日本で最も恐れられる雑誌、なぜ『週刊文春』ばかりがスクープを取れるのか?

エンタメNEXT / 2021年2月6日 7時0分

スクープの裏側を追ったノンフィクション『2016年の週刊文春』(光文社)

政治家の金銭スキャンダルからタレントの醜聞記事まで、列島を震撼させるスクープを連発する『週刊文春』。その破壊力と影響力によって、いつからか“文春砲”と呼ばれるようになったのはご存知の通りだ。しかし、ここで素朴な疑問が浮かんでくる。「なぜ『文春』ばかりがスクープを取れるのか?」「他のメディアだって特ダネやスクープを血眼になって探しているはずなのに……」

そんな素朴な疑問を、自身もかつて文藝春秋の社員として『週刊文春』編集部に身を置き、昨年末に、スクープを追う男たちの姿を描いたノンフィクション『2016年の週刊文春』(光文社)を上梓した柳澤健氏にぶつけてみた。

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まず柳澤氏が『週刊文春』の大きな特徴として挙げたのは、「編集部内の空気が明るく、風通しがいい」という意外にもシンプルな点。だが、優秀な外部スタッフを確保するのには最も重要なことだという。

「何年も前から、週刊誌に勢いがなくなったと言われています。『週刊現代』や『週刊ポスト』はお年寄り向け雑誌に方針転換してすっかり元気がなくなっちゃったし、写真週刊誌の『FRIDAY』や『FLASH』は推して知るべし。そんな中、腕っこきの記者たちはどこに活動の場を求めるか? 『週刊文春』か『週刊新潮』しかない。どちらを選ぶかといえば、勢いがあって雰囲気も明るい『週刊文春』にみんな行きたがるんです」

媒体としての信頼度が高いこともポイントだと柳澤氏は強調する。「スクープの9割は内部リークというのが業界の常識」(柳澤氏)であり、政治家や大企業の社長など、権力者のスキャンダル記事には、もみ消そうという強い圧力がかかる。告発者が圧力にすぐに屈してしまうメディアにネタを持っていくことはない。

典型例として柳澤氏が挙げるのは、2012年に掲載された「小沢一郎 妻からの『離縁状』全文公開」。小沢一郎の愛人や隠し子の存在に加え、震災時には放射能を怖がって地元・岩手から逃げたということを告発した衝撃的な記事である。

「『週刊文春』の記事が出ると、テレビ各局は追随しようとした。ところが小沢一郎サイドから強い圧力がかかった。『おたくの局がこのことを報道するなら、以後の協力は考えさせてもらう』とか『ほかの局は扱わないのに、おたくだけやっていいのか?』とか。結局、テレビ各局は沈黙したんです。芸能系のスキャンダルだって同じこと。タレントの写真集やコンサートのプログラム、関連書籍というあめ玉をもらっている出版社は、大手芸能事務所所属タレントのスキャンダルは扱いづらい。出版部から『余計な真似するな! あそこからは大きな仕事をもらってるんだ』も苦情が入るでしょうしね」

しかし、文藝春秋も総合出版社だ。女性誌もあれば、単行本の部署だって存在する。『週刊文春』の掴んだ“スクープ”を会社上層部から止められることはないのか。

「『週刊文春』でスポーツ選手のスキャンダルを出したことで『Number』で取材できなくなったなんて実際に何度もありましたよ。でも、文藝春秋では編集部の独立性が保たれている。『週刊文春』編集長がやると決めたことには、誰も口出しできない。

『週刊文春』はあらゆる圧力や忖度を撥ねのけてくれる、という信頼があるからこそ、告発する側も安心できる。リークする人っていうのは、第一に自分や家族の安全を確保したい。たとえば『会社の内部でこんなひどいことが行われています!』という内部告発が『週刊文春』に載ったとする、普通なら、原因究明と再発防止策を講じるところですが、巨大組織は往々にして必死に告発者捜しをする。逆にいえば、告発する人は『自分の身が危うくなるかもしれない』というリスクを負って週刊誌に情報を流している。そこにあるのは正義感です」

一般には誤解されがちだが、『週刊文春』はネタをお金で買ってきているわけではない。交渉にもそもそも応じていない。告発者側もお金欲しさに情報を流しているわけではないのだ。(※詳細は『2016年の週刊文春』を参照)

「たかが週刊誌が何百万円も何千万円も払えませんよ(笑)。20万円や30万円をもらったところで、会社を辞めさせられたら割に合わないじゃないですか。芸能系のスキャンダルだって、自分の友達を20万円や30万円で売ろうなんて普通は思わないでしょ? 100万円だろうが話は同じ。内部情報をリークするのは、『こんな不正を許してはならない!』という気持ちからですよ。カネの問題じゃない。

森友文書の改竄をやらされて、自殺に追い込まれた近畿財務局の赤木俊夫さんの遺書にしたって、あれを『文春』が載せなかったら世の中に出なかったかもしれない。果たしてそれでいいのか?  っていう話ですよ。文春の記者たちは『俺たちがスクープから下りてしまったらほかに誰がいるんだ?』というプライドを持って事件を追っている。記者クラブというなかよしクラブの中で権力者に従順に飼いならされている連中とは一緒にしてもらいたくない、と」

もちろん『文春』だって商業誌である以上、ビジネスという側面から逃れることはできない。広告主や作家の顔色を伺うこともあるだろう。しかし、最後はやはりジャーナリズムとしてのプライドの問題になってくる。

「JR東日本に喧嘩を売ってキオスクでの販売を拒否されるなんて、ビジネスの面からしたら愚の骨頂かもしれない。でも、労組が革マルに支配されて、革マルになびかない人間が散々嫌がらせを受け、いじめ殺された人もいると聞けば書くしかない。それが雑誌ジャーナリズムの根本です」

目先の損得勘定よりもはるかに大事なものがこの世にはある。下世話だと指摘されることも多い『文春』の報道姿勢だが、その実態は闘う男たちの矜持によって支えられていた。

▽『2016年の週刊文春』(著者:柳澤健/発行元:光文社)
列島を震撼させるスクープを連発し、日本で最も恐れられる雑誌となった『週刊文春』。そのスクープの裏側には愚直な男たちの物語があった。花田紀凱と新谷学、『週刊文春』をトップにした2人の名物編集者の話を軸に、記者と編集者たちの熱き闘いの日々を描いた痛快無比のノンフィクション。著者は『1976年のアントニオ猪木』『1984年のUWF』などで高い評価を得るノンフィクション作家・柳澤健氏。

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