もっと投資の“やめ方”を議論しよう! 海外ではこんなに進化した商品も
Finasee / 2023年4月25日 17時0分
Finasee(フィナシー)
ここ数年、現役世代向けの資産形成に関する情報は新聞、雑誌、ネット、YouTubeなどで発信されており、すでにかなりの情報量になっていると思います(クオリティについてはピンキリ!?)。もはや情報があふれすぎている感すらあるかもしれません。内容を見ても多くの人が同じようなことを言っていて、個人的には資産運用については議論がされ尽くしているように感じます。
ありがたいことに、資産形成を実践する際に利用可能な非課税制度(NISAやiDeCo)はすでに存在しており、これらは広く普及しています。またNISAについては2024年から非課税枠が大きく増えるため、もうお膳立てはかなり整っていると思います。あとは「やるか、やらないか」だけなのです。
一方、まだ十分な議論がされておらず、改善の余地があるのが、投資の“やめ方”です。ここでの“やめ方”とは単に投資したものを売却することではなく、現役時代に積み上げた資産を老後にどのように引き出して使っていくかを意味しています。識者も含めて多くの人のアドバイスにおいては、資産を積み上げることがゴールであるかのようなメッセージが多いようですが、資産を貯めるのは通過点にすぎません。そのお金を使って老後の生活を支えてこそ、意味があるのです。
そこで今回は、この投資の“やめ方“について議論したいと思います。
投資の“やめ方”、資金の引き出し方にはどんなものがある?老後にどうお金を使っていくのかについては、米国では「4%ルール」という考え方が広まっています。これは、それまで形成してきた資産の4%相当額を毎年引き出すというルールのこと。例えば定年退職時の資産が3000万円だったとしたら、3000万円×4%=120万円、つまり毎月10万円引き出すというルールです。今後、資産運用をしない前提であれば、25年間にわたって10万円を毎月引き出すことができるわけです。
しかし、このルールについては米国でも議論があります。保有資産額や必要額は個人ごとに異なるため、誰に対しても4%の引き出し額が適切とは限らないでしょう。また先ほどは運用しない前提で「10万円を25年間」と計算しましたが、運用する前提ならば、もっと多くの金額を長い期間にわたって引き出せるかもしれません。保有資産額や運用の仕方によって最適な引き出し額は変わってくるため、誰でも4%というわけではないのです。
さらに実際に引き出す際には、これまでの議論では毎月一定の額を引き出すのが一般的で、これを「定額解約」と言いますが、それ以外にも今の保有資産の何%と決めて引き出す「定率解約」というやり方もあります。投資信託の場合であれば、一定の口数ずつ解約する「定口数解約」もあります。
もちろん、それぞれメリットとデメリットがありますが、今回の焦点はそこではないため、簡単に説明します。ざっくり言うと「定額解約」では、毎月引き出し額が変わらずに安定した生活ができますが、その分、市場変動が大きくなると想定よりも早く資産がなくなってしまう可能性があります。逆に「定率解約」では資産運用にネガティブなインパクトを与えないように引き出すため、資産は長持ちするものの、毎月の引き出し額が変動するため生活費が安定しないというデメリットがあります。「定口数解約」はあらかじめ期間を決めて払い出しができるメリットがありますが、「定率解約」と同様、毎月の引き出し額が変動するというデメリットもあります。
これら定期解約サービスを提供している金融機関もありますが、まだ限定的であるため、あまり普及していません。だからといって、定期解約を自分自身で行うのも非常に手間がかかります。
引き出し機能を併せ持った金融商品も存在するこの手間がかかることを自動的に実施してくれるのが、毎月分配型の投資信託です。最近は運用で得られた収益の範囲内で分配をしていく商品が多いのですが、定期解約機能という観点から元本も含めて毎月分配金を支払う方法は、老後の生活を支えるという点では有効な機能だと思います。
また個人年金保険も老後の引き出し機能を持つ商品と言えます。個人年金には満期に到達すると、そこから先は一定期間、または終身で毎月決まった額を給付する商品があります。これは保険の仕組みを通じて形成した資産を、毎月の給付に変換している格好になります。
ただ、残念ながら超低金利の日本では、円建てでは魅力的な給付水準のものがなく、給付水準を高めようとすると外貨建ての商品になってしまいます。一般的に米ドル建てや豪ドル建てのものが多いのですが、給付水準が高くなる反面、為替リスクを負うことになるので一長一短があります。給付水準を高めるべく運用する変額年金もありますが、こちらは市場リスクを負うことになるので、やはり一長一短なのです。
毎月分配型投資信託の引き出せる期間は運用リターンに依存します。個人年金はあらかじめ定められた期間、給付されることになりますが、あまり魅力的な水準でない場合が多く、また中途解約するとペナルティが課されてしまうなどのデメリットもあり、“やめ方”のソリューションとしては十分でないかもしれません。
これからさらに期待される“やめ方”を含む商品開発老後における投資の“やめ方”は、とても難しい問題だと言われています。市場リスクのみならず、長生きリスクや最近大きな懸念となりつつあるインフレ・リスクにも対応する必要があるからです。このようなリスクに対応するために、米国では新たなタイプの変額年金保険や、老後のインフレ・リスクをヘッジするための新たな債券のアイデアなども出てきています。
新たなタイプの変額年金の代表的なものを例にあげると、従来の商品では保有資産をいったん保険会社に移転させますが、このタイプは資産を自分のものとしてキープしつつ、その口座に保険会社の保証がつくイメージです。保険会社とあらかじめ定めた額を毎年引き出しながら運用し、市場環境が悪く資産が底を突いた場合には、そこから先は保険会社が給付してくるという仕組みです。市場が下落しても給付額は減らないものの、市場が好調であれば給付額が増えるといった特性を有するタイプもあります(もちろん、その分の手数料はかかりますが)。
またインフレ・ヘッジのための債券とは「退職保障国債」などと呼ばれるもので、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マートン教授などが提唱しています。資産形成期に毎年定額で支払い、定年退職後にインフレ調整された給付額を決められた期間、クーポンとして受け取ることができる債券です。これを活用すれば、資産を徐々にこの債券にシフトする、つまり徐々に投資をやめながらインフレに備えることができるようになります。すでに一部の国で試験的にスタートしており、今後はグローバルでもこのような債券の発行が増えるかもしれません。
このように、海外でもまだ投資の“やめ方”についてのソリューションが確立されていない一方、老後資金の確保は喫緊の課題であるため、民間のみならず「退職保障国債」のように官民あげたソリューションの開発も進んでいます。ひるがえって日本では、前述のように引き出しに貢献する毎月分配型投資信託が、そもそも2024年から始まる新NISAの対象外となっているなど、まだ“やめ方”の議論は十分でないように思います。
現役世代の資産形成も重要ですが、すでに高齢社会となっている日本にとって、今のシニア層のお金をいかに効率的に管理し、使ってもらうかも大事な論点です。今後はこの議論が深まっていくことを期待しています。
後藤 順一郎/アライアンス・バーンスタイン AB未来総研所長
慶應義塾大学理工学部 非常勤講師、投資信託協会 客員研究員。1997年慶應義塾大学理工学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)に入社し、法人向け融資業務などに従事。2000年からはみずほ総合研究所で、主として企業年金向けの資産運用/年金制度設計コンサルティングに携わる。06年一橋大学大学院国際企業戦略研究科にてMBA取得。同年4月アライアンス・バーンスタインに入社。現在はマルチアセット戦略のプロダクト担当。また、DC・NISAビジネスの推進及びAB未来総研にて顧客向けソリューション/リサーチ業務も兼務している。共著書に『年金基金の資産運用-最新の手法と課題のガイドブック-』(東洋経済新報社)などがある。
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