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【「ぼくが生きてる、ふたつの世界」評論】親しい人への後悔や懐かしい記憶が重なり、自分の物語として心に響いてくる

映画.com / 2024年9月22日 15時0分

【「ぼくが生きてる、ふたつの世界」評論】親しい人への後悔や懐かしい記憶が重なり、自分の物語として心に響いてくる

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」(公開中) (C)五十嵐大/幻冬舎 (C)2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会

 作家・エッセイストの五十嵐大氏による自伝的エッセイ「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」を原作に、呉美保監督のメガホン、吉沢亮と忍足亜希子の共演で映画化したのが「ぼくが生きてる、ふたつの世界」だ。きこえない母と、きこえる息子が織りなす親子の物語であり、“きこえる世界”と“きこえない世界”を行き来する、ひとりのコーダ(きこえない、またはきこえにくい親を持つ聴者の子供)の心の葛藤と成長を描いて、普遍的な家族の愛の物語へ昇華させている。

 宮城県の小さな港町を舞台に、耳のきこえない両親のもとで愛情を受けて育った主人公・大は、幼い頃から母の“通訳”をすることも普通の楽しい日常として過ごす。だが、成長するにつれて、周りから特別視されることに戸惑い、苛立ち、母のことが疎ましくなって、成人するとそんな世界から逃げるように東京へ旅立ってしまう―。

 「そこのみにて光輝く」(2014)に続く「きみはいい子」(2015)以来9年ぶりの長編映画となった呉監督は、本作でもリアルな描写を徹底。脚本は「正欲」(2023)などの港岳彦が手掛け、ろう者の登場人物は、ろう者の役者を起用し、ろう・手話演出に2名、コーダ監修に1名、手話監修協力として全日本ろうあ連盟の参加も仰ぎ、準備から撮影まで丁寧に時間をかけたという。

 さらに“ふたつの世界”を対比させるため、映画の「音楽」である“劇伴”をつけず、劇中の店内音楽などの現実音でさりげなく主人公たちの心情に寄り添う演出でリアリティを生み出している。ふたつの世界を浮き彫りにする印象的な音の表現に耳を澄ませて欲しい。またエンドロールでは、歌詞で物語を思い返せるようにと、母から大への手紙を歌詞にし、唱歌を英語にして、日本語の歌詞字幕を出すことで、聴者もろう者も情報として同じ方向で見られるような工夫もしている。

 ふたつの世界を行き来し、母の愛に素直に応えられない葛藤と、夢を見つけられずに探りながら、上京後のろう者たちとの出会いによって成長していく大という難役を、呉監督と互いに願い続けて初タッグを組んだ吉沢が、撮影前に手話を覚えて繊細に演じている。また、息子に愛を注ぎ続ける母をろう者俳優として活躍する忍足が自然な演技で体現。大の父を日本ろう者劇団などで活動する今井彰人が演じ、聴者の祖父にでんでん、祖母に烏丸せつこという個性派俳優陣を配してリアルな家族を形成した。

 人は誰しもいくつかの世界を行き来して生きているのではないか。本作は“きこえる世界”と“きこえない世界”を描いているが、無意識の差別を引き起こす、国や民族、出自や身分、言語や肌の色が違う世界、さらには他の社会的マイノリティの世界と置き換えて見ることもできる。そして、自身の親しい人を思い出し、その人への後悔や懐かしい記憶が重なると、自分の物語として心に響いてくる作品だ。

(和田隆)

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