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【「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」評論】名優ジム・ブロードベントが教えてくれる明日を輝かせるための秘訣

映画.com / 2024年6月16日 8時0分

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「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」

 美術館から名画を盗み出して庶民に還元しようとしたり、妻を亡くした90歳の老人がバスでイギリスを縦断したり、歴史に埋もれた王の墓を発掘したり、平凡な家政婦が一目惚れしたドレスを手に入れようとパリ旅行をしたり…。英国映画界は心震わせる“したり”な映画の宝庫である。

 等身大の人間が起こす奇跡を描くことで大きな共感をもたらすイギリス映画の最新作が「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」である。ビール会社を勤め上げた夫と主婦として寄り添ってきた綺麗好きな妻(ペネロープ・ウィルトン)。老い先をふたりで生きていく。そんな日常を持て余し気味の夫婦の家に一通の手紙が届く。

 一読した夫は何もなかったかのように振る舞うが、彼の異変を察した妻はその中味を尋ねる。彼が受け取ったのはかつての同僚クイーニー(リンダ・バセット)からの「病気を患いホスピスにいる」と別れを告げる手紙だった。これまでのお礼を述べて励ましの言葉を添えようか。返事を書こうとするが、どうにも筆が進まない…。

 2001年のバズ・ラーマン監督作「ムーラン・ルージュ」で最も異彩を放った俳優は誰かと問われたら、迷うことなくジム・ブロードベントがピカイチだと断言する。灰汁が強い支配人ハロルド・シドラーを演じ、圧巻の存在感と煌びやかなその姿が異次元のオーラを放っていた。同年、ジュディ・デンチ共演の実話を映画化した「アイリス」でオスカーの助演男優賞を受賞。超大作から作家性の高い監督作、ファンタジーからコメディまで、幅広い作品で確かな演技力を披露し続ける名優である。

 美術館からゴヤの名画を盗み出し、BBCの受信料を“ただ(無料)”にしろと要求するタクシー運転手を演じた「ゴヤの名画と優しい泥棒」(2020)に続く実話映画化作品で、ジムが演じる主人公の名はハロルド(「ムーラン・ルージュ」の支配人と同じ名)だ。煮え切らない返事をしたためた手紙を投函してくると家を出た彼は、就眠中のクイーニーに「これから会いに行く。僕を信じて待っていて」とまさかの伝言を残すと、着の身着のままで800キロ先にあるホスピスを目指して歩き始める。

 どこにでもいる市井の人があり得ないことを成し遂げる。その過程には人々との出会いがあり、逡巡があり、後悔の念が胸を引き裂くこともある。それでもくじけずに前に進む。旅の過程で過去と向き合い、今の自分を見つめ直す。その先にはかけがえのない“何か”が待っている。だから自分を信じて歩くのだ。

 老い先を見極めた高倉健はチャン・イーモウ監督作で約束を果たすために千里を走り、「あなたへ」(2012)では、妻が残した言葉を胸に再会の旅に出た。残された時間が限られているからこそ、人は自分がやり残したことを胸に秘めて新たな一歩を踏み出す。俳優の人生とは、演じる役柄に重なるのかも知れない。驚きに満ちた800キロの旅路。75歳を迎えたジム・ブロードベントが、ただ歩き続けるハロルドを通して教えてくれるのは、明日を輝かせるための秘訣だ。心を澄ませて向き合いたい佳作である。(髙橋直樹)

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