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江戸時代の殿様と庶民、年収はどれくらいだった?

ファイナンシャルフィールド / 2022年5月5日 3時0分

江戸時代の殿様と庶民、年収はどれくらいだった?

現代では年齢・性別・役職などによって年収に差が生じます。少しずつ改善されているとはいえ、まだまだ年収格差を感じることもあるでしょう。なかでも、昔はさらに年収格差が大きかったといわれています。   流通している貨幣や物価も異なりますが、今回は江戸時代のお殿様と庶民の年収について、現代に当てはめながら比較していきます。

江戸時代の貨幣と物価

江戸時代は将軍・徳川家によって貨幣制度が見直された時期となります。1636年、3代将軍・徳川家光により「寛永通宝」がつくられると、金・銀・銅(銭)の三貨制度が確立しました。時代劇などでよく耳にする「1両」は、金の小判1枚に相当します。基本的には時価相場で交換されていましたが、金1両=銀60匁(225g)=銭4000文(4000枚)という公定相場もありました。
 
物価についても江戸時代の初期・中期・幕末で違いがあるものの、「日本銀行金融研究所 貨幣博物館」の資料によると、金1両の価値は初期で約10万円前後、中~後期で4万~6万円、幕末で約4000~1万円ほどになっています。江戸時代初期は金1両あれば1カ月暮らすことができると言われていたこともあるようです。
 
今回は1両の価値が10万円だと仮定して比較していきます。
 

江戸時代のお殿様・将軍の年収は?

1730年(享保15年)の収支に関する資料によると、8代将軍・徳川吉宗の年収は約79万8800両だと記載されています。1両10万円の場合、798億8000万円の収入があったと推測できます。
 
アメリカの経済雑誌フォーブスの「セレブリティ100」では、世界的に年収が多い著名人を紹介していますが、トップでも300億~500億円となっています。令和の時代における総理大臣の年収は約4032万円ほどなので、江戸時代のお殿様の年収は、かなり高額であったといえるでしょう。
 
ちなみに幕府の家臣である旗本は、管理している土地の大きさにより年収に格差があり、5000石の場合は年収1億7500万円、500石の場合は年収1750万円だと推測できます。格差はあるものの、幕府に関わる職に就いている人は、比較的高収入であったことがわかります。
 

江戸時代の庶民の年収は?

江戸時代は、さまざまな職業があり、ひとくくりに庶民といっても収入に差がありました。たとえば、中流農家の場合、田1町と畑5反を耕作することで米20石・麦6石・大根2万5000本を作ることができたと言います。ただし、作物がすべて収入になったわけではありません。年貢や地代を支払う必要があったため、おおよそ47両ほどある売上から差し引かれ、実際の年収は15両程度となりました。
 
現代の価値にすると、中流農家の年収は470万円、手取りは150万円程度と言えるでしょう。現在も年収から各種税金が差し引かれますが、江戸時代も同様に年収と手取りに開きがあったことがうかがえます。
 

江戸時代のお殿様と庶民の年収差は非常に大きかった

現代も年収格差が問題となることがありますが、江戸時代のお殿様と庶民の年収差は、現代とは比べ物にならないほど大きかったことがわかります。中流農民の場合、500万円近い年収があっても半分以上が税金や諸経費で差し引かれ、日々の暮らしは決して楽なものでなかったと予想できます。年収格差は現代だけでなく、古くから日本社会に存在していたと言えるでしょう。
 

出典

日本銀行金融研究所貨幣博物館 お金の歴史に関するFAQ(回答)
プレジデントオンライン 江戸時代の武士の平均年収は500万円超
フォーブスジャパン 世界で最も稼ぐ著名人ランキング 今年は多数が年収1億ドル超え
フォーブスジャパン 世界で最も稼ぐセレブ100人 フォーブスが発表
 
執筆者:FINANCIAL FIELD編集部

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