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【「スリープ」評論】スリラーとコメディの境界線でみせる絶妙なコンフュージョンが恐ろしい

映画.com / 2024年6月30日 20時0分

【「スリープ」評論】スリラーとコメディの境界線でみせる絶妙なコンフュージョンが恐ろしい

「スリープ」 (C)2023 SOLAIRE PARTNERS LLC & LOTTE ENTERTAINMENT & LEWIS PICTURES ALL Rights Reserved.

 第72回カンヌ国際映画祭で韓国映画初となるパルムドールを受賞し、第92回アカデミー賞でも外国語映画として史上初となる作品賞ほか4冠を獲得したポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」への出演で世界にその名を知らしめた韓国の俳優イ・ソンギュンが、昨年12月に急逝した衝撃による痛みはいまだに癒えない。韓国はもちろんのこと、世界の映画界にとっても貴重な才能ある俳優の喪失は大きな痛手となった。

 「スリープ」は、ソンギュンと「82年生まれ、キム・ジヨン」(2019)のチョン・ユミの共演で、睡眠時間に得体の知れない恐怖に脅かされる夫婦を描いたコンフュージョン・スリラーである。ポン・ジュノ監督作品の助監督を務めたユ・ジェソンが監督・脚本を手がけ、長編デビュー作にして第76回カンヌ国際映画祭批評家週間に選出されるなど国際映画祭で高い評価を得た。ポン・ジュノ監督も「ここ10年で観た中で最もユニークかつ恐ろしい映画」などと絶賛している。ちなみにソンギュンとユミはホン・サンス監督「教授とわたし、そして映画」(2010)でも共演している。

 ソンギュンは、無意識の異常行動をきっかけに、眠ることに恐怖を抱いていく夫を巧みに演じ、観る者を翻弄する。目覚めている時はいつもの優しい“オッパ”(お兄さん)な夫だが、妻が出産を控えたある夜、突然起き上がって「誰かが入ってきた」と、ソンギュンの特徴的な声で呟き、頬をかきむしるなど、その夜から身の危険を感じるほどの異常な行動を繰り返すようになる。滑稽なほどややのん気な昼の夫と、レム睡眠行動障害なのか、無意識の中の夜の狂気をソンギュンは演じ分け、何かに取り憑かれてしまったのではないかと思わせる。

 夫の異常行動への恐怖と出産前後のストレス、さらには生まれたばかりの子供を守ろうと原因究明のために超自然的な力にまで頼りだす妻の行動は常軌を逸しはじめ、幸せだった夫婦関係を蝕み、次第にどちらが異常なのかわからなくなっていく。それでも夫婦一緒なら何でも克服できると力をあわせて乗り越えようとするのだが、ソンギュンが演じる夫が、いまだに売れない中年俳優であることが結末に深い余韻を残し、観終わってから恐ろしさが増していく。ジェソン監督の脚本と演出、ソンギュンとユミのケミストリーが、スリラーとコメディの境界線で絶妙にバランスをとっており、ユニークな恐ろしさが迫ってくる。

 ソンギュンは、主演したテレビドラマ「パスタ 恋が出来るまで」(2010)で人気俳優としての地位を確立し、IUが演じた心に傷を負ったヒロインに優しく寄り添う上司役を演じた名作ドラマ「マイ・ディア・ミスター 私のおじさん」(2018)で多くの人の心をつかんだ。映画では、クライムサスペンス「最後まで行く」(2014)でひき逃げ事故の隠蔽工作を図り窮地に追い込まれていく刑事を演じ、「パラサイト 半地下の家族」ではひと味違う冷酷な顔をのぞかせるIT企業のCEOを演じてみせた。そして本作では優しい夫の豹変を演じ分け、その深い演技力を改めて証明している。年齢と作品を重ねるごとに魅力が増し、まさにこれから世界での活躍が期待されていたイ・ソンギュンという俳優をその目に焼きつけて欲しい。

(和田隆)

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