「まるで夜逃げだった」小野寺五典 元防衛相に聞いた議員辞職の夜【井上咲楽の政治家 直撃】

エンタメNEXT / 2019年11月17日 8時0分

「栃木県生まれの眉毛ガール」井上咲楽の政治家対談、今回は、外務副大臣や防衛大臣などを歴任した小野寺五典議員が登場。一度議員辞職を経験してきた小野寺議員にしか語れない、辞職のした日の心情とは。
井上 小野寺さんの出身地、宮城県気仙沼市はどんなところですか?

小野寺 港町という言葉でイメージされる通りの町です。私が生まれ育った地域には小さな入り江に港があって、そこには毎日漁船が出入りしていて、魚市場とそこで働く人たちの活気がありました。本当に漁業が身近な暮らしでしたよ。例えば、秋のサンマ漁の時期になると家の目の前の道端にサンマが落ちているんですよ。

井上 どうして道に魚が落ちているんですか?

小野寺 魚市場を行き来するトラックがカーブを曲がるとき、荷台に満載になっているサンマがワシャワシャと道に落ちるんですよ。今は「サンマが高級魚に?」とニュースになるほど漁獲量が減っているけど、当時は秋の味覚を代表する大衆魚でわざわざ回収する業者さんはいなかった。だから、子どもの頃、私たちは朝起きると「サンマ拾いに行ってくる」と言って家を出て、「おかあちゃん、取ってきた!」と。そういう思い出がありますね。

井上 その気仙沼市を含む衆議院宮城県6区の補欠選挙に出馬されたのが、1997年。

小野寺 そう、37歳のときですね。

井上 初めての選挙で初当選された後、議員辞職されていますよね?

小野寺 40歳になる前、当選から2年ほどの頃だったと思います。これは今だから言えることですけど、初めての選挙であれよあれよと衆議院議員になりました。正直、“こんな風に国会議員になれてしまうんだ”という感覚もあったんです。けれども、やっぱり世の中は甘くないな、と。すぐに奈落の底に落ちることになるわけですから。

井上 公職選挙法違反と聞いています。何が違反になったんですか?

小野寺 初当選の一年生議員で、政治家の振る舞いがよく分かっていなかったんですね。ちょうど夏を前に自民党内で若手議員を対象にした“正しいお盆の過ごし方”という講習があったんです。そこで、「お盆には支援者やお世話になった方々のところを回りなさい」と教わり、その通り地元に戻ると初盆を回りました。亡くなられた支援者の方、お世話になった方に弔電を送り、葬儀に行けなかったお宅にはお線香を自分で持参してご霊前に上げ、ご焼香するという形を取っていたんです。結果として、それが公職選挙違反になりました。

井上 え? お線香を上げるのが?

小野寺 いえ、問題はご焼香ではなく、お線香を持参してお供えすることでした。これが公職選挙法の「寄付行為」に当たる、と。警察から任意で事情を聴かれ、検察の話を聞く中で「確かに、これは違反だな」と思い、議員辞職を決めました。ただ、正直に言うと心の中には、「何で、1000円のお線香を持って何軒かまわったことで、辞職することになるのだろう」という気持ちもありましたね。それでも違反は違反ですから。



井上 当時の出来事で一番印象に残っていることは?

小野寺 夜逃げするように議員会館を出たことですね。

井上 えっ、夜逃げですか?

小野寺 選挙で負けた場合、同じく落選した議員の事務所が何か所もあり、同じ時期に荷造りをしますよね。でも、辞職の場合、たった1人です。どうしても目立ちますし、メディアも好奇心で追ってきます。これ以上さらし者になりたくないという思いが強くて、夜中に一気に出たのを覚えています。

井上 具体的には何時くらいに?

小野寺 22時から深夜にかけて荷造りして、車に全部乗っけて。公共交通機関も使いたくなかったので、夜中の東北道をそれこそ隠れるように地元に戻りました。

井上 本当に夜逃げだ……。

小野寺 以来、しばらく表に出ませんでした。比喩ではなく、しばらく布団かぶって寝ていましたから。ニュース番組は政治の話題が出るので観たくないから、すぐチャンネルを変えて。人生で一番バラエティ番組を観ていた時期かもしれないですね。

井上 戻った後、地元の方々の反応はどうだったんですか?

