クリニックの受付中、患者さんから「待ち時間が長すぎる!」「料金なんて払わない」とクレームが! 主任は「我慢して」と言うけれど、“損害賠償請求”になる可能性も!? 誤解の多い「応招義務」とあわせて解説
ファイナンシャルフィールド / 2024年10月29日 4時20分
医療・福祉の現場での患者さん等によるハラスメント(ペイシェントハラスメント、以下ペイハラ)が深刻化しているようです。 長時間の理不尽なクレームや、暴力行為、さらに、診療を拒まれたとして損害賠償請求を受ける事案さえ発生しています。しかし、ペイハラ対応に手を取られて他の患者さんの診療遅延などで健康被害が生じたら、それこそ医院等の損害賠償責任すら問われかねません。 特に、医療機関には患者の診療を断れない「応招義務」があり、ペイハラに及び腰の経営者も見受けられます。 本記事では、「応招義務」について誤解されやすい部分を解説し、適切な診療を行う対策を厚生労働省などの資料も参考に考えていきます。 (厚労省通達では「応招義務」という用語を用いています。一般に「応召義務」という用語も用いられていますが、本記事では「応招義務」に統一します)
医療・介護現場のペイシェントハラスメントは深刻な被害をもたらす
厚生労働省では、ペイハラ対策の整備や研修資料等も提供し現場の支援をしています。
しかし、パーソル総合研究所の2024年調査によると、医療・福祉業の43.1%に被害経験があり、業種別では公務員に次ぐ2番目の高さです(図表1)。
しかし、病院や施設等のうち4割では、ペイハラの予防・解決策が実施されておらず、人手不足が深刻な中、離職の原因にもなりかねません。また、ペイハラ対応に時間を取られることで、他の患者さんの診察ができなくなれば、診療報酬減少、さらには患者離れも生じかねません。時間外労働などの直接的な経費負担にも繋がっているでしょう。
また、中には、診療報酬の支払いに応じない、追加の薬を無料で提供させられるといった、直接的な金銭被害の事例も生じています。
図表1
パーソル総合研究所 深刻化するペイシェントハラスメントより抜粋
「応招(応召)義務」は正当理由があれば適用されない
院長など医療機関の経営者が勘違いしがちなのは「応招義務」の本来のあり方です。
「応招義務」は、医師、歯科医師、薬剤師、助産師等に対し、医師法などの法律で定められています。「正当な理由がなければ患者等の診療・調剤などの医療行為を拒んではならない」というものです。
これは、逆に「正当理由」があれば医療行為の拒否は許されるということです。以下に厚生労働省の通達および裁判例を示します。
医療行為拒否が許される「正当理由」
厚生労働省通達では「正当理由あり」として診療拒否等が認められるのは、次のような場合とされています。
●患者の迷惑行為
・診療・療養等での迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合
●医療費不払い
・支払能力があるのに悪意を持ってあえて支払わない場合
●入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院等
・入院継続の必要がなく、通院治療等で足りるため退院させること。
・病状に応じて大学病院等から地域の医療機関を紹介、転院を依頼・実施すること。
「正当理由」が認められた裁判例
以下の裁判例では「診療に応じないことに正当理由あり」と認められ、患者からの数百万円単位の損害賠償請求等が退けられています。
●(事例1)医師の診療方針に納得せずに、患者が自己判断による診療を要求
・患者が医師の診療等の対応に不平不満を述べ、さまざまな要求を繰り返した
・医師の診療方針に納得せず、自己判断による薬の処方を執拗に要求した
●(事例2)医師に対する暴言や暴力・治療方針をめぐってつかみ合いに発展するトラブルが幾度も発生
・治療費の支払いをめぐるトラブルも生じていた
●(事例3)長時間居座ったり、あるいは大声で不満を述べたりして、病院の業務を妨害。
・過去の手術についての院長の説明に納得せず、大声を上げるなど感情的態度に出たので、警察を呼ぶ事態になった。その後も何度も来院し謝罪や説明を求め、病院は都度1~2時間程度の対応を要し、院長から促されても帰らなかった
厚生労働省はじめ関係団体、医療施設などの対策を参考にしよう
正当理由があれば応招義務は否定されます。これを前提に厚生労働省、関係機関等で、ペイハラ対策・カスハラ対策が公表されています。ペイハラ対策に悩んでいる場合は、以下を参考にしてみてください。
基本方針
患者やその家族等からの暴力や暴言、不当要求等の著しい迷惑行為などには、医療機関として毅然とした態度で臨み、医療従事者が守られていると感じ、安心して仕事ができる環境づくりに努める。悪質・不当な要求は、話を十分に聞くほど要求がエスカレートするため、時間をかけるのでなく、時間を決めて対応するのがポイント。
社会通念上不相当な言動の例
・身体的な攻撃(暴行、傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
・土下座の要求
・継続的、執拗な言動
・拘束的(不退去、居座り、監禁)な行動
・性的な言動
・商品交換や金銭保証の要求
予防策
・組織の方針をポスター、医院の案内、ホームページ等で明示
・トラブルの多い内容には説明文書などを準備
発生時の対応
・窓口を一本化、複数人で組織的対応
・毅然と対応。会話は最小限、即答しない、約束しない、謝罪しない
・3つのカエルでエスカレーション防止(場所を変える、人を変える、時間を変える)
・違法行為には法的措置(威力業務妨害、不退去への警告、警察通報など)
事後対応
・記録・証拠を正確に残し、弁護士と相談
・再発防止策の検討
図表2
日本産婦人科医会 悪質・不当要求対策より抜粋
「応招義務」を誤解せず、真の患者保護・スタッフ保護を貫くこと
先述の通り「応招義務」を盾にペイハラ当事者にあいまいな姿勢をとることは許されません。ペイハラ対応に手を取られて、正当な医療行為などが妨げられることこそ問題です。
また、安易な解決を求めて「多少の金銭負担ならやむを得ない」などと考えるのは禁物です。ペイハラ当事者を増長させ、また別のペイハラを生む可能性が十分にあります。
ペイハラ対応の準備を整え、いざというときには毅然と対応しましょう。また、具体的な対応方法を院内で話し合って明確にしておくことも重要です。それが真の患者保護につながり、医療機関等としての社会的責任を果たすことになります。
医療スタッフとしても安心して誇りを持って仕事ができる職場作りにつながっていくのではないでしょうか。
出典
パーソル総合研究所 カスタマーハラスメントに関する定量調査
日本産婦人科医会 悪質・不当要求対策
執筆者:玉上信明
社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー
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