「売らずに借りる」これっておトクなの?
ファイナンシャルフィールド / 2022年10月14日 22時30分
![「売らずに借りる」これっておトクなの?](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/financialfield/financialfield_164182_0-small.jpg)
ネットで目にした、ある証券会社の商品広告。不動産を「買う」ために、有価証券(株式や投資信託)を「売る」ケースに言及しています。買いを優先すると、望ましくないタイミングで株式を売るはめになるかもしれない。逆に売却の時期を迷っていると、買いたい不動産を逃してしまう。 そんなタイミングのズレは、実際にあるかもしれません。PRされていたのは、有価証券を売らずに担保にして融資を受ける。そうすればすぐに不動産を買える。そんな形のローンでした。
「売らずに借りる」がおトクなケースとは?
有価証券を担保にしたこのローン商品では、次のような概要が確認されました。
(1)配当金や株主優待などは、引き続き受け取れる。
(2)表示金利は年1.5%・変動制。半年ごとに金利を元本に組み入れ。返済は好きなタイミングで可能。
(3)不動産の購入や投資に限定されず、資金使途は広い。
(4)担保掛目(評価額に対する融資額の割合)は、国内上場株式やJ-REITで50%、国内公募投資信託が60%など。
(5)担保の時価評価額が融資額の70%を下回った場合、強制的に売却される。不足額がある場合には、直ちに返済が必要。
例えば、国内上場株式で配当利回り(税引き後、以下同)2%の銘柄を時価評価額で600万円分持っていて、このローンを利用した場合どうなるのか。
300万円(担保掛目50%)借り入れして、1年後の残高(金利を元本に組み入れできた場合)は304万5100円あまり。この間に配当金手取りが12万円(600万円×2%)あると、借入金利分を大きく上回ります。
計算上は、配当利回りが0.75%ちょっと(借入利率の半分強)以上あれば、[株式は売らずに担保にして、借り入れをしながら配当をもらったほうがおトク]になります。そもそも時価評価額の50%しか融資せず、金利も年1.5%と低めだからなのですが、国内上場株式でこうした「おトク」を実現できる銘柄は少なくないかもしれません。
こうしたローンのデメリットは
しかし、株価は常に変動しています。企業業績によって配当額も変わります。配当利回りが急減する、あるいは無配になることだって珍しくありません。
先述の事例で、当初の時価評価額600万円が1年後にもしも借入残高の70%、つまり213万円くらいに急落したらどうなるのか。先述(5)のルールで強制的に売却されてしまいます。少し時間をかけて株価回復を待つなんてことは許されません。
株式を全部失ったうえに、91万円以上を自己資金で穴埋めして返済しなければならない。しかも、株価がここまで下落する過程で配当も無配に転落してしまった。こんな踏んだり蹴ったりの事態だってありえるのです。
持っているものは、手放したくない(?)
人はいつでも合理的と思われる行動をするのか。実際には必ずしもそうではないことがいろいろ指摘されます。
同じ品物について、それを持っている人が売りたいと思う価格、そして持っていない人が買ってもよいと考える価格。実験で調べたところ、前者は後者の2倍くらい高いといった結果もありました(※)。
何かを保有していると、それを手放すことに抵抗感(保有効果)が生まれるといわれます。持っているモノは、新たに買ってもよいと考える場合よりも大きな価値がある。その価値以下で売ることは一種の損失であり納得できないので、保有し続けて現状維持したい。こんな心理は十分ありえます。
行動経済学で「損失回避性」や「現状維持バイアス」といわれる、不合理な状況です。先述の実験対象になった品物は単なるマグカップですが、将来的な価格変動が大きく売買金額もかさみがちな株式など有価証券ならば、こうした不合理な心理や行動が一段と強く表れても不思議ではないでしょう。
先述のローンは、こうした心理を商機にしようとしているものかもしれませんね。
まとめ
「売らずに借りる」が、前向きな意味でのいいとこ取りになるケース。それがまるでないとはいえないでしょう。
しかし、例えば時価600万円あるのに半分の300万円しか手にできない。そんな中途半端な資金調達策だともいえます。しかも、相場暴落、無配転落、そして強制売却されても残債が残るといった悲観シナリオだって否定はできません。
同じ金額でも、利得より損失のほうが心理的ダメージは大きいと指摘されています。資金調達の必要性から有価証券の処分を検討するのであれば、保有継続と借り入れを並行するよりも必要額を売却してしまう。そのほうが理にかなっているケースが多いのではないでしょうか。
出典
(※)株式会社日立総合計画研究所「書評」~「セイラー教授の行動経済学入門」
執筆者:上野慎一
AFP認定者,宅地建物取引士
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