小野寺 何となく腫れ物に触るような感じだったと思います。当事者の自分は用事があって外に出るとみんなが見ているように感じていましたが、実際はそんなことなく、温かく見守ってくれていたというか。「何でお盆にお線香持って一生懸命回っちゃったんだよ」と。

井上 同情的だったんですね。

小野寺 その後も公職選挙法違反の報道は何度もあったと思いますが、その時々に冗談交じりにこう励ましてくれる方もいました。「憲政始まって以来、物をもらって辞めた政治家は何人もいるけど、物をあげて辞めた政治家はお前が初めてだろ」と。……こんな話でいいんですか?

井上 すごく興味深いです(笑)! その後、2003年に同じ衆議院宮城県6区から再出馬されています。その間、政治の世界を諦めようと思ったことはなかったんでしょうか?



小野寺 もちろん、なかったと言えば嘘になります。私の場合、3年間公民権が停止になりましたから、政治活動はできない。それどころか選挙があっても、家族には投票用紙が届くのに、私にはこないわけです。

井上 そうなんですか!?

小野寺 はい。公民権停止というのは、選挙権、被選挙権を通じて政治に参加する地位、資格がなくなるということですから。

井上 その状態を経験された上で出馬を決めるというのは、重みが違いますね……。

小野寺 何で衆議院選挙に出ようかと思ったかと言うと、「俺、このままで終わったら、たぶんお線香配って辞めた人というだけの政治家人生になるな」と。政治の世界に踏ん切りを付けるためにも、もう1回挑戦しようと思ったんですね。

井上 選挙区の方々の反応はどうでしたか?

小野寺 不思議な選挙でした。

井上 不思議?

小野寺 しらっとされるのかなと思いながら、「ご迷惑かけました、小野寺五典です」という第一声とともに選挙カーで走ると、田舎道におじさんやおばさんが走って出てくるんですよ。田舎の家は玄関先から道路まで距離がありますよね。そこを走って出てきて、車の方へ駆けつけて、「頑張れ、頑張れ」と。なかには転ばれてしまう方もいたんですが、立ち上がり、手を振ってくださる。そこは決して私が強い地域じゃなかったんですよね。だから、「これは何事だ?」と不思議に思っていたら、その地域が特別ではなく、ずっと応援ムードを感じながらの選挙戦になったんです。

井上 予想外の反応だったんですね。

小野寺 肌身に感じたのは「みんなも待っていてくれたのだ」という実感でした。「せっかく若い議員を出したのに、あんなことであっさり辞めて、苦労もしたのだろうな」と。本当に地元の人は優しいなと思いましたし、スパッと辞めたことを評価してくださっていたのかもしれません。選挙結果は驚くような得票数で、おそらく二度とあんなに感動する選挙を経験することはないと思います。



井上 そして、2012年には防衛大臣に。

小野寺 あれは驚きました。私は総裁選で安倍総理を応援していませんでしたから。自分に話がくるとは思っていませんでした。それが突然の入閣。朝のニュースで見たときにビックリしましたよ。

井上 えっ! ニュースで知ったんですか!?

小野寺 そうなんですよ。

井上 入閣って電話で事前に知らされるわけじゃないんですか?

小野寺 普通は事前に知らされるものですけど、ぶっちゃけて言ってしまうと、連絡の行き違いがあったんですね。

小野寺 組閣発表の早朝。地元の市長から電話かかってきて、「代議士、新聞に小野寺五典防衛大臣と書いてありますよ」と。でも、私は聞いてないから、ん? と思いながら、もう一度、横になったんですけど、やはりおかしいなと起きて7時のニュースを見たんです。そしたら、「防衛大臣・小野寺五典」と。思わず「俺かっ!」となりましたね。

井上 そんなことあるんですね(笑)。

小野寺 その日の夜、皇居での認証式のとき、総理に聞くと「あれ? 伝えてなかったっけ?」と。そこで分かったのは総理から派閥の会長である岸田文雄先生には伝わっていたようなんですね。ただ、岸田先生は慎重な方なので、その話を私に伝えて仮に事前に漏れてしまったら大変だと。それで結局、最後まで言わずにいたのだと思います。でも、本当に今でもあの衝撃は忘れないですね。朝の7時のニュースで、自分の名前を見た瞬間の驚き。



井上 大臣といえば、今回の組閣で話題の小泉進次郎環境大臣。先輩としてどうご覧になっていますか?

