【「おらおらでひとりいぐも」評論】“孤独”の先にある新しい世界とは何か、ユーモア溢れる眼差しが優しく響く

映画.com / 2020年11月1日 11時0分

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田中裕子の存在感が映画を唯一無二のものに

 冒頭からユーモアが溢れている。映画会社のムービングロゴが始まり、次の会社のムービングロゴがアニメーションで続いているのかと思いきや、なんと46億年前の地球史のはじまりから映画はスタートし、そこから一気に現代の街の夜景にジャンプ。そして、薄暗い部屋でひとりお茶を飲む老婦人が映し出される。

 こんなぶっ飛んだ展開から始まる沖田修一監督の最新作「おらおらでひとりいぐも」は、沖田監督がひとりの女性を通して“孤独”とは何かをじっくりと、やさしい眼差しで見つめた人間賛歌の物語だ。原作は、第158回芥川賞と第54回文藝賞を受賞した若竹千佐子さんの同名ベストセラー小説。若竹さんは55歳で夫を亡くした後、主婦業の傍ら執筆し63歳で作家デビュー。本作を発表するとシニア世代の圧倒的な支持を得た。「おらおらでひとりいぐも」とは、「私は私らしく一人で生きていく」という意味。

 堺雅人が主演した商業映画デビュー作「南極料理人」で高い評価を得て以降、「キツツキと雨」「横道世之介」「モヒカン故郷に帰る」などの監督作で独自の作家性を発揮し、数々の映画賞を受賞してきた沖田監督は、「滝を見にいく」「モリのいる場所」でも老人を主人公にした人間ドラマを描いており、本作でもこの原作を得て、老婦人を主人公に時代と季節を巡る縦横自在な演出で料理している。

 そして、主演の田中裕子さんの存在感、佇まいがこの映画を唯一無二にものにしている。「いつか読書する日」「火火」以来15年ぶりの主演となるが、昭和、平成、令和を駆け抜けてきた75歳の主人公・桃子さんの“孤独”をしっとりと時に愛嬌たっぷりに、そして強さを持って好演。孤独な寂しい日々を紛らわすための独り言、心の声なのか、それとも痴ほう症の前兆なのか、そんな危ういバランスを絶妙に演じている。亡き夫に思いを馳せながら、秋の陽光を浴びた横顔はなんとも美しい。撮影は「横道世之介」でも組んでいる近藤龍人。

 さらに、若き日の桃子さんを演じる蒼井優に加え、東出昌大、濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎、田畑智子、黒田大輔といった芸達者な俳優陣が集結。それぞれの役に絶妙なキャスティングも見どころの一つとなっている。

 部屋の襖を開けると別の世界が現れたり、マンモスが登場したりと突飛な展開もあるが、沖田監督は現実と桃子さんの頭の中(心の中)を軽やかに行き来してみせる。“孤独”の先で見つけた新しい世界とは何か、不安や寂しさを受け入れて新たな一歩を踏み出していく姿は感動的だ。新しい生き方が求めらている今だからこそ、見る者に優しく響いてくるだろう。

(和田隆)

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