妻の死で近所付き合いが断絶 けがで気付いた「このままではまずい…」
Finasee / 2022年3月4日 11時0分
Finasee(フィナシー)
おひとりさま(60歳男性)の今そこにある危機
文蔵さん(仮名、60歳)は専門商社の部長です。10年前に妻を失くして以来、独り暮らしをしています。娘は米国の大学を出て今はオランダに住んでいます。文蔵さんの出身は九州地方で、地元には妹が2人おり、両親はどちらも介護施設に入居中です。文蔵さんは車が好きなので、ドライブを兼ねて週末はよく同僚や同級生とゴルフをしています。
いつものように友人たちとゴルフをして帰宅した文蔵さんは腰に違和感を覚えました。その日は調子が良かったので少し無理をしてしまったようです。翌朝はベッドから起き上がることができなくなってしまい、困り果てた文蔵さんは救急車を呼ぶことにしました。玄関まで鍵を開けに行くことも難しいので、マンションの管理人に電話して自宅の鍵を開けてもらいました。救急隊員は管理人に同乗を求めましたが、それはなんとか断ります。管理人は慣れているのか、貴重品のほかに着替えと靴を袋に入れて持たせてくれました。
病院ではレントゲン検査や投薬を受けて帰ることになりました。パジャマ姿で搬送されたので、管理人が持たせてくれた着替えと靴は助かりました。痛みはかなり良くなりましたが、1人で自宅まで帰るのは不安だったので、思い切ってゴルフ仲間のSNSグループに「誰か家まで送ってくれませんか」と投稿してみたところ、近くに住んでいる人が引き受けてくれました。長く住んでいる自宅マンションですが、体を痛めてみると、気付かなかった小さな段差やちょっとした階段がとても大きな壁に感じられることに文蔵さんは驚きました。
次の日に管理人にお礼をしに行くと、マンションの住民の高齢化の話になりました。文蔵さんは仕事に出ていて気付かなかったのですが、ひと月前にボヤ騒ぎがあったそうです。独り暮らしの高齢者がストーブを使っており、誤って服に火がついてしまったのです。幸い命に別状はなく大きな事故にはならなかったのですが、管理人さんが中に入ってみたら、ゴミ屋敷一歩手前の状態だったそうです。マンションのゴミ収集所は外にあり、決まった日に出すことになっているのですが、ゴミ出しが難しくなっていたようです。
今ご本人は入院していて、遠方の息子さんは連絡がつきにくいので、管理人さんが地域包括支援センターに連絡し、ケアマネジャーや役所の人がご本人と今後のことを検討する予定になっているとのことでした。管理人さんの話しぶりからすると、そういう事例は今回が初めてではないようです。
文蔵さんも妻が生きていた時には同じフロアの住民との挨拶やお土産のやりとりをしていたものですが、妻が亡くなってからは全く付き合いがなくなっています。外でもあまり見かけないが皆さんお元気なんだろうか、と文蔵さんは少し心配になりました。
数日後に今度は妹たちからメッセージが届きました。母親が入所している施設から、このところ母親が体調を崩しがちで、万が一深刻な病状になった場合に延命治療を希望するかどうかという確認があったそうです。文蔵さんは妹たちとオンラインで久々に会話することにしました。妹同士は意見が合わずけんか寸前といった感じでしたが、3人で話すと、「そういえばお母さんはドラマを見ながら『こういう治療は受けたくないねえ』と言っていた」とか、いろいろな思い出を話すうちに、なんとなく合意に至ることができました。
文蔵さんの腰はすぐに良くなり、またゴルフコースに出られるようになりました。健康のありがたさを感じるとともに、また同じようなことがあったら困るだろうな、という不安が文蔵さんの心のどこかに引っかかっているのでした。
●おひとりさま高齢者に潜むさまざまな衝撃リスクとは… 後半へ続く>>
沢村 香苗/日本総合研究所 スペシャリスト
東京大学文学部卒業。同大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士課程単位取得済み退学。研究機関勤務を経て、2014年に株式会社日本総合研究所に入社。研究・専門分野は高齢者心理学、消費者行動論で、「高齢者の身元保証人、身元保証等高齢者サポート事業に関する調査研究」など実績多数。著書に『自治体・地域で出来る!シニアのデジタル化が拓く豊かな未来』(学陽書房)。
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