母乳が腸内細菌叢形成を介し脳発達に与える影響を解明 ―母乳中の過酸化水素産生酵素が仔の発達に果たす役割―--摂南大学
Digital PR Platform / 2024年6月12日 14時5分
研究成果:本研究グループはこれまでに、マウスの母乳中に含まれるL型アミノ酸オキシダーゼ1(LAO1)[注1]に着目して研究を行ってきました。その研究の結果、LAO1が酵素反応の際に産生する過酸化水素が仔マウスの腸内細菌叢形成に関わることや、LAO1の遺伝子を欠損させた(LAO1欠損)マウスが記憶に異常を示すことを明らかにしてきました。これらのことから、LAO1欠損マウスは母乳成分、腸内細菌叢形成、脳発達の統合的な解析に適していると考えました。
まず、母乳中のLAO1が脳の発達に与える影響を評価するため、出生日に養母交換処置を行い、野生型またはLAO1欠損母マウスの母乳で育てられたLAO1欠損の仔マウスを用意しました。成熟後に空間記憶を評価するモリス水迷路試験[注2]を行ったところ、LAO1欠損の母マウスに育てられた仔マウスには空間記憶の異常が見られました。これら仔マウスの乳仔期における海馬の遺伝子発現を評価したところ、野生型母マウスの母乳を摂取した仔マウスと比較して、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスで髄鞘(神経細胞での信号伝達に重要な膜構造)関連遺伝子(Plp1、Mbpなど)の発現低下が認められました。また、これら仔マウスの糞便を無菌マウスに移植して腸内細菌叢による影響を調べたところ、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスの糞便を移植された無菌マウスの海馬で髄鞘関連遺伝子の発現が低下していました。
次に、摂取した母乳の違いに起因する腸内細菌叢の変化は代謝物濃度を変化させ、腸管から血中に移行することで脳に影響を与えたと考え、仔マウスと糞便移植後の無菌マウスの血液を用いてメタボローム解析[注3]を行いました。その結果、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスおよびこの仔マウスからの糞便を移植された無菌マウスの血液でD-glucaric acidが上昇していました。さらにD-glucaric acidの影響を生体内外で評価したところ、髄鞘関連遺伝子の発現を低下させる作用があることがわかりました。
LAO1が酵素反応の際に産生する過酸化水素は抗菌作用を持つことが知られているため、LAO1欠損による母乳中の過酸化水素濃度の低下が腸内細菌叢形成異常、D-glucaric acidの産生増加、髄鞘関連遺伝子の発現低下につながったのではないかと仮説を立てました。そこで、LAO1欠損仔マウスに過酸化水素を投与し、海馬の遺伝子発現と血中D-glucaric acidを測定しました。その結果、過酸化水素投与を受けたLAO1欠損仔マウスにおいてD-glucaric acid濃度の低下と髄鞘関連遺伝子の発現上昇が見られました。
まとめると、LAO1による母乳中の過酸化水素産生は乳仔期マウスの腸内細菌叢形成を制御し、D-glucaric acidの産生を抑制することで髄鞘関連遺伝子の発現を上昇させている可能性が示唆されました(図1)。加えて、成長後のLAO1欠損マウスが空間記憶に異常を示すことについては、髄鞘や腸内細菌叢が空間記憶に重要であるという最近の報告を踏まえると、本研究で得られた結果により説明できる可能性があります。
今後の展開:本研究は、母乳成分のLAO1が産生する過酸化水素が腸内細菌叢形成や髄鞘発達に重要であることを示しました。これは、哺乳類が独自に発達させてきた母乳が子の発達に対して持つ新たな利点を示すものです。加えて、本研究の結果は腸内細菌叢の形成が脳発達に重要であるとする先行研究を裏付けるだけでなく、この2要因に母乳が果たす役割を解明することにつながりました。今後、他の母乳成分に関しても研究が進むことで、人工乳の改良などに応用され、個体の成長に有益な腸内細菌叢を形成することにつながることが期待されます。
用語解説:
注1) LAO1:L型のアミノ酸を異化し、ケト酸とアンモニア、過酸化水素を産生するフラビン酵素。
注2) モリス水迷路試験:空間記憶を評価するテストであり、マウスに周囲の手がかりを頼りに水中に沈んだ逃避用の足場を泳いで探索させる。
注3) メタボローム解析 : アミノ酸や脂肪酸、糖といった低分子化合物およびそれらの代謝産物濃度を網羅的に解析する実験。
▼本件に関する問い合わせ先
学校法人常翔学園 広報室
石村、上田
住所:大阪市旭区大宮5丁目16番1号
TEL:06-6954-4026
メール:Koho@josho.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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