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日本のアパレルではもはや流通改革は成し遂げられない絶望の理由

ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2021年4月26日 20時58分

kmatija / istock

今回の論考は、アパレル業界の先行きを案じた、ややネガティブな論調となる。ただし、コロナで服が売れなくなる、などそういったレベルの話ではない。再三警報を鳴らしているように、日本はアジアでは後進国になりつつあり国民は服など買う余裕すらないということに気づいていない。今、さまざまな的外れな分析をしているアナリストが多いが「価格は正義」、服など部品にすぎない、ということを全く理解していないからだ。価格をグローバルレベルにするためには、アパレルサプライチェーンを最適化しなければならないのだが、脆くも既得権益の受益者たちの暗躍によって頓挫してしまったという内容である。このままでは、ユニクロや安売りアパレル以外は「集団死」してしまう。その警鐘を鳴らすものだ。

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今、購買要因となるのはブランドではなく“館(やかた)”

 今、「価格は正義」である。つまり、貧しく将来が不安な消費者達にとって、一点単価が2000−3000円を上回るような服は、いかなる努力もしても売れない、いや、正確にえば、一部のブランド化に成功した企業以外は無駄であるということだ。嘘だと思うなら消費調査をやれば良い。また、自分の企業の商品はブランド化されていると勘違いしているアパレルの多いことか。ならば、私が答えを言おう。あなたの「ブランド」の売上の70%以上が30%未満のロイヤル顧客によって構成されているか調べれば良い。今、日本の消費者にとって購買要因となるのは館(やかた)である。ルミネで買う、パルコで買う、伊勢丹で買う、阪急で買うなどのごとくだ。中に入れば皆一緒。Webで横並びされれば一発で横比較されて価格競争に陥る。世界ではこのようなものを「ブランド」とは呼ばない。

 ブランドがブランドたる所以は、「特定の顧客がついていること」と「価格にプレミアムがつくこと」だ。それでは、価格をグローバルでも戦えるレベルに下げるためにはどうすればよいか。世界で稀に見るほど歪なサプライチェーンを形成している流通改革を成し遂げることである。私は、10年前に流通とブランドの関係を明らかにし、ユニクロの流通構造を克明に記して「ブランドで競争する技術」という本に書いたのだが、産業界は全く動かなかった。流通出身の私はわかってはいたが、まずは理論化することに意味があったわけだ。

 そして、デジタル化が進んだ今、海外でPLM (Product Lifecycle Management)という、サプライチェーン全体をデジタル化するパッケージが日本に入り、私は業務改革でダメならシステム化で日本のサプライチェーンを正常化させようとし、自らのライフワークとしたわけだ。しかし、私の苦労は無駄骨と終わったのである。

 しばし、このテコでも動かない日本のアパレルの流通構造の歪さを説明するため、昔話にお付き合い願いたい。

アパレルの無理・無駄・無茶に応え、疲弊する商社社員

 私がコンサルタントに転身する20年前、日本はQR(クイック・レスポンス)一色だった。現場でアパレル企業のOEMをやっていた私は、毎年繰り返されるアパレルからの無理、無茶、無駄な要求に応え、ときに下僕のような仕事を強いられ、フラストレーションの塊だった。一方、決算を締めてみれば過去最高益、計画対比では常に上振れし、上司からは「お前らは、数字は読めないが数字を作るのは得意だ」(頭は悪いが、手足を動かすのだけは得意だ)と揶揄されたものだった。

 憧れて入社した商社だったが、やっているのはアパレルの奴隷のような仕事。今だから告白するが、自分の仕事にプライドも将来も感じられなくなって、病院に通ったこともあったほどだった。数字は伸びているし、海外に頻繁に行って、それなりに遊ぶこともできたし、「世界を股にかけた商社マン」として世間体も良かった。それでも、レベルの低いアパレル連中に指示にご機嫌をとって、ヘコヘコしている自分に嫌気がさしとうとう会社を辞めた。

 経営コンサルタントとなった後、当時9大商社と呼ばれるほとんどの繊維、アパレル部門に出入りするようになり、様々な商社のOEM部隊の相談を受けた。驚くべきことに、実は、ほぼ全ての商社で、私と同じような悩みを持っていたのだ。テンションを上げているのは、実際に辛い目に遭っていない、いわば部下をこき使ってふんぞり帰っている上司だけ。下の人間は皆疲弊しプライドも傷つけられ「こんな仕事は商社マンのやるものではない」と思っていた人が多かった。

