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【「タレンタイム 優しい歌」評論】民族や宗教の壁を越えて、愛と寛容、ユーモアに溢れた世界が時代も超える

映画.com / 2024年7月28日 16時0分

【「タレンタイム 優しい歌」評論】民族や宗教の壁を越えて、愛と寛容、ユーモアに溢れた世界が時代も超える

「タレンタイム 優しい歌」

 鑑賞後にじわじわと心に残り続ける、まさに語り継がれるべき映画である。マレーシアの女性監督ヤスミン・アフマドの最高傑作であり、長編映画としての遺作となった作品が、「タレンタイム 優しい歌」の邦題で、没後15年を記念し、この夏劇場でアンコール上映されている。2009年7月25日、本作発表後に51歳という若さで急逝したヤスミン監督の早すぎる死が、映画史的にも大きな損失となったことを刻印するような作品だ。

 高校で開催される音楽コンクール“タレンタイム”(マレーシア英語で、学生の芸能コンテストのこと)に挑戦する生徒たちのかけがえのない青春を、多民族国家(マレー系、インド系、中国系など)であるマレーシア社会の民族や宗教の違いによる葛藤を抱えた人々の生きる姿を通して描く。英語、マレー語、タミル語、中国語、広東語など複数の言語が飛び交い、様々な人々が混在する世界を肯定して、民族や宗教の壁を軽やかに越える世界を描いているのがヤスミン作品の特徴だ。

 本作の劇中、ピアノの上手な女子学生ムルーは、耳の聞こえない男子学生マヘシュと恋に落ちるが、2人にはその言葉さえも必要なく、目があった瞬間に恋に落ち、ムルーが歌う歌と、目と目、バイクの2人乗り、そして手話で愛を伝え合う。現実的な葛藤が伴いながら、それぞれの家の事情や宗教の違いを越えてしまう2人の恋は若さゆえとも言えるが、家族さえも容易に引き裂くことはできないほど強い。

 そして、そんなドラマが心に残るもうひとつの魅力は音楽だ。ドビッシューの「月の光」が印象的に使用され、インド映画の曲も流れるが、マレーシアの人気アーティストであるピート・テオが作曲した「I Go」と「Angel」、「Just One Boy」は一度聴いたら耳から離れないほど心に沁みる。

 本作とともに特別上映されるヤスミン監督の長編第2作であり、もうひとつの傑作と評されている「細い目」(2004)では、香港の映画スター金城武が好きなマレー系の少女と、露店で海賊版の香港映画VCDを売る中国系の少年の初恋が描かれ、この2人が露店で目があった瞬間に恋に落ちるシーンも秀逸だ。細い目とは、中国系の目が細いことをからかうマレーシアの言い方(原題は「Sepet」)だったが、この作品のヒットによってチャーミングな目と価値観さえも変えたと言われている。さらに、筆者も聞き覚えのある声(言語)の歌だと思っていたら、エンドクレジットで香港のサミュエル・ホイの広東語の歌が使用されていることがわかり、異なる文化でつくられたものをヤスミン監督はつないだりもしている。

 生前「寅さんシリーズ」のファンで、ピート・テオとは山田洋次監督についてよく話し合ったという。「タレンタイム」の冒頭の学校を映す生徒のいない廊下などのシーンは、山田監督の松竹の大先輩にあたる小津安二郎監督作品を想起させたりもするが、ヤスミン監督の母方の祖母は日本人だということも、彼女の作品が日本人の心情ともつながってくる理由なのかもしれない。

 また、最も影響を受けたのはチャールズ・チャップリンでベストは「街の灯(1931)」だという。「人生には、とても楽しい瞬間のそばにいつも悲劇が隣り合っているという私の考え方が『街の灯』に通じているからです」と語っている。ヤスミン作品は人への愛と寛容、思いやる優しさに溢れており、混在する世界の現実を見つめながら、ユーモアを忘れないその世界とつながってみて欲しい。

(和田隆)

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