預金が増えても嬉しくない⁉ 日本の銀行が抱える“ある経営課題”
Finasee / 2023年5月18日 11時0分
Finasee(フィナシー)
やはり高い日本人の現預金の比率
やや旧聞に属する話ですが、日銀が四半期ベースで公表している「資金循環統計」によると、2022年12月末の個人金融資産の総額は2023兆円で、このうち現金・預金の占める比率が、55.2%の1116兆円であることが分かりました。
四半期ベースの数字を抽出し、それを前年同期比で増減率を追っていくと、2001年から2008年くらいまでは、大半の期で高くても1.5%前後、多くは0.5%前後の増加率でしたが、2009年以降は1.5%程度から2%台の後半が続いており、新型コロナウイルスの蔓延で各種補助金・助成金の類が給付された2020年以降は、5%後半まで増加率が跳ね上がる期も見られました。直近はやや前年同期比の増加率は低下しつつありますが、それでも2022年12月末時点の現金・預金は、前年同期比で2.107%増となっています。
果たして、銀行にとって預金の増加は嬉しいことなのでしょうか。
かつて預金が大歓迎されていたワケあくまでも私の感覚ベースの話になりますが、今から40年近く昔の銀行では、預金をしてくれるお客様は、歓迎されました。銀行の窓口で預金をすると、ポケットティッシュやサランラップといった粗品がもらえたのです。
振り返ってみれば、今から40年前といえば1980年代。日本経済はバブルの絶頂期に向かう時期です。そして、それより以前の1960年代、1970年代は、日本が高度経済成長期の真最中でした。人口もどんどん増加し、それによる人口ボーナスで、国内消費がどんどん活性化されていった時代でもあります。
消費が活性化すると、企業はたくさん設備投資をして、その分製品を作れるように増産体制を敷いていきます。そして、それには相当の資金が必要になります。多くの企業は、自己資金のみでは賄い切れないため、銀行から融資を受けるようになります。
この融資のための原資になるのが、預金です。銀行は預金で大勢の個人からお金を集め、それを企業融資に回します。そして、融資の適用利率と預金利率との金利差が、銀行が受け取る利益になります。
高度経済成長期からバブル経済にかけて、銀行で預金する人たちが歓迎されたのは、どれだけ預金を集めても足りないくらい貸し出しが多かったからです。もし預金が集まらなければ、貸出先がたくさんあっても貸し出すことができません。
それは銀行にとって収益機会を逃すことになりますから、粗品のコストを負担してでも、たくさんの預金を集めたがったのです。
現在は状況が大きく変わっているでは今はどうでしょうか。前述したように、昨今は銀行預金をする人は増加傾向をたどっていますが、これは銀行にとって喜ばしいことなのでしょうか。
東京商工リサーチが定期的に行っている「預貸率調査」を見てみます。
預貸率とは、預金や譲渡性預金を通じて銀行が集めた預金合計額に対して、貸出金合計額の比率を示した数字です。この数字が100%だと、預金合計額と貸出金合計額がイコールであり、貸出金合計額が預金合計額を上回ると100%を超えてきます。逆に貸出金合計額が預金合計額を下回ると、預貸率は100%を割り込んで低下していきます。
2022年3月期における、国内106銀行の預貸率は、61.9%でした。同調査によると、この数字はリーマンショック前の2008年以降で最低を記録したということです。
ちなみに、2022年3月期における貸出金合計額は589兆9628億円であるのに対し、預金合計額は952兆6001億円でした。両者の差を「預貸ギャップ」と言い、2022年3月末のそれは362兆6373億円となります。この預貸ギャップは年々増加傾向をたどっています。
これは、それだけ多くの銀行において預金が余っていることを意味しています。そしてその理由は、いくら預金を集めてもそれを貸し出す先がないことにあります。
預金の増加は、銀行に対して高い信頼があることの証でもあります。もし銀行の経営が危ぶまれ、倒産リスクが高まっている状況下なら、誰も銀行にお金を預けようとはしないでしょう。
1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本ではバブル崩壊の影響で銀行が多額の不良債権を抱え込み、複数の銀行が破綻するといった時期もありましたが、あれから20年近い時間が経過し、金融不安は一段落しています。
だからこそ、個人金融資産の55.2%に相当する1116兆円もの資金が現金、ならびに預金で保有されているわけですが、銀行にとっての問題は、集まった預金の運用先をどうするか、ということです。前述したように預貸ギャップは年々増加傾向をたどり、2022年3月末のそれは、362兆6373億円にもなりました。この運用先をどうするかが、大きな課題になります。
米国の銀行の経営破綻も、無関係とは言えない4月になると、J-REIT市場では地方の金融法人、つまり地銀や信金、信組が、余資運用の一環としてJ-REITを買い付けに来るという期待感からマーケットが一時的に賑わうことがあります。
銀行からすれば、預金を通じて集めた資金を全額貸し出しに回せず、その運用先が無かったら、利ザヤを稼ぐことができません。それどころか、預金利息を預金者に返さなければならないため、その分は逆ザヤになります。つまり銀行の収益にとってはマイナスです。
それは避けなければならないので、銀行は貸し出しに回せなかった分を余資運用として国内外の債券やJ-REITなどで運用します。大手銀行のなかには、プライベートエクイティ(未公開株式)をはじめとする、オルタナティブ資産をポートフォリオに組み入れて運用する計画を立てているところもあります。そのくらい、銀行は集まった預金の運用に苦労しているのです。
特に、大手銀行のような運用ノウハウを持ち合わせていない地方の銀行、信金、信組は、余資運用をどうするかが、大きな経営課題になってきていると言っても過言ではありません。個人はお金を銀行に預けたがりますが、十分な運用先を確保できない銀行からすれば、「なるべく預かりたくない状況」といってもよいでしょう。
3月に経営破綻した米国のシリコンバレーバンクは、預金を通じて集められた資金を運用するのに十分な貸出先を確保できず、多くの資金を債券で運用し、その運用に失敗したことで経営破綻に陥りました。
構造的に日本の銀行も同じ問題を抱えているだけに、決して対岸の火事ではないのです。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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