年金改革で大混乱…パリの暴動が日本人にとって無関係ではない“深刻な理由”
Finasee / 2023年4月7日 17時0分
Finasee(フィナシー)
2023年1月、フランスで年金制度の改革案がマクロン政権より発表されると、国内では大規模な反対デモやストライキが発生しました。改革法案は3月に通過しましたが、法案成立後も国内の混乱は収束の気配を見せません。
大規模なデモを引き起こした、年金改革案とはどんな内容かそもそも、フランス国民は何に反対しているのでしょうか? それはずばり、「年金の支給開始年齢の引き上げ(および、保険料拠出期間の延長)」です。
フランスの年金制度では、年金の支給開始年齢が62歳で、満額の年金を受給するための年齢は67歳となっていました。
今回の改革案では……
1.支給開始年齢を62歳から64歳へ段階的に引き上げ
2.満額支給に必要な保険料拠出期間の41年から43年への延長の時期を前倒し
が主な内容です。つまり、給付を2年遅らせ、その分2年多く保険料を納めなくてはならない、というわけです。
2023年9月から段階的に支給開始年齢の引き上げを行い、2030年までに64歳への引き上げを完了させ、また、満額の保険料拠出期間について、2035年より8年早い2027年から43年とする計画となっています。
マクロン大統領は、2022年の2度目の大統領選挙に出馬の際に年金制度の改革を掲げていました。大きな理由としては、現行の62歳開始では年金財政への負担が重く、この改革を行わなければ財政が悪化してしまう恐れがあるためです。
また、他のEU諸国には65歳以降の支給開始という国もあるなか、62歳の支給開始は比較的早いものであり、EU諸国とそろえようとする背景もあるでしょう。
日本では見られない!? フランスで100万人が行動を起こした理由ただ、フランス国民の立場からすると「(年金制度を)改悪されている」と映ってもいたしかたない内容でもあります。
2023年1月に発表されたこの改革案に対して、野党だけでなく、労働組合、多くのフランス国民が反対の姿勢を見せ、国内各地で抗議デモやストライキが相次いで発生しました。抗議デモは参加者が100万人以上となる大規模なものとなっています。
フランスは、就労期間中も休暇となるとバカンスとして長期間休み、また、早期に引退することも好まれ、高齢期に働く人が日本より少ない国です(『OECD.Stat』によると、2021年の65歳以上の就業率が日本は25.1%であるのに対し、フランスは3.4%となります)。日本とは根本的に働き方、高齢期の過ごし方、年金受給の考えが異なっています。
改革によって定年が延長され、年金の受給が遅くなると、年金で第2の人生を送る計画が大きく狂うことになりかねません。こうした“お国柄”も「年金改革案に対して100万人規模のデモ」という日本では見られない光景の要因にあるでしょう。
改革案は思うように支持が得られず、強行採決へ…すでに報道などでご存じかもしれませんが、この改革案の行方についても振り返っておきましょう。
この改革法案はフランスの元老院(上院)は通過しましたが、国民議会(下院)では与党連合の議席数が過半数を下回っていました。そして、政府与党としては、法案成立のために野党の支持が必要ななか、思うように支持は得られない状況でした。
このような状況下で、ついに政府は憲法上の強権発動(憲法49条3項)によって改革を強行しました。これは法案について議会での投票を行うことなく、政府の責任により政令でもって採択させるという規定で、内閣不信任案が可決されない限り法案は採択、不信任案可決なら法案は否決、とみなされる規定です。
この憲法上の強権発動に対して、野党からボルヌ内閣への不信任案が提出されていましたが※1、2023年3月20日に内閣不信任案は僅差で否決されることになり、結果、年金改革法案は成立することになりました。新型コロナウイルス感染症の影響などもあって、第1次マクロン政権時(2017年~2022年)では年金制度改革ができませんでしたが、第2次政権でついに実現したのです。
※1 フランスは「半大統領制」を採り、国家元首の大統領(国民の直接選挙で選出)のほか、内閣の長である首相(大統領が任命)がいます。2022年5月よりボルヌ首相となっています。
しかし、法案成立後もデモは鎮静化しそうになく、各地で放火など暴動や、デモ参加者と警官隊との衝突も起こっています。また、ストライキによって、大都市でのゴミの収集も行われないためパリの街はゴミだらけ……日常生活に支障が出ています。
当然、この状況が続くようであれば、フランスの政治、経済、社会に更なる混乱が生じる恐れもあります。
政府は、フランスの年金制度の持続のため、フランスの将来のためという信念を持って半ば強引に改革を進めましたが、引き続き予断を許さない状況です。
日本も支給開始年齢を引き上げ途上遠く離れたフランスで生じている混乱……果たして日本に住む私たちにとって「無関係」と言えるのでしょうか。
先進国はますます進む少子高齢化という問題に直面しています。将来世代のために年金制度を維持するためには時に「痛みを伴う改革」も必要でしょう。社会保障制度も充実している先進国で年金制度が崩壊することは、国そのものが成り立たなくなることを意味しますので、年金制度の改革は避けては通れません。「誰かが改革をしないといけない」待ったなしの状態であるのはフランスに限りません。
当然、日本も例外ではありません。
平均余命がフランスよりも長い日本は超高齢社会を迎え、現在60歳から65歳へと年金の支給開始年齢を引き上げている最中です。65歳までの勤務が当たり前、年金は65歳開始が原則となっています。もはや、かつてのように、60歳で定年を迎え、60歳から年金を受給する時代は終焉を迎えつつあります。
また、制度を持続可能とするため、「マクロ経済スライド※2」による給付の抑制も行われています。
※2 マクロ経済スライドのさらなる詳細については、過去記事『「年金は破綻する」と嘆く人は知らない―年金を“持続可能”にする驚きのカラクリ』をご覧ください。
ただ、少子高齢化の勢いはすさまじく、この後日本にさらなる改革がないとも限りません。一部メディアで「支給年齢は70歳になるのでは!?」との説を目にした方もいるかもしれません。すぐにそうなる可能性は低いにしても、長い目で見れば、荒唐無稽と切り捨てることもできないでしょう。
日本の年金改革のゆくえ…注目ポイントは2024年の財政検証日本の場合、勤労意欲の高い高齢者も多く、定年後も何らかの形態で働くことも実際多いでしょう。その影響か、支給開始年齢引き上げや定年延長といった改革を行っても、今回のフランスのような暴動にまで発展しているケースは見られず、不平不満はあっても、どうにか“受忍”しているところがあります。年金で足りない分については、働くことでカバーしようとする考えも比較的根付いているのかもしれません。
とはいっても、日本では2024年には再び5年に1度の財政検証が行われます。その財政検証の結果を踏まえて、新たな改正への議論も深まることでしょう。
こうした改正動向を“自分事”にして理解し、将来の年金受給、老後資金について見通しや計画を立てていくことは、これから日本で老後を過ごす私たちにとって必須と言えます。その際、iDeCoや2024年からの新NISAといった、税制優遇のある制度も活用した「自分年金づくり」が非常に重要なのは間違いありません。
五十嵐 義典/ファイナンシャルプランナー
よこはまライフプランニング代表取締役、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP®認定者、特定社会保険労務士、日本年金学会会員、服部年金企画講師。専門分野は公的年金で、これまで5500件を超える年金相談業務を経験。また、年金事務担当者・社労士・FP向けの教育研修や、ウェブメディア・専門誌での記事執筆を行い、新聞、雑誌への取材協力も多数ある。横浜市を中心に首都圏で活動中。※2024年7月までは井内義典(いのうち よしのり)名義で活動。
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