【寛斎meets若手デザイナーinニッポニスタ】デザインに地域性は不要な時代--3/3

FASHION HEADLINE / 2014年2月19日 13時0分

ニッポニスタのプレゼンテーションスペースの前で寛斎氏

ニッポニスタ(NIPPONISTA)のファサードを飾るクマのバルーンアート。今回のシンボルマークにもなったテディベアにジャーナリストやバイヤーなど多くの来場者が、ニッポンとこのクマの関係性を質問した。会場に展示されたバルーンドレスを例に、制作に数十時間かかっても、風船の寿命である3日しか持たないというそのはかなさを美しいと思う感覚が、日本的という説明もされたが、クマと“ニッポニスタ”の定義は来場者に委ねられた形だ。

今回のプロジェクトに、富士山や着物などこれまでのようなステレオタイプな日本的なコードは用いられていない。その中であえて、唯一“ニッポニスタ”を象徴したとも言えるのが山本寛斎という存在。会場では常に自らの最新コレクションを着用し、ポップに日本をアピールした。

「私自身はたまさか日本的なモノを集めて海外に出たけれど、今の時代にあえて日本らしさというものを出す必要があるかどうかは疑問だと思っている。生まれたところが日本というだけで、今回紹介されているロボットが日本的かというとそうでもない。ファッションで見れば、ユニクロにしてもH&Mにしても地域性は関係ない。日本という地域性は忘れても良いのではないだろうか。今回伊勢丹のみなさんが、日本的なモノをコンセプトにセレクトした、とおっしゃったが、“クールジャパン”というものが何なのかは、経産省を含めて再定義する必要があるかもしれない」(寛斎氏)

今回のバルーンアートを制作したデイジーバルーン(Daisy Balloon)の作品を見ながら、「レディー・ガガが今後進む方向性はこういうモノしかないだろうね。衣装だけ着て独立した絵というものではなく、その背景にあるコンセプトを含めて表現するということなのだが、それが日本的なのかどうかは僕には分からない」と話す寛斎氏。

「僕達の作品に日本的な部分があるとすれば“繊細さ”ということかもしれません」とデイジーバルーンのアートディレクター・河田孝志氏。

「ただ“繊細”というのはどこの国にも共通することで、日本固有というモノではない。あえて言うなら“美学”。その精神性だろう。墨絵を画けるのは日本人と中国人だけ。そういうスピリチュアルな部分かもしれない。ただ、その繊細さの反対にある多様性、様々な文化を取り入れるのもまた日本的な文化。ただ、“南蛮”“蛮族”という言葉の表現にも表れているように、歴史的に見ても必ずしも西洋文化を尊敬していないし、あまり欲しがってもこなかった」と寛斎氏。

「今回の作品を見ても、その繊細さは良いのだけれど、見せ方のエネルギーが弱いのかもしれない。しゃべろうとしている時の声が小さい。私自身がやってきたことも、結果的にクールジャパンと呼ばれる一つだったのかもしれないけれど、今回のニッポニスタに参加している作品の一つひとつを見ると、クリエーターとして才能は十二分にあるし、日本の家電や自動車と同様に、デザインの分野はこれから先、大丈夫だと安心できる。自分ができることと言えば、もっと発信力のボリュームを上げれば、というサジェスチョンくらいしかない。でも、今日はちょっとそれぞれのデザインの内容が濃すぎて、二日酔いのような気分」と寛斎氏はクールダウンにストアの外へ。

その派手なコスチュームを見つけ、すぐ様、写真を撮るSOHOの観光客や、ニューヨーカーに「一緒に写真を撮ろうか」と大きな声で手を差し出し、肩を組む元気さは、時代を超えて山本寛斎ならではの光景だ。

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