 それほど、OEMという仕事は、なんの主体性もない仕事だった。また、どう考えてもアパレル側の、組織の末端のいち担当者のミスと思しき在庫、支払い、検品のミスさえ押しつけられ、「それを拒めば、他に仕事を移すぞ」と脅されたことは一度ではなかった。ブランドが撤退するあるアパレルから、たんまりと難癖をつけられ大量に商品を返品されて大きな損失を被ったこともある。

  今は、格好良くメディアでSDGs(持続可能な開発目標)などと言っているあるアパレルが、その昔、最初から無茶な納期を勝手に設定し、そのまま話を進め商品が入らないとなると鬼のように怒鳴りつけるのが日常茶飯事。最後は、「河合さん中国まで取りに行ってください」とさらりと言ってのける非常識ぶりである。私は海外まで数枚のサンプルを取りに行ったことなど数度ではなかった。これが直貿の実態だから、私はアパレルが自分で直貿をやっていると言っても信じないのだ。 

 聞けば、今でもそんな馬鹿げた仕事は続いているという。唯一昔と違うのは、昔は、初速に応じて現物納品をしていたので、歯を食いしばってこうした無茶についてゆけば利益は出たし成長もしていたということだ。ところが今は、アパレルはどこも苦戦し、そもそも商品が売れない。それなのに、商社はアパレルに付き従って苦しい思いだけしているのである。商社の人は口を揃えて「OEMなどもうやらない」はいうものの、長年それしかやってこなかったので他のことができない。結局は、前(マーケットに出ている商品)が売れないから、ドミノ倒しのように低収益に陥っているわけだ。

 今、商社やメーカーに「OEMをやらないか」と言うと、信じられないほどの拒絶反応を得る。中には「お前は、俺たちを舐めているのか」と怒鳴り出す人もいるほどだ。昔の、そして、今の一部の、いや大部分のと言って良いだろうアパレルのメチャぶりのトラウマから抜けられず、OEMなど二度とごめん被るというのが商社、メーカーの本音なのだ。

 アパレルの「直貿」の多くは「なんちゃって直貿」であり、すでに経済でもデジタルでも日本を抜かした先進国の中国や自家工場の手厚いサポートでのらりくらりとやっているだけ未だに危ない橋は商社に任せている。

 生産管理やものづくりというと、なぜか出て来るのが神戸の有名アパレルの名前である。きっと、その昔、いち早く自社グループに商事機能を作った経験があるからだろう。しかし、実態はひどいもので、この私が、そのさらに下請けの仕事をしていたぐらいだからお里は知れるというものである。本当にファッションアパレルが商品回転率を極限まであげて、人権問題も働き方改革もあった物じゃないようなドタバタ騒ぎに付き合ったことがあるのかとききたい。現場を経験した私から言わせれば、商社の体を張ったOEMとはレベルが違う。生産の細かいことは知ってはいるが、所詮は耳どしまで、彼らはたったサンプル4枚を取りに、パスポートも持たずにボーダーを超えるなど馬鹿げた仕事は絶対しない。実際アジアの奥地に入り込み、海外の人間をマネジメントしながら無茶な単納期にお付き合いするアパレル出身の人間はいない。私がZARAの計画生産と高い商品回転率がなぜ同期化するのかという謎に徹底して取り組んだのは、こうした事情があったからだ。

商社に無茶ぶりする既得権益受益者が「窓際族」!?

  一方、経営コンサルタントになり、アパレル側に入り込んでその苦悩と課題に直面していると、面白いことがわかってくる。

 まず、アパレル企業の中で、生産部というと、どちらかというと本流から外れように見える人が多い

 この例でもわかるように、なぜかアパレル企業の生産部の人間は、いわゆるジョブローテーションに加わず、何年もずっと同じ生産部にいる。アパレルではMD(商品政策)が花形で、生産部は特別のように見えるのだ。そこで私はその理由について、いくつかの経営者に尋ねたことがある。

 その回答はいずれも、「生産の仕事は専門性が高いし、海外経験がないと務まらないから簡単にローテーションできない」というものだった。例外はあるにせよ、これがアパレル企業の本音なのであろう。

 このようにいうと、アパレルの生産部の人は、一見高度専門職か「窓際」に見えるわけだが、実際は窓際」どころか、商社の手厚い「接待」を受け、海外で豪遊して帰ってくる人も多い。そのため、場合によっては商社に「たかりや」などと呼ばれ、「おいしい」思いをしている人も少なくない。これは今でもそうで、実際に昨年、私はある会社で「銀座で30万円」という伝票を見たし、エクスペンスカードが1ヶ月500万円というのもあった。使途不明金でなぜかシートを2名分予約しヨーロッパ出張などという信じられない金銭感覚をした人もいまだにいるのである。また、私自身が生産をやっていたから、ルール違反(口約束発注し、納期が遅れれば怒鳴り散らし、都合が悪くなれば反故にする)をたくさん見てきた。ある会社では、生産改革の結果、簿外在庫と言って帳簿には現れない在庫が山のように出てきたこともある。こうした事実を白日の元にさらした結果、ある担当者がアパレル去ったわけだが、気づけば取引先の役員になっていたこともある。

