「良い円安」「悪い円安」は議論をしても意味がない!? 円安は本当に悪いのか?
ファイナンシャルフィールド / 2022年10月5日 5時0分
2022年になって、ドル/円レートが急激に円安・ドル高方向に振れています。2021年の終盤は1ドル=115円台だったのが、直近で1ドル=145円近辺まで上昇しました。おおむね、25%ほど円安になっています。 これをもって、「良い円安」「悪い円安」といった議論が沸き起こっていますが、投資をするうえで、このような議論がどれだけの意味があるのか、正直よく分かりません。そこでこの記事では、「良い円安」「悪い円安」についてや、円安は本当に悪いのかなど現在の円安について解説していきます。なお、この記事は2022年9月18日時点の情報を基に執筆しています。
2022年現在、ドル/円レートはいうほど円安なのか
個人的には、ドル/円が1ドル=115円台から120円を突破し、「これは悪い円安だ!」といわれるようになったとき、「円安になってきたのか」程度の受け止め方しかしていませんでした。毎日、為替レートをチェックしている身としては、「アメリカが利上げするのだから、そうなるでしょう」くらいの印象でしたが、どうも世間では円安が悪いようで、しばらくの間は「なんで悪い円安となるのか」と疑問を抱いていました。
確かに、円安になれば輸入物価は上昇するため、生活実感としてはモノの値段が上がって大変だというのは分かります。ただし、円安がさも悪いかのようにいわれていることに強い違和感をもちました。なぜ違和感をもったかというと、ドル/円レートの歴史では現在のような円安といわれる水準でも、長い目でみれば、まだまだ円高水準に位置しているからです。
図表1のチャートはドル/円レートの月足です。ご存じのように、かつてドル/円は1ドル=360円の固定相場制でした。その後、変動相場制に移行し、以降は大局的には長い円高・ドル安トレンドのなかにあります。
図表1
〇ドル/円レート(月足)
出典:TradingView Inc.「TradingView」
※解説を目的に使用
日本の場合、高度経済成長を経て発展・成熟していくなかで、名目的に円の力が強くなってきたことをチャートは物語っています。しかし、円高・ドル安があまりにも長く続いてしまったがために、特にバブル崩壊後ですが、結果としてデフレ経済が慢性化する一因になってしまいました。
人々は物価が低い状態に慣れ、低い賃金にも違和感を覚えなくなり、知らず知らずのうちに、これが日本の当たり前だと思うようになりました。このような状況は日本経済にとって非常によくないことなので、経済政策であるアベノミクスを通じ、円高を是正する方向に政策の舵が切られました。これが大規模な金融緩和政策の実施です。
当時、円高を是正して円安にもっていくことで、日本経済を復活させようという政策意図に大いに期待し、歓迎していたはずですが、なぜ今では円安が悪いとされているのでしょうか。これが違和感を覚えた2つ目の点です。
円安が悪いのなら、円高になればいいのか?
円安は円の価値が下がることなので、海外からモノを輸入する際、高い値段で仕入れる必要が出てきます。
例えば、1ドル=100円のときに海外から100ドルの時計を輸入する場合、日本円に換算すると、その時計の値段は1万円です。これが1ドル=150円になった場合、日本円で1万5000円を支払う必要があります。つまり、同じ時計なのに、日本円の価値が低下(購買力が低下)したことで、より多くの日本円を支払わなければならなくなります。
円安が悪いといわれる背景には、このような輸入物価の上昇がありますが、前提として、そもそもコロナショックにより悪化した経済が回復していくなかで、世界的に物価が上昇しているわけですから、円安悪玉論自体、少し無理のある話です。ましてや、ウクライナ侵攻によってロシアに経済制裁が科されている現在、しばらくの間は物価が高止まりする可能性があることも含め、円安の意味を考えていく必要があります。
円安・ドル高になっている主な要因は、アメリカの金融当局による利上げです。アメリカの金利が上昇している一方で、日本の金利が変わらないため、日米の金利差が拡大している結果、ドルが買われて円が売られているわけです。なぜ、アメリカが利上げをしているかというと、物価が高いからですが、世界的に物価が上がっているのは先ほど説明したとおりです。
このように、アメリカの利上げが円安を誘発しているわけですから、いくら「円安が悪い!」と叫んだところで、世界的に広がっている物価上昇が落ち着かないかぎり、この問題は解決しません。それにもかかわらず、2022年7月の参議院選挙では特に野党を中心に「円安を是正して円高に戻せ」「金融緩和を解除し、金利を上げろ」という議論が行われていました。
単純に「アメリカはまだ金利を上げる可能性が高いのに、本当にそれで円安が是正されるのか?」「逆に、この状況で日本が利上げしたら、日本経済は悪化し、デフレがさらに長引くのでは?」と思うのが普通のような気がします。この点が、円安悪玉論に対する3つ目の疑問です。
経済政策を支援するために行うのが為替政策
日本の場合、消費者物価指数(CPI)のうち、2022年8月のコアCPI(生鮮食品を除く総合指数)が前年同月比2.8%の上昇でしたが、依然として他の先進国と比べると極端に低い上昇率です。
確かに、これまでと比べて上昇傾向が出てきているので、物価は上がってきていると判断することはできます。しかし、この程度の物価上昇率では、国内経済が力強く息を吹き返しているとはいえません。どちらかというと、世界的な物価高という外部要因の影響を強く受けているため、日本経済が自律的に回復しているとはいえないでしょう。
問題は、なぜ日本経済がいまだに自律回復できないかにあります。円安にすればいいとか、円高が望ましいとか、そういった視点は経済の一側面である金融環境をどのように整えるかという政策論に過ぎず、本質的な問題解決策とはいえません。むしろ、日本経済を本格的に回復させるためには何をするべきかという視点で、多方面から政策論議を行う必要があります。
例えば、よくいわれることですが、生産性を上げる、賃金を上げるなどは、その最たる例でしょう。企業が収益を上げる力を伸ばし、その結果、従業員の給料が増えていけば、おのずと国内の物価は上がり、デフレを気にせず、ある程度安定した経済成長が望めるようになります。まず、日本経済をそこまでもっていったうえで、円安・円高の是非を問わなければ意味はないでしょう。
為替のコントロールは、一国の経済を金融環境において側面支援するための一つの方策に過ぎません。国内経済をよくするためには円安がいいのか、円高がいいのか、また国内経済が回復してきた後や、逆に国内経済が悪くなってきた場合など、景気循環にのっとって為替の観点からどのように側面支援すべきかを論じ、政府として為替政策を実行していくものです。
まとめ
経済がそれほど強くないにもかかわらず、物価が少しずつ上がってきている現在のような局面では、急激な為替変動、つまり猛スピードで進む円安・ドル高は好ましいとはいえません。ただし、これをもって円安悪玉論に走ってしまうのは早計で、円安が急速に進むスピードを和らげ、その間、企業活動や国民生活への悪影響をケアしながら、同時に日本経済をどのように回復軌道に乗せていくかを議論していかなければ意味はありません。
「良い円安」「悪い円安」を誰がたきつけたのかは分かりませんが、投資をする際は特にこうした議論に惑わされることなく、どこに問題の本質があるかを探りながら、自分なりの考えを組み立てていくようにしましょう。
出典
TradingView Inc. TradingView
総務省統計局 消費者物価指数(CPI)
執筆者:重定賢治
ファイナンシャル・プランナー(CFP)
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