小野寺 小泉さんは、すごく政治のセンスと才能がある人ですから、私のようなものと比較することはないと思います。

井上 そこまでですか!?

小野寺 100m走で例えれば、間違いなく10秒を切れる才能を持つ選手でしょう。こちらはどんなに頑張っても400mリレーの補欠になれるかなれないか。身近で接していると、努力では埋まらない差を感じますよ。井上さんも芸能界でこの人には勝てない……というタレントさんがいると思うんですが、同じ世界、同じステージにいることで見えてくる才能の差ってあるじゃないですか。

井上 はい。

小野寺 ここでこんな発言、行動が出るのかと。天賦の才を感じます。

井上 具体的に感じた瞬間があるんですね。

小野寺 例えば、東日本大震災のとき、私の地元は大きな被害を受けました。そのとき、彼は真っ先に被災地に入ってくれて、「五典さん、被災地には何が欲しいですか?」と聞いてくれたんですね。そこで、「小泉さん、ガソリンだよ」と返すと、「分かりました!」と彼の地元・横須賀からタンクローリー車を手配して、自分も乗り込み、ガソリン、灯油、軽油を運んでくれたんです。

井上 小泉さんが運転されて?

小野寺 いえ、さすがに運転は支援者の方がされたと思うけどね(笑)。とにかく、この発想と行動力。当時、私たちは野党でしたから、支援活動がメディアに取り上げられ、目立つこともなかったんです。でも、そんなことは関係なく動き、それを自分で手柄のように語ることもない。感じるものはありますよね。ただ、大臣となると話は別で、やっぱり成果、実績が求められます。今、小泉さんに何かアドバイスできることがあるとすれば、外野の声に振り回されず、どっしり構えてやっていただければ、と思います。

(『月刊エンタメ』2019年12月号掲載)
「取材を終えて」~井上咲楽の感想~
小野寺さんの世界観に一気に引き込まれました。この空気感を伝えたいのですが言葉では表せません。自分を大きく見せたり、会話の中で「こんなに立派だ」というアピールする政治家がほとんどの中、小野寺さんが謙虚であることは確か。防衛大臣に二度もなるなどただものではないはずなのに、この独特な雰囲気を持ち続けていることに驚きます。どんなに偉くなっても小野寺さんのままでいてほしいです。
小野寺議員が <新たに選挙権を得た若い世代> に読んでほしい1冊

『沈黙の春』(レイチェル・カーソン 著/新潮社 刊)
1962年に出版され、農薬などの化学物質による環境汚染の危険性を訴えた先駆け的書籍。「確か10代の終わりに読んだんだけど、春になっても鳥たちが鳴かなくなった。虫たちが自由に飛ばなくなったというエピソードとともに、環境汚染の恐ろしさが説かれていくんですよね。この本のおかげで地球環境の大切さを初めて真剣に考えるようになったので、強く印象に残っています。初版から50年以上たった今だからこそ、読み返すと感じるものがあると思います」
▽井上咲楽(いのうえ・さくら)
1999年10月2日生まれ、栃木県出身。A型。現在は『アッコにおまかせ』(TBS)などバラエティ番組を中心に活躍。
Twitter: @bling2sakura

▽小野寺五典(おのでら・いつのり)
1960年5月5日生まれ、宮城県出身。自由民主党所属衆議院議員。東京水産大学水産学部海洋環境工学科卒。宮城県職員を経て、97年に初当選。外務大臣政務官、外務副大臣、防衛大臣を歴任。

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