公的年金の繰下げ受給はお得? 損益分岐点を考えてみる
ファイナンシャルフィールド / 2020年6月28日 23時20分
今(2020年6月時点)からちょうど1年ほど前から「ねんきん定期便」のデザインが変わり、繰下げ受給が訴求されるようになりました。また、受給開始年齢が75歳まで拡大される改正が成立するなど、公的年金の繰下げが注目される傾向にあるようです。 繰下げの受給とは、公的年金の受け取り開始を遅らせることですが、年金を繰下げずにもらう人に追いつくのは何歳でしょうか? 今日は、公的年金の繰下げ受給の損益分岐点がテーマです。
公的年金の繰下げ受給のおさらい
公的年金は、65歳の誕生日の翌月に「年金を受け取る権利」が生じます。例えば、筆者は5月生まれですので、65歳の6月に「公的年金を受け取る権利」が生じることになります。
6月分の公的年金は7月分のそれと合わせて、原則として8月15日に受給します(手続きのタイミングなどで、後ろ倒しになることもあります)。公的年金は偶数月の15日に、前2カ月分を受け取ることができます。
例えば、65歳から受け取ることができる公的年金を、1年間受け取らずに66歳から受け取り始める、いわゆる繰下げ受給をするとします。
繰下げ受給は、繰下げ1カ月につき受給額が0.7%アップします。上記の例でいうと、66歳から繰下げ受給ですので、0.7%×12カ月=8.4%、つまり受給額が8.4%アップします。
繰下げ受給は1カ月単位で繰下げ受給ができるのですが、「65歳6カ月」という繰下げ受給はできません。66歳以後70歳までの間に、1カ月単位で繰下げ受給を始めることになります。
ちなみに、繰下げ受給ではなく、例えば65歳から66歳まで年金を受け取らずに、66歳の時に1年分の年金をまとめてもらうという選択もできます。これは単に1年分をまとめて受給しているだけですので、66歳以後の年金額がアップするということはありません。
繰下げ受給の損益分岐点という考え方
繰下げ受給を行うと、その増額は生涯変わることはありません。先述の例、66歳まで繰下げした場合、8.4%アップした受給額が終身で続くことになります。
8.4%アップすると聞くと、なんだかお得に聞こえてしまいますね。
銀行の定期預金の金利は0.01%で久しいですし、投資を行い1年間で8.4%のパフォーマンスを挙げるのも、なかなかに難しいですよね。それが公的年金は、1年待つだけで得ることできるパフォーマンスなのです。
ただし、66歳から繰下げ受給するということは、65歳から1年間、年金の受給額は「ゼロ」です。では、このゼロを繰下げ受給のアップで取り返すとしたら、どのくらいの時間で取り返すことができるものなのでしょうか?
1年で8.4%のアップ、10年たつと84%です(8.4%×10年間)。つまり、受け取り開始を1年遅らせたことによる「ゼロ」は、10年たっても取り返すことができないのです。
12年たって、8.4%×12年間=100.8%です。ようやく、65歳から年金を受給した場合の額とほぼ同じになります。そして、12年よりも長く受け取っていれば、つまり78歳よりも長生きすれば、繰下げ受給したほうが有利になるのです(繰下げ受給をした年齢66歳+12年間=78歳)。
繰下げ受給をして、実際に年金をもらい始めるまでの間の「年金ゼロ」の期間を取り返すことができる年齢のことを、筆者は『損益分岐点』と呼んでいます。
そして、損益分岐点を超えて年金を受け取り続ければ、「繰下げ受給をしたメリット」、すなわち「繰下げ受給による年金受給額アップ」のパフォーマンスを享受することができたといえるのです。
繰下げ受給を始めた年齢ごとの損益分岐点
上の表は、繰下げ受給を始めた年齢ごとの損益分岐点をまとめたものです。
6年目~10年目が斜字になっているのは、冒頭で述べた、受給開始年齢が75歳まで拡大された改正を踏まえたものです。この改正は、2020年5月29日に国会で成立しました。
斜字の繰下げ受給によるアップ率は、1カ月当たり0.7%で計算しています。71歳以後の繰下げ受給も、アップ率が変わらないという前提です。
例えば、年金の受け取り開始を75歳まで繰下げるとしましょう(改正を踏まえた想定です。現在では71歳~75歳の繰下げ受給はできません)。
年金は65歳から10年にわたり「ゼロ」です。この「10年のゼロ」を取り返すことができる年齢は87歳です。87歳以降も受け取り続けることで、繰下げ受給のパフォーマンスを享受することができるのです。
繰下げ受給を始める前に……
仮に70歳での繰下げ受給を選択したとしましょう。しかし、65歳から70歳までの5年の間に亡くなってしまった場合は、どうなるのでしょうか?
65歳から亡くなるまでの間にもらうことができた年金は、未支給年金として遺族が受け取ることになります。
69歳9カ月で亡くなったとしたら、65歳から69歳9カ月までの4年9カ月分を、繰下げ受給せずにもらうことができた年金が、未支給年金として遺族に支給されます。
なので、繰下げした年金を受け取り始めてから損益分岐点の年齢までに亡くなってしまうと、損益分岐点を下回るわけですから、繰下げ受給を選択して損をしたということになってしまいそうです。
まとめに代えて
公的年金は制度改正が繰り返されています。改正というと、そのたびに「受給額が少なくなるのではないか」「受け取り開始年齢は後ろ倒しなるのではないか」という印象が拭えないかもしれません。
こういったことから、特に若い世代ほど公的年金をあてにして良いものか、疑問を持つ方もいらっしゃるようです。
しかし、公的年金には変わらない点があります。それは、受け取りを開始したら、生涯にわたって受け取り続けることができるということです。
繰下げ受給をしながら、できる限り働くという考え方もあるでしょう。しかし、年金をもらい始めた途端に健康を損なったり、万が一のことがあったりすることもあるのです。
「繰下げ受給はお得だ」と安易に選択するのではなく、受給後のことまでしっかり考慮して選択すると良いでしょう。
(参考)
2020年5月29日 日本経済新聞「受給開始75歳も、パートに厚生年金拡大 改革法成立」(※この記事は有料版です)
執筆者:大泉稔
株式会社fpANSWER代表取締役
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