析を行う)、その競合の商品の、より品質のよい商品をもっと安価に市場に出し、商品を売るのでなく個客を奪う戦略を立てる。このやりかたが、売上を上げるもっとも確実な方法なのだ。
企業が破綻する理由は、相場取引パターンが多い。コツコツと地道に利益を積み上げることなど馬鹿らしくなるほど、相場品は「濡れ手に粟」だからだ。
在庫最小化のための4つの視点と解決策
ここで、在庫を最小化のための4つの視点とその解決策を解説したい。
- そもそも調達在庫をどのように考えるか
- 消費者の購買力や競争環境から適正価格をどう設定し、どう売るか
- 在庫レスを実現するための手法はなにか
- それでも余った在庫はどうするか
これら4点について、合理的かつ論理的な戦略が必要だ。
- の解決策は、ビッグデータ(自社の個客)から調達量を算出するDigital MDである。
- は、ユニクロ、ZARAなどの商品分析しそのコスパをどうすれば勝てるか、彼らに満足できていない層はどうすれば奪い取ることができるかを考えることだ。
- についていえば、受注生産などの技術を活用することになる。
- については、これもFULL KAITENなどが提供する余剰在庫の適正販売をデジタル技術で最適化することである(参考:https://full-kaiten.com/)
商社繊維部、繊維商社の客は、アパレルや小売でなく最終消費者
いくつかの商社繊維部、繊維商社は大きな勘違いをしている。彼らの多くは、伝統的トレードを主軸に「ビッグクライアントはどこだ」と探し回り、ユニクロや無印良品に行き着く。しかし、そこで待ち受けるのは「レッドオーシャン」だ。各社が同じところに向かって突き進むから、結局コスト競争に陥って体力をすり減らしている。レッドオーシャンという言葉を知らないものは商社繊維部、繊維商社の中にはいないだろうが、分かっていても体はそうは動かない。それでは、誰もが未開拓の「ブルーオーシャン」はあるのかと聞くだろうが、「そんなうまい話などあるはずがない」と私は答える。
それよりも、彼らに言いたいことは、「なぜ、B2Bといえば、販売力の無い前工程(アパレル業界でいう川下:小売))の連中に好き勝手振り回されるイメージしか持てないのか」である。なければ、つくればいいではないか。その力を持て、と私は言いたいのである。
私が33歳で経営コンサルタントになったとき、私は「商社マンの仕事とコンサルタントの仕事はそっくりだ」と感じた。理由は、(私のいた商社は)相場取引を禁止されていたため、高い付加価値(例えば問題解決や世界最適調達のノウハウなど)を持ち、例え在庫をもっていなくても商社を通してもらう工夫をしていたからだ。どちらも本質は付加価値で勝負するビジネスなのである。
実際、私のいた商社の標語は「付加価値創出商社」だった。
この標語は完全に正しい。だが、いまの商社マンたちはその標語をわすれているのではないだろうか。大きな流通を探し、あの手、この手でその流通に入り込もうとしているだけだ。
考えてみて欲しい。今、アパレル業界は未曾有の危機に瀕しており、産業は大丈夫かといわれているが、ユニクロは時価総額世界一となり、しまむら、ワークマン、西松屋チェーンなどのディスカウンターは極めて元気である。結局、商社が主要取引先としている会社が競争に勝ち、伸びてゆくことが流通を太くすることであり、中間流通である商社繊維部、繊維商社が復活するトリガーとなるのである。つまり、商社は、アパレル、小売と一緒にバリューチェーン全体を最適化し、徹底してともに、一般消費者を分析し、アパレル・小売が競争に勝つための支援をすべきなのである。
小売が売れなければ、流通に介在する企業は全滅する
今、前(小売)が売れなければ、ブランドホルダーたるアパレル、中間流通たる商社繊維部、繊維商社、そして、アジアの工場は全滅する。でかい取引を期待し懸命にビッグアパレル・リテーラーに近づいても、そこに待ち受けているのは血みどろの海(レッドオーシャン)である。ターンアラウンドマネージャとして、いくつかの企業再建を手がけてきた私からしてみれば、商社繊維部、繊維商社こそ「筋のよいアパレル・リテーラー」を探し、経営改善を手がけるべきなのだ。
私が10年前に上梓した「ブランドで競争する技術」で、「商社繊維部、繊維商社は伝統的トレードを辞め、投資とコンサルティングのハイブリッド型を目指せ」と書いたのは、そういう意味なのだ。コンサルタントの多くはアパレルビジネスの素人だし、出せるものは紙の束だ。商社であれば、優秀な人材を揃え、三菱商事のように有能な人材をだし、共同投資で工場もつくることさえ可能だ。商社こそが業界再編を先導するという私見は今でも変わらないのだが、彼らは迷走しているように見える。
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商社の本質はトレードではなく、問題解決
例えば、今、アパレル業界は自ら調達を行う直貿(直接貿易)化が急拡大しているが、あえて商社繊維部、繊維商社が、そのノウハウをアパレルに注入すればよいと私は思う。商社が20%の口銭(手数料)をとれば、百貨店アパレルであれば x5、ショッピングセンターであれば x3の負担がアパレルに襲いかかる。ほとんど商社をつかわないグローバルSPAにアパレルが勝つためには、直貿化の流れは必然である。
また、昨今アパレルが直貿を行う理由は、些細なレベルのコスト削減でなく、いままで「売り方」だけで競争してきた限界を感じ、自ら製品製造のノウハウをきっちり理解し、コントロールするためだ。
実際、伊藤忠商事はスポーツ衣料のデサントにTOBをかけ、韓国市場一本だった同社を中国市場に振り向かせているし、三菱商事は何人もの企業再建担当経営者を数多くのアパレルに送り込んでいる。彼らは、前工程が売れなければ中間流通たる自分自身の身が危ないと思っているからこうしたダイナミックな動きをしているわけだ。
商社繊維部、繊維商社は、売れないアパレルのOEMでさんざん苦労した歴史があるから、もうアパレルのいいなりになるのはこりごりだ、という気持ちに満ちあふれている。しかし、商社繊維部、繊維商社の本質とはなにか、と問われれば、「優秀な人材」と「世界中に張り巡らされた情報収集力」、および「圧倒的な資金力」である。つまり、人、情報、金を使うビジネスであれば、何をやってもよいはずなのだ。だから私はトレードをやめ、投資と問題解決を早急に行え、ということを申し上げている。また、百歩譲ってデジタル化を推進するとしても、それは、自社の生産性の向上でなく、取引先の競争力を高めるためのソリューションでなければならない。デジタル単体で競争力が高まるはずがない。ユニクロなども、デジタル化をせずとも競争力があるから、デジタル化をすることで、その競争力が盤石となるのである。
今、商社繊維部、繊維商社では、私から見て、おおよそ戦略的とは思えないデジタル化に多額の投資をしているように見えるが、その先に、取引先ブランドが高い競争力を持ち、業界全体が健全な競争を行う産業構造を生み出すシナリオがみえているのか、と問いたい。先にあげた「商社の本質」から、流行に惑わされることなく、今こそゼロベースで「前が売れるために自分に何ができるのか」を考えてもらいたい。
商社繊維部、繊維商社はプライベートエクイティになってもよいし、ターンアラウンドコンサルティング領域に打って出ても良いと思う。その気になれば、商社繊維部、繊維商社はコンサルティング会社や広告代理店なども買収することだってできるだろう。今、産業界に必要なのは、これ以上のトレードではないことは明らかである。経営環境は大きく変わっている。商社繊維部、繊維商社も変化の並に抵抗するのでなく、変化の波に乗ることが復活のためのヒントとなる。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)
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