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「債券が紙切れに」他人事ではない青学 原晋監督の大損、なぜ起きた

Finasee / 2023年5月4日 17時0分

「債券が紙切れに」他人事ではない青学 原晋監督の大損、なぜ起きた

Finasee(フィナシー)

クレディスイスの買収とその影響

「ABEMAヒルズ」というニュース番組で、青山学院大学陸上部の原晋監督が、UBSに買収されたクレディスイスのAT1債を保有していたことを取り上げていました。

ご存じの方も多いと思いますが、クレディスイスのAT1債は、同社がUBSに買収された際、すべての価値が完全に償却されました。つまり投資家からすれば、保有していたAT1債が、完全な紙切れになってしまったことを意味します。

ちなみに、他のニュースによると、無価値となったクレディスイスAT1債の総額は160億スイスフラン。日本円にして2.4兆円でした。

それにしても、AT1債のような複雑なスキームを持つ商品を、こう言っては何ですが、投資に対する知識をほとんど持ってなさそうな原監督が保有していたことに正直驚きました。

原監督が抱いた怒りと無念

鈴木金融担当大臣の4月21日の記者会見では、金融庁の調査によると、国内の証券会社10社程度が、富裕層の個人ならびに法人の合計約2000口座に対し、約1400億円程度のクレディスイスAT1債を販売していたことが明らかになりました。このうちの1人が原監督だったということです。

原監督の怒りと無念さは、インタビューの映像からも十分に伝わってきました。原監督のコメントは以下の通りです。

「私が買った債券は白紙にされたんですよ。こんな処理の仕方ってありますか。ある種の詐欺ですよ、これは」。

「決してハイリスク・ハイリターンのものではなかったと私自身、認識している。そういった商品であるにもかかわらず、紙切れになってしまった。これが事実ですので、非常にショックを受けています」。

「営業マンとのやりとりでも『ローリスク・ローリターンでいいです。紙切れになることだけは避けて欲しい』と言って選んでいただいた商品がこれ(AT1債)だった」。

「こういう事態になることが0%ではなかったので、多少リスクはあるわけですから、そこまでの説明を果たしてされていたかというところは、疑問に感じている」。

「たぶん、約款に書かれているのかもわかりません。それを全部、我々素人が理解できるかというと普通、理解できませんよね。だから、倒産しないにもかかわらず、この債券が紙切れになるという理解は私には無かった」。

「安易な気持ちで投資に乗り出したら、私みたいな被害に遭う。被害に遭うと、人生が台無しになる。私のような被害者を今後極力出さないためにも、良いこと悪いことは伝えていく」。

おおよそ、上記のようなことをインタビューで答えていました。

「AT1債」は普通の債券と何が違う?

そもそも「AT1債」とは何なのでしょうか。

これは、銀行が維持しなければならない自己資本比率規制を補完するために発行される債券です。通常、債券を発行して調達された資金は、あらかじめ決められた償還日の到来と共に、保有者に返さなければなりません。そのため「借入」と同様、他人資本であり、バランスシートでは負債勘定に計上されます。

ところがAT1債は債券の一種ではあるのですが、「永久劣後債」といって、償還日の定めがなく、かつ発行体が破綻した場合の弁済順位が、通常の債券よりも劣後するという特性を持っています。

弁済順位が低く、かつ償還日の定めがない。つまり償還させなくてもいいことから、AT1債の発行で調達した資金は、銀行の自己資本に計上できるのです。

ちなみにAT1債の弁済順位を示すと、

預金>通常の債券>AT1債>株式

となります。

これで言うと、本来銀行が破綻した場合、その損失を真っ先に吸収するのは株式を保有している投資家であり、その次にAT1債を保有している投資家という順位になります。

クレディスイスの「AT1債」が無価値になった2つの理由

ところがクレディスイスのAT1債には、それが無価値になる条件として次の2つのトリガーが設けられていました。

①株式など損失を吸収する資本が一定の水準を下回った場合
②スイスの金融当局が銀行が破綻する恐れがあるとみなした場合、もしくは政府支援を行った場合

この2つの条件のうちいずれか1つに抵触した場合、無価値になるというものだったのです。

そしてスイスの金融当局は、UBSがクレディスイスの資産を引き継ぐに際して、資産価値が下がって将来の損失が一定額を超えた場合、スイス政府が90億スイスフランの政府保証を行うと発表しました。

つまり②の条件に抵触したことから、AT1債が無価値になったわけですが、クレディスイスの株式については、その価値は大幅に減額されたものの、最終的にUBSの株式と交換されることになったため、なぜか株式を保有していた投資家が多少なりとも救われるという、歪な結果になってしまいました。

そのため、「AT1債よりも返済順位が劣後するはずの株式投資家が救済され、AT1債が無価値になるのはおかしい」という意見が噴出したのです。

原監督の大損を引き起こしたと考えられる原因

では今回の原監督の被害の原因はどこにあり、個人投資家が学ぶべきことは何なのでしょうか?

クレディスイスはUBSに買収されましたから、基本的には救済されたことになります。そうであるにも関わらず、「単なる債券」を買ったと思い込んでいる原監督からすれば、どうして自分のお金が戻って来ないのか、釈然としないのは当然のことでしょう。

「そういう条件になっているから」と言ってしまえば、それまでなのですが、恐らく原監督にAT1債を販売した営業担当者がこの商品を販売するにあたって、リスク要因をしっかり説明したのかどうかという点は大いに疑問です。

現に原監督は、営業担当者に「ローリスク・ローリターンでいいです」と言ったにもかかわらず、当の担当者はAT1債を勧めたと言っています。

債券である以上、発行体が破綻すれば紙切れになるリスクは伴います。ですが、普通社債に比べて弁済順位が低いことや、クレディスイスの経営状況を含めた情報を、この営業担当者はどこまで説明したのでしょうか。

クレディスイス・グループの株価を見ると、2007年4月に70ドル台の高値を付けた後、2020年3月には8ドル台へと、ひたすら下落の一途をたどっています。ちょっと気の利いた証券営業担当者であれば、株価がここまで下落の一途をたどっている以上、何かしら重大な経営問題を抱えていることくらい容易に察することができるはずです。

つまり、原監督にクレディスイスのAT1債を勧めた営業担当者は、クレディスイスの破綻リスクを知っていたにもかかわらず、手数料収入を稼ぎたいがために、それを隠して商品を勧めたのか、もしくは単なる無能者かのいずれかであると断言できます。

ただ、「安易な気持ちで投資に乗り出したら、私みたいな被害に遭う。被害に遭うと、人生が台無しになる」という原監督の意見には、いささか賛同しかねます。

インタビューで答えたこの言葉の前後が分からないので、何とも言えませんが、このコメントを聞いて、「投資は怖いからやらない方がいい」と思う人も出てくるでしょう。

今回の問題は、投資そのものが悪いのではなく、リスク説明を怠ってAT1債を販売した証券会社の非を問うべきなのです。

鈴木 雅光/金融ジャーナリスト

有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。

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