iDeCoを使っていれば防げた、60歳以降の再就職の意外な落とし穴
Finasee / 2023年3月30日 11時0分
Finasee(フィナシー)
新たに確定拠出年金(DC)の企業型をスタートした会社のDC担当者から問い合わせをいただきました。「何かの間違いですか?」という内容です。相次ぐ制度改正で、これまでなかったようなケースが発生しています。
企業型DCは、規約(厚生労働省の承認が必要)ごとに決定できることが複数あります。
そのため、新たに企業型DCをスタートする場合、運営管理機関はさまざまな要望をヒアリングしていきます。例えば、掛金額の考え方(一律の掛金設定にするのか、年齢によって異なるのか、勤続年数と共に増えていくのか、など。簡易型の場合を除く)や、加入者の資格喪失時期、各種手数料の負担方法です。そうしたヒアリングの際、最近、特に気を付けているのが、資格喪失時期についての考え方です。
DCの資格喪失の考え方が変わったDCがスタートした当初、資格喪失は60歳という年齢が法定されていました。どの企業、どの個人型DC(iDeCo)でも、60歳の誕生日の前日に資格喪失する(=加入者ではなくなる)ことが決められていました。
その後、2014年1月1日からは、企業型DCの規約に定めれば、資格喪失年齢を61から65歳までの年齢に引き上げることが可能となりました。そして2022年5月1日からは企業型DCについては、規約に定めれば、最長で厚生年金の被保険者である限り加入者であることが可能となりました。また、iDeCoについても2022年5月1日から資格喪失年齢が65歳に引き上げられています。
こうした制度改正により、企業型DCでは資格喪失の日を60歳の誕生日の属する月の月末や、60歳到達後最初に迎える年度末など、柔軟に定めることができるようになっています。
高年齢者雇用の環境変化は拡大DCの資格喪失年齢の引き上げは、世の中の高年齢者雇用の進展を反映しているといえます。
60歳定年制の企業では、定年到達者の86.8%が継続雇用を選択しており、定年による退職は13.2%と限定的です(※1)。高年齢者雇用確保措置がスタートした2006年ごろと比べると、様変わりしているといえるでしょう。
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)では、「定年制の廃止」や 「定年の引き上げ」「継続雇用制度の導入」(高年齢者雇用確保措置)のいずれかの措置を、65歳まで講じるよう義務付けています。
さらに、2021年4月1日からは、70歳までを対象として、「定年制の廃止」や「定年の引き上げ」「継続雇用制度の導入」という雇用による措置や、「業務委託契約を締結する制度の導入」「社会貢献事業に従事できる制度の導入」(高年齢者就業確保措置)という雇用以外の措置のいずれかの措置を講じるように努めることが企業に義務付けられました。
こうした制度変更により、60歳定年制を見直す企業も増加傾向です。厚生労働省が実施した従業員21人以上の企業235,875社を対象とした調査によると、 65歳定年企業は52,418社で全体の22.2%を占めています。企業規模別では、中小企業(300人未満)が22.8%で前年に比べ1.1ポイント増加し、大企業は15.3%で1.6ポイント増加しました。また、定年年齢を65歳超に設定したり、定年制を廃止した企業は16,867社と全体の7.2%となっています。60歳定年制を見直した企業は約3割に達する結果となっています(※1)。
※1 厚生労働省 令和4年「高年齢者雇用状況等報告」集計結果
2022年5月に施行されたDC法では、iDeCoの資格喪失年齢の引き上げに注目が集まりましたが、それ以外にも2点、変更が行われました。
一つは、老齢給付金の手続き期限が75歳に引き上げられたことです(従来は70歳)。もう一つが、企業型DCの同一事業所要件の撤廃です。それ以前は、企業型DC規約で資格喪失年齢が引き上げられても、60歳の前後で同じ事業所に勤務していなければ、60歳以降の加入者資格がありませんでした。同一事業所要件が撤廃されたことで、60歳以降に入社した人が加入対象の職種であれば、加入者になることができるようになりました(※2)。
60歳定年の見直しを実施した企業が3割という状況では、同一事業所要件の緩和は当然のことかもしれませんが、この影響は意外なところに出てきています。Aさんの事例を見てみましょう。
※2 規約に記載することで、「60歳以前から加入者である場合のみ、60歳以降も加入者となる」と限定することも可能。
Aさん(61歳)の事例
前職:M社(定年年齢60歳、DCは2017年から開始、企業型DCの資格喪失年齢:61歳)
現職:S社(定年年齢65歳、DCは2022年5月から開始、企業型DCの資格喪失時期は65歳の年度末)
