iDeCoの加入が進まない原因は商品ラインアップにもある?
Finasee / 2023年4月21日 11時0分
Finasee(フィナシー)
iDeCoの商品数の多さが普及を阻んでいる?
iDeCoという制度が老後資金を準備するのにいい制度だということは、10年前から比べると多くの方に知られるところとなりました。「老後資金準備」というのは、多くの方の資産形成の目的の代表的なものですから、iDeCoを利用する方がもっと増えてもいいと思うのですが、加入して積み立てをしている方は加入可能な国民年金被保険者数の5%程度にとどまっています。
iDeCoへ関心を持ちながら加入に至っていない方々のお話を伺うと、加入のために決定しなければならない「掛金額」「金融機関」「運用する商品」という3つのうち、やはり、3番目の「運用商品」の部分が高いハードルになっているようです。
iDeCoで各社が提示している商品数はじわじわと増え続け、2023年3月25日時点では平均22.6本(iDeCoナビ掲載情報より)となっています。この数年、人気となっている外国株式型投資信託のパッシブファンドも複数並んでいていることが珍しくありません。同じ運用会社のほぼ同じ商品名で最後まで確認しないと投資対象が全世界だったり、米国などの特定の国へ投資するものだったり、さらには運用コストが違う商品が並んでいるケースもあります。複数の資産を組み合わせたバランス型はさらにバラエティに富んでいますから、ラインアップにある商品数も相当な数です。
投資への関心が高まり、iDeCoで投資信託デビューを考えている方にとって、決めるためにいろいろと並んでいる商品を識別して理解するだけの知識と情報を身に付けるのはひと苦労です。多くの方が、商品選びで挫折し、普及を阻んでいるように感じます。
誰のために多くの品ぞろえをするのか?では、誰のためにこんなに多い商品数になってしまっているのでしょうか。iDeCoに早くから加入した人たちは、資産運用へのアンテナが高い、投資や投資信託の経験者でした。彼らはこれまでの経験と情報収集の積み重ねによって“推し”の投資信託があります。ですから、彼らをiDeCoの顧客として取り込みたい金融機関にとっては、“推し”の可能性がある商品をすべて並べ、他社に顧客を取られないことが大事でした。しかし、ここからの新規加入者の多くは投資信託を買ったことがない方たちです。
企業型DCは勤務先の制度として加入するわけですから昔も今も新規加入者の多くが投資初心者です。こちらも商品数がじわじわと増えていまして、NPO法人確定拠出年金教育協会が行った調査では、15本以下が減り、21~25本を並べている会社が増えてきています。一方、同じ調査の中で、「自社の加入者はラインアップ商品を理解し・識別できていると思いますか?」という問いに対して「ほぼ識別できている」との回答が2015年は20%だったのに、昨年2022年は13.5%にまで減っています。本数が全体として増えていることが影響しているのではないかと、こちらも気がかりです。
では、なぜ追加するのか。どうも、その背景に、選択肢が多ければ多いほど良いはずだ、という思い込みがあるような気がします。そもそも、私たちには「他人に決められる」「強制される」よりも「自分で選択したい」という欲求があり、「選べる」「選択肢がある」という状態を非常に心地よく感じます。つまり「選ぶことができることは良いこと」なのです。そこから発展的に連想を拡げていくうちに「選択肢が多ければ多いほど良いはずだ」と思い込んではいないでしょうか。
逆に「選択肢を狭める」ことには「他人の選択の機会を奪う」と、商品選定に携わる方も強い嫌悪感やストレスを感じると思います。そして、商品を検討するメンバーが新規加入者への説明を担う現場から遠い人であればあるほど、新入社員が「掛金を運用する商品をこの商品一覧から自由に選択してください」と言われて呆然とする姿や、ひとつ商品を増やすことによって増える10項目ぐらいの説明、新規加入者に理解してもらう負担といったものを想像することができません。
では、「選択する」という行動をとってもらうことを考えた時、適切な本数というものがあるのでしょうか。
多すぎる選択肢は選べない「選択」についての研究は、ニューヨークのコロンビア大学ビジネススクール教授であるシーナ・アイエンガ―教授が有名です。「ジャム法則」として知られる実験をご存じの方も多いと思います。その著書『選択の科学』によれば、その実験とは、店頭でジャムの試食販売を行う際に品揃えを6種類とする時と24種類とする時を数時間ごとに入れ替えて、立ち寄った人数と、試食をした人がその後実際にジャムを買ったかどうかを観察したというものです。結果は、6種類を並べた時に試食に立ち寄った客のうちジャムを購入したのは30%でしたが、24種類並べた時は試食した客のうち、たった3%しかジャムを購入しなかったというものです。24種類を試食した客はどれにしようか迷い、一緒に来た人にも相談したりした挙句、選ぶという行為を放棄してしまったというのです。
そして、同じ著書の中で、選択という行動がとれる選択肢について、「7±2」というマジカルナンバーを紹介しています。「7±2」というのは、人間が短い時間に識別して認識できる限界です。「選択する」という行為は、選択肢を区別して、その違いを比較し、自分の評価に順位をつけた結果の行為ですから、識別できる以上の選択肢では順位付けができず選ぶことができないと結論付けています。
企業型DC加入者が識別できる本数は10本!そして私は、この「7±2」に近い数字を、先に上げた企業型DC担当者に調査した結果で目にしたことがあります。法令上商品ラインアップの上限本数が35本と定められる前の2015年と2016年に「加入者が運用商品を識別し選択できる最適な本数」について聞いたところ、最頻値はいずれも「10本」だったのです。
DC担当者は、加入者に掛金を運用する商品とその割合を決めてもらう最前線にいる方たちです。新入社員や中途入社の社員が特性や違いを理解して選べる商品数として出た数字が、限界値の9にほぼ等しいことに驚きました。
法定上限を議論する際も当初は10本という話もありましたが、金融機関のロビー活動、すでに多くの商品を提示している企業からの陳情などが相次ぎ、明らかに未指図者が多くなっている35本が上限として定められたという経緯があります。確定拠出年金法の法令解釈通知には「上限まで選定する(追加する)のではなく、加入者等が真に必要なものに限って」とあります。厳選された商品ラインアップが実は加入者にやさしいと言えるのではないでしょうか。
例えば、NISAも、つみたてNISAの新規口座開設数がうなぎのぼりなのは、商品があらかじめ厳選されていることも大きいのではないでしょうか。つみたてNISAのラインアップには厳しいスクリーニングがあり、商品の種類も限られていますから、選ぶ際にあまり迷わなくて済むことが投資初心者にとっては安心感にもつながるのだと思います。
一方、商品選定をする側としては、商品数を絞られた場合、何を残すのか悩ましいことになると思うのですが、それこそ運営管理機関の専門的知見を大いに発揮して、商品案を提案いただきたいものです。加えて、商品提示でも、もっと伝え方の工夫をしていただいて、新たに加入したい人が商品選びで挫折することのないようにしていただきたいと思います。
大江 加代/確定拠出年金アナリスト
オフィス・リベルタス取締役。大手証券会社にて22年間勤務、一貫して「サラリーマンの資産形成ビジネス」に携わる。確定拠出年金には制度スタート前から関わり、25万人の投資教育も主導。確定拠出年金教育協会の理事として、月間20万人以上が利用するサイト「iDeCoナビ」を立ち上げるなどiDeCoの普及・活用のための活動も行っている。
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