 コロナ禍において昨年、4月、5月に日本中の店舗が閉まった事件を覚えているだろうか。あのとき、売上数千億円の企業が数億円しか売り上げのない工場に在庫を押し付け、約定を入れておきながら返品をしたという話があったが、こんなものも日常茶飯事だ。半製品や原材料を持ちたくないという理由から、それを数億円の工場に押し付け、いざとなったらキャンセルするというアパレルも少なくない。私は、そういう生産担当者に何人もあったが、「自分はキャッシュフロー経営をやっているんだ」と高笑いをしていた。これらは、皆が知っている上場一流企業で今でも起きている。ある準大手アパレル納期遅れに対して、1日につき4000万円のペナリティを課している。そういうことをするから、FOB (アパレルの仕入れ単価)が上がるのだ。ユニクロのように全てを見える化し、リスクも利益もフェアに分かち合えば良いだけなのだ。

 一事が万事こうだから、商社や工場がアパレルなどと本気でお付き合いしたくないという気持ちはわからないでもない。実際に調べてみると、数千億円企業が組織的に中小企業いじめをやっているのではなく、単に生産担当者が自社内で格好をつけたいからだけで中小企業をいじめているのである。本来であれば、こうしたやり方は犯罪である。中には皆もよく知っている上場企業下請法(下請け法とはこうした中小企業イジメがおきないよう、資本金の大きさによって処罰対象を決めている)逃れのため、資本金小さい会社を作り、その会社経由で中小企業在庫を押し付けキャンセルをしているのだ。

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「アパレル悪徳3種の神器」とは

  私は、こうした事実を理解した上で、PLMProduct Lifecycle Management)導入を4年前から提唱してきた。いびつなバリューチェーンを白日の元に晒し、寄生虫の様に群がっている既得権益を排除するためには局地戦では埒があかないからだ。コンサルという立場を利用し、直接経営者にこの実態を伝え、「シンプルなバリューチェーンを作ろう」と数多くのアパレルに呼び掛けた。 

 そして、
1)縫製仕様書
2)専用伝票
3)債券債務 

 のマニュアルで未だになされている、バリューチェーンを歪にしている「悪徳3種の神器」をデータ交換する約束を取り付け、商社をハブにしたデジタルSPAのコンセプトを作ったわけだ。あんなものは、机上の空論だという人もいるが、ほとんどあと一歩で実現というところまできたし、いくつかの商社はアパレルビジネスにおいて、「デジタルSPA」という言葉を使って、垂直統合をはじめている(成功するかしないかは別にして)。

既得権益受益者の抵抗が、産業最適化を妨げる(kuppa_rock/istock)
既得権益受益者の抵抗が、産業最適化を妨げる(kuppa_rock/istock)

 しかし、見えない敵は思いもよらぬところに潜んでいた。詳しくは書けないが、鉄砲玉で後ろから撃たれるとはこのことかと思ったほどだ。「一体自分は何のために仕事をしているのか?」、そう思わざるを得なかった。

 結果、私は、もう2度と日本のアパレル業界の最も闇の部分である流通領域には触らないことにした。結局、何十年も動かず、そして、米国で提唱されたCPFR (サプライチェーン全体が共同で計画し、共同で予測し、共同で商品を供給するSCM9つの発展段階の最終形)は、日本では不可能。少なくとも、私の目の黒いうちは無理であるということだ。

 この国は既得権益で溢れかえっており、大きな改革は不可能だ。大きな改革にはトレードオフがつきものだが、この国は「白と黒なら灰色をとる」ことで課題の先送りをするのが常套手段だ。しかし、灰色は白でもなければ黒でもない。

 流通改革がなされなければ、工場と店舗の間の伝言ゲームはこれからも続き、中間流通である商社の寝技は続き、商品コストはユニクロとは比較にならないほど高くなり、サステナブルな世の中になっても余剰在庫は消えることはないだろう。

 今回の論考は、ややネガティブだが、ダメなものはダメだと言わねば臭いものに蓋をするだけだ。私は自分ができないことを、あれこれ言う無責任な評論家ではないので、あえて敗北宣言として、ここに筆で認(したた)めた次第である。

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)

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