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奈緒「わたしは大丈夫」 インティマシー・コーディネーター問題で監督&プロデューサーが初日挨拶で謝罪

映画.com / 2024年7月5日 22時18分

 そして「本来、初日舞台挨拶で言うことではないかもしれないですが」と語った風間は、「これからこの映画を観に行こうか、迷っている方もいらっしゃると思うんです。そしてそれは今じゃないかもしれないと思っている方がいらっしゃるとしたら、その言葉に従っていただきたいと個人的には思っております。いつか観たいと思う日がやってくることを願っています。この映画が、つらい思いをしたり、自分の一歩になってくれるかもしれないと、思った方の幸せへのきっかけになってくれることをせつに願っております」と正直な思いを吐露した。

 このような形で初日を迎えたということに、「本当に今日、ここに来るまでにいろんな葛藤がありました」と明かす奈緒。「昨日から(原作の)鳥飼先生とお話ししなくては、という気持ちがあったので。許されることか分からないんですが、鳥飼先生と直接連絡をとらせていただき、お会いして、お話しして。それまでここにどうやって立ったらいいのかと思っていたんですが、わたしは鳥飼先生とお話をさせていただいて。原作にすごく支えられたという思いが強かったので。少しでも皆さんが今日ここに来るという選択をしていただいて。少しでも原作の思いが伝わったりとか、そういうことにつながったらうれしいなと、常日頃、前から思っていました」とせつせつとその思いを語ると、「初日を迎えて、正直、いろんな複雑な思いがあります。けど、先生とお話をして感じたのは、この作品を観た時に、ひとつの映画としてとても力強い映画になってると思いました。その時に現場のみんなで乗り越えた、大変なシーンを思い出しながら、それが形になってすごくうれしかった。自分が思った以上にうれしい気持ちになりました」と胸中を吐露。そしてまわりの登壇者たちに目配せすると、「今日も三木さんとふたりだったら心細かったけど、風間さん、三吉ちゃん、猪狩くんと一緒にいてくれて。今日この日を迎えられて、映画を観た皆さまのお顔を見ることができて。すごくうれしい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです」と感謝の思いを告げた。

そして、原作者の鳥飼茜氏からメッセージが届けられた。そこには「漫画を映像化するということは基本的には光栄なことだ。それでも自分は自分の描いた作品に無責任すぎたのかもしれないと思う。作品は作品であり、描いた人、撮った人、演じた人の個人とは無関係に評価されるべきか。そういう性質のものもあっていいと思う。ただ自分はこの漫画を描くとき確かに憤っていたのだ。1人の人間として、1人の友人として、隣人として、何かできることはないかと強い感情を持って描いたのだ。それはある意味特別で、貴重な動機付けだった。今、あんな衝動は持てない。性被害に対し、何を言えるのか、わたし達はどんな立場なのか。どんな状況でも、それを明らかにできる場合にしか、開け渡してはいけない作品だったと思う。こんな原作がなんぼのもんじゃと言われるかもしれないが、なんぼのもんじゃと私だけは言ってはいけなかったと思う。自分だけは自分のかつての若い(生物の)憤りを守り通さねばならなかった。撮影に際して参加する役者さんからスタッフに至るまで、この物語が表現しようとしているすべてに、個人的な恐怖心や圧力を感じることはないかどうか。性的なシーンや暴力的なシーンが続く中で、彼ら全員が抑圧される箇所がないかどうか。漫画で、線と文字とで表現する以上の壮絶さが伴うはずだったことに、私は原作者としてノータッチの姿勢を貫いてしまった。原作者として丸投げしてしまったこの責任を強く感じるに至り、反省した。後出しで大変恐縮ではあったが、センシティブなシーンの撮影についての、こと細かな説明を求め、応じてもらった。説明を聞き、一応のところ安心はしたものの、やはりあらゆる意味で遅すぎたし、甘かったと思う。分かりようがないとはいえ、もっともっと強く懸念して、念入りに共通確認を取りながら繊細に進めなくてはいけない。そういう原作だった」という思いが記されていた。

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