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尊みを感じて桜井、コスプレを蔑まれた過去…「今では立派な仕事になりましたと胸を張って言える」

エンタメNEXT / 2024年8月11日 6時0分

尊みを感じて桜井、コスプレを蔑まれた過去…「今では立派な仕事になりましたと胸を張って言える」

尊みを感じて桜井 撮影/荻原大志

一度聞いたら忘れられないインパクトのある名前。その名前以上に、見る人に衝撃を与える二次元をそのまま三次元に召喚させたかの如きスタイルとルックスの持ち主である、コスプレイヤー・尊みを感じて桜井。Xのフォロワーは60万人目前と勢いを感じさせる彼女は、どのようにしてコスプレと出会ったのか?謎多き彼女の半生に迫ってみた。

【写真】尊みを感じて桜井の撮りおろしカット【10点】

──取材にあたり色々と調べていく中、Wikipediaには「2014年からインターネット上でコスプレイヤーとして活動開始」と書いてありましたが……。

桜井 えっ、私のWikipediaがあるんですか!? 知らなかった……。2014年ってことは……これが合っていれば私は今年活動10周年なんですか(笑)?

──そこすら怪しい(笑)。「小学3年生のころに最初のコスプレを経験」という記述もありますが、もしかしたらそれも……?

桜井 もっと前から着ていたような気も……? 本当にヤバイぐらい過去の記憶がボンヤリなんですよね。けど、出典があるのならきっと合っているはずです(笑)。

──これは、このインタビューが貴重な資料になるやもしれませんね(笑)。では、出ている情報を前提に話を進めていきますが、小さい頃からコスプレに親しんでいたということは、アニメ・ゲーム・漫画に親しめる環境の中で育ったということでしょうか?

桜井 そうですね。ただ、家の中で常にアニメが流れているという感じではなくて、インターネット環境が整っている環境だったので、そこで自分自身で色々調べ掘り下げていくうちに「アニメって面白い!」と開花していったんです。

──その頃に印象に残ったもの、カルチャーショックを与えた作品は?

桜井 『DEATH NOTE』です。「あんなに人って簡単に死ぬんだなあ」って(笑)。しかも主人公の八神月が、一見爽やかに見えて、「計画通り」って言ったときの顔の崩れ方のような人間の二面性が強烈に描かれているのが、子ども心ながら衝撃的でしたし惹かれるものがありました。

あとアニメではないのですが、衝撃だったのは初音ミクの存在でした。今まで歌=人の声が当たり前だと思っていたところ、可愛い女の子が電子音のような声で超高音をまくしたてるのが衝撃的で、それ以来虜になってしまって。そこからはオタク文化にどっぷりハマっていきました。



──幼少期の桜井さんは、どのような子どもでした?

桜井 社交的というには開放的すぎで、とにかくよく喋るタイプでした。特に中学時代はすごかった。私の通う中学はアニメを観る習慣がない子がほとんどで、当初は私がアニメや漫画の話をしても一切話が噛み合わなかったんです。

私はとにかく仲間を増やした方が楽しいと思ってしまう人間のため、かみ合わせるために「『DEATH NOTE』を観ろ!なんなら家に来い!!」と誘い、みんなに初音ミクの動画やアニメを観せて布教しまくっていたんです(笑)。そこから徐々にクラス内に『少年ジャンプ』を読む子が増えていき、情報交換しあったり、互いに書いた“夢小説”を回し読みしたりしていたんです。

感化された友だちが、また周囲にアニメや漫画の面白さを伝えていって……その結果、全校にまで広まり、最終的に地域で有名な「アニメ大好き学校」になってしまいました(笑)。

──それは強烈な種を蒔きましたね(笑)。話は遡りますが、コスプレという概念を知ったのはどこからでしょうか?

桜井 コスプレ以前に『DEATH NOTE』のミサミサの影響で「ゴスロリ」が好きになったんです。色々とゴスロリについて調べる中、ウィッグをかぶれば金髪になれるんだ!と知って、今度はウィッグについて調べていくと、緑色のすっごく長いツインテールをした人が出てきたんです。「これ、初音ミクじゃない!? なんでこの人ミクの恰好しているの?」と気になったところ、「コスプレ」という文化があると知って。そこから興味を強く持ち始めました。

──興味から本格的に行動に移るきっかけは別にあったのでしょうか?

桜井 私はものすごく変身願望が昔から強く、「何かになりたい……いや、なる!」と常に考えるような人間で。確か、『おジャ魔女ドレミ』のどれみになりたい!と思って。そこで母に、「衣装着たい!」とおねだりしたんです。母は昔から裁縫が趣味で、私のピアノの発表会で着るドレスや、保育園のお遊戯会で使う衣装を全員分作るような人で。きっと母に頼めば大丈夫だと思ったんでしょうね、案の定「作ってあげるよ」と作ってくれた……はずです、多分(笑)。

中学に入ってから本格的にコスプレがしたくなり、学校でコスプレ仲間を増やそうと興味がありそうな子たちに声をかけて、体育館貸し切って撮影しあって遊んでいたんです。そのうち、秋田でも小さな同人誌即売会とコスプレイベントが合体したような催しが開催されていたのを知り、そこに友だちを誘ったんですよ。

──初参加の感想はどうでした?

桜井 初イベントでは、巡音ルカのコスプレでした。普段着ない衣装を着て推しになれた瞬間、興奮しましたね。強烈な「楽しい!」という感情が急激に襲ってきたんです。しかも、好きな仲間が集まって好きな推しのコスプレを楽しんでいる状況に、脳汁ドバドバの中毒症状になってしまって。

もっとこの楽しさをみんなに共有したくて、コスプレをした事ない友だちにも、「脚キレイじゃん!コスプレ、似合うよ!!」って言いまくって、コスプレ沼に沈めていく日々でした……こう話すと私、本当に悪いヤツですね(笑)。



──18歳で上京し、この趣味が仕事に変わっていくのはどういう流れで?

桜井 コスプレイヤーの友人の紹介からです。友人は当時レースクイーンとして活動していて、そのお手伝いとして呼んでもらったんです。その衣装がとても可愛らしいうえに、友だちが写真を撮られる姿を見て、「私も撮られることを仕事にしてみたいな」という意識が芽生えたんです。

──趣味だったことが仕事になると、楽しいだけではない部分……作品への向き合い方や意識の面も変わったかと思います。自分なりに大変だった部分はありますか?

桜井 本当に自意識過剰なのですが、元々何事も「やってやるぜ!」という挑戦者マインドの持ち主のため、「私なら大丈夫、この世界でやっていける気がする」と、なぜか思えたんです(笑)。

──「自分の楽しいこと」のための行動を信じてやまないのは、ずっと変わっていませんね。

桜井 そうなんです。本当にその気持ち一つだけで活動を続けていたら、ありがたいことに徐々に声をかけていただけるようになって。ある日、コスプレイベントに参加したとき、これまでの月収を一日で稼いでしまったんです。このとき、本格的にコスプレを私の軸として頑張っていけるのではと、思えるようになりました。

──それはスゴイ! 本当に秋田でにこやかにオタ活していた少女が、好きなことを見事仕事にして活躍しているのは夢がありますね。

桜井 今の事務所のみなさんの支えのおかげです。みなさんのおかげで誌面を飾ることもできていますから。なんやかんやここに来るまで理不尽な経験もしたし、嫉妬もされて、「何その活動?」とバカにされることもありました。今は「コスプレ、今では立派な仕事になりましたよ!」って、胸を張って言えます(笑)。

(取材・文/田口俊輔)

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