「企業の賃上げ」続いても、手放しで“好景気”と喜べない…一体なぜ?
Finasee / 2023年4月24日 17時0分
Finasee(フィナシー)
新年度で1つの区切りを迎え、次なるスタートとしての転職を意識し始めた人も多いのではないかと思います。データを参考にして、現在の労働市場の環境は実際のところどうなっているのかを見ていきましょう。
労働市場は今どうなっている?人材採用、人材開発、人材アウトソーシングサービスなどを展開しているツナググループ・ホールディングスに属する、多様な働き方の調査研究機関である「ツナグ働き方研究所」は、官公庁などが発表している労働市場関連のデータをまとめた「最新 労働市場データレポート」を毎月発表しています。
4月14日に、3月下旬までに公表された最新データをベースにした、2023年2月度のレポートが発表されました。この数字を見ると、今の労働市場の環境は、決して悪くないことが分かります。
ざっと、同レポ―トが取り上げている数字を列挙すると、次の通りです。
●有効求人倍率(季節調整値)・・・1.34倍
・正社員の有効求人倍率・・・・・1.02倍
・パートのみ有効求人倍率・・・・1.35倍
●完全失業率・・・・・・・・・・・2.6%
出所:ツナグ働き方研究所「最新 労働市場 データレポート」(2023年2月度)
それぞれの項目を詳しく見ていきましょう。
「有効求人倍率」とは?有効求人倍率とは、企業が公共職業安定所(ハローワーク)にエントリーする仕事の数を、働きたい人の数で割って求められる倍率です。
仮に、企業がエントリーした仕事の数が100件あり、対して働きたい人が100人いた場合、有効求人倍率は1.0倍となります。
<計算式>
100件÷100人=1.0倍
つまり、企業がエントリーした仕事の件数と、それに対する求職者数の数がイコールの時、有効求人倍率は1.0倍となり、求人と求職が均衡していることになります。
では、企業がエントリーした仕事の数が120件あり、対して働きたい人が100人いた場合はどうなるのかというと、次の通りです。
<計算式>
120件÷100人=1.2倍
上記の計算式では、企業の求人数が、求職者数を20人も上回っています。つまり労働市場は「売り手市場」であり、少なくとも数字上では、求職者がみんな就職できて、なおかつまだ働き手が20人も足りない状態と言えるのです。
このように求人数が求職者数を上回るのは、一般的には世の中が好景気である証拠と考えられます。
過去の有効求人倍率同レポートでは、2月時点の有効求人倍率が1.34倍とされました。過去の有効求人倍率をみると、バブル絶頂だった1988年から1991年にかけてのそれは、次の通りです。
<過去の有効求人倍率>
1988年・・・・・・1.01倍
1989年・・・・・・1.25倍
1990年・・・・・・1.40倍
1991年・・・・・・1.40倍
出所:総務省「労働力調査」、厚生労働省「職業安定業務統計」
つまり有効求人倍率1.34倍という数字は、日本経済が世界で非常に高いプレゼンスを持っていた、80年代バブル期に匹敵する高さなのです。
ちなみにリーマンショックが起こった直後の2009年は有効求人倍率が最も落ち込んだ時で、この時の倍率は0.47倍でした。
完全失業率とは?次に完全失業率を見てみましょう。完全失業率とは、15歳以上の働く意欲のある労働力人口に占める、無職かつ求職活動を行っている人の割合です。
この「無職かつ求職活動を行っている人」を完全失業者といい、さらに細かい定義を言うと、下記の3つの条件を満たしている人のことを指します。
<完全失業者の条件>
①調査期間中に全く仕事をしなかった
②働く意欲があり、仕事があればすぐに就業できる
③調査期間中に就職活動など仕事を探すための活動を行っていた
逆の見方をすると、働く意欲が無く、就職を諦めて就職活動の類をいっさい行っていない人は完全失業者にカウントされないため、実際に仕事をしていない人の全数に対して、完全失業率は低めに出ている可能性があります。この点には注意して下さい。
過去の完全失業率ちなみに過去の完全失業率を見ると、最も高かったのが2003年の5.3%でした。この時期は日本で金融不安が非常に高まった時でもあります。
また、リーマンショック直後は2009年が5.1%、2010年が5.1%、2011年が4.6%と高めで推移していましたが、そこから低下傾向をたどり、2023年2月時点では2.6%となりました。
なお、80年代バブル経済における完全失業率は次の通りです。
<過去の完全失業率>
1988年・・・・・・2.5%
1989年・・・・・・2.3%
1990年・・・・・・2.1%
1991年・・・・・・2.1%
出所:総務省「労働力調査」、厚生労働省「職業安定業務統計」
「好景気だ」と喜べない理由このように、有効求人倍率と完全失業率の両面から見ても、今の日本の労働市場環境は極めて堅調であることが分かります。ですが、今のマクロ経済の状況には、決してバブル期ほどの好況感があるとは思えません。
それにもかかわらず、労働市場環境の現状を示す有効求人倍率と完全失業率が、バブル期に準じる数字になっているのはなぜでしょうか。
バブル期においては、日本経済の強さから求人数が求職者数を大きく上回り、有効求人倍率を高めるのと同時に失業率を低下させました。しかし昨今の状況は、日本経済が強いからというよりも、労働者不足が原因と考えられます。
つまり、求人数が増大しているというよりも、求職者数が大幅に落ち込んでいることから有効求人倍率が上昇し、完全失業率が低下しているように見えるのです。
現実に、企業はそれほど正社員を必要とはしていないようです。これは、正社員の有効求人倍率と、パートのみ有効求人倍率の数字を比較すると一目瞭然です。後者が1.35倍という高さであるのに対し、前者は1.02倍でしかありません。
他にも、労働者不足はさまざまなところに影響を及ぼします。その最たるものが賃金です。今年の春闘賃上げ率は平均で3.69%という高さになったことが、連合の「2023春季生活闘争 第4回回答集計結果」で出ています。しかし、これも日本経済が絶好調だからというよりも、賃上げをしないと人が集まらないからという事情があります。
一般的に、経済の基本書などには「有効求人倍率が1倍を大きく上回り、完全失業率が低水準の時は好景気と判断される」、「企業が儲かるとベースアップなど賃上げに動くので好景気と判断される」などと書かれています。
ですが、少子化による労働生産人口の減少(特に若年層)によって有効求人倍率が押し上げられ、同時に完全失業率が低下しているのであれば、いわゆる好景気に該当する状況であったとしても、日本経済の強さとは別問題と言えるため、単純に喜べる話ではないということなのです。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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