AさんはM社に60歳の定年時まで勤務し、DCの加入期間は4年2月(50カ月)でした。M社で企業型DCの資格を喪失した際に、DCの受給可能年齢は63歳の誕生日以降という連絡をもらい、その認識でいました。M社で数カ月間、再雇用嘱託として働いた後、S社に転職。転職の直後に企業型DC制度がスタートし、S社のDC加入者になりました。
そんな折、突然「移換完了のお知らせ」が届きます。
AさんはM社の企業型DCで運用指図者になり、あと2年で受取が可能になるので、M社の企業型DC資産はその時に受け取るつもりでいました。
実は自動移換だった?「なぜ移換されたのか?」という問い合わせを事業主経由で受けた時、AさんのM社での資産が何らかの理由で「自動移換」になっているのではないか?と考えました。例えば、次のようなケースでは60歳超の運用指図者であっても、自動移換が発生します。
「Aさんが60歳に到達する直前の59歳数カ月で退職したため、M社での資産が“自動移換”扱いとなっているのではないか?」「Aさんが60歳の定年まで勤務していたとしても、M社の事務ミスで、Aさんの退職時に資格喪失事由を間違えて入力し、M社での資産が“自動移換”になっていたのではないか?」
なお、後者の事務ミスは、この数年で増加しているため、記録関連運営管理機関で注意喚起を促しています。
自動移換を防止する施策が予期せぬ移換のひきがねに結果的にAさんの資産は、法律に則って処理されていることがわかりました。
少し前の制度改正ですが、2018年5月から「自動移換後移換」「自動移換前移換」という仕組みができました。
「自動移換後移換」は、自動移換者を減らすための取り組みとして、記録関連運営管理機関4社がデータの突き合わせを行い、(すでに)自動移換されている人の企業型DC口座が見つかった場合は、自動移換されている資産を自動で移していくシステムです。
また自動移換を未然に防ぐために「自動移換前移換」という仕組みも導入されました。企業型DCのある企業を退職し、転職先で企業型DC口座が作成されると、本人が手続きを失念していたとしても、自動的に前職の企業型DC資産が移される仕組みです。
その際、厚生労働省の判断で「60歳以降の運用指図者であっても、移換が発生する」形でシステムが組まれました。2017年12月ごろに決定されたものですが、当時は運用指図者も移換の対象、といわれても、「同一事業所要件があるためほぼ関係ない」と頭の整理をしていた記憶がよみがえりました。
それから4年半ほどで状況が変化し、M社の運用指図者だったAさんの資産がS社の企業型DCに移換されることとなったのです。
自動移換を防ぐための仕組みが、予期せぬ移換のひきがねとなっていた、という事例です。
本人の希望通りに受け取る手立てはある?S社の担当者から、「この移換を止める手立てはなかったのか?」と質問され、「システム制御のためにできません。企業型DC口座は一人一つという決まりに従い、そうした手続きが行われました」と回答するしかありませんでした。
「M社でのDC資産は63歳では受け取れないということか?」との質問にも「63歳になられた時にS社を退職されていれば、受け取りが可能です」という回答となります。
仮にAさんが63歳でDC資産を受け取りたいという意向が強かった場合、どのような手立てを講じることができたでしょうか? S社の企業型DCがスタートする前に、M社のDC資産をiDeCoに移換しておけば、63歳での受取は可能だった、といえます。しかし、iDeCoに資産移換する際には、M社での運用資産がいったん全て売却され、iDeCoの口座開設費用も発生することになります。
実際に事例が発生してみないとケースバイケースの内容が多く、メリット・デメリットは一概には説明しづらいものといえるでしょう。
相次ぐ制度改正でDC制度は複雑になってきました。長くDC業務を担当している筆者でも初めて出会う事例が多く、一つ一つの要件を確認しながら説明する場面が増えています。
2024年12月には確定給付企業年金(DB)がある企業では、企業型DCの拠出上限額が変わってきます。企業型DCの実施企業も運営管理機関も、よりきめ細やかな対応が求められるようになるといえるでしょう。
津田 弘美/野村證券株式会社 確定拠出年金部
社会保険の専門出版社において、企業年金分野の編集記者として厚生労働省記者クラブ等に所属。厚生年金基金の隆盛期から企業年金2法の成立等を取材。その後、野村年金サポート&サービス(現在は野村證券に合併)に入社。確定拠出年金の運営管理業務に10年以上にわたり従事し、投資教育の企画立案、事業主サポート等を担当。業務の傍ら、横浜国立大学大学院において、理論と実務の両面から企業年金制度についての考察を行う。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期課程修了(経営学博